★天使を失った俺が奇跡と出会う話

くすのきさくら

ひとりぼっちになった俺に――

第1話 今、奇跡は隣に

「マナアキー!」


 ヨイキテンツチッカからの帰り道。ヨイキテンツチッカとは俺が住んでいるところから一番近い町である。

 今日は1日天気が良かったこともあり今は綺麗な夕焼けを見つつ。俺は山小屋へ続く山道をちょっと大きめの荷物を持ち少し急ぎ足で歩いていた。すると前方から明るく元気な声が聞こえてきたのだった。

 どうやらこちらの姿を見つけたようで、迎えに出て来てくれたみたいだ。声を聞いた俺は歩くスピードを落とし声の方を見る。 

 俺の眼には、肩にかかるくらいの明るめの茶色の髪を揺らしながらこちらへと手を振りつつやって来る少女が映る。

 頼むから足元見てくれよ。そこでズッコケても助けれないぞである。

 俺の方へと向かってきている少女の名前はマナだ。マナは今は俺と一緒に山小屋で住んでいる10代前半?後半?にはまだなっていないだろうと思われる少女だ。マナとは同居人?家族?となんと言ったらいいのか。難しいな。とりあえず一緒に住んでいる。あと俺とマナは血が繋がってない。つまりマナは俺の子ではない。あとこれは重要な事だが――俺は男で独身だ。子供を産むことは出来ないので先に言っておこう。ごく稀の事だが「お前が産んだのか?」とか意味の分からないことを言い出した奴が過去にいるのでね。男、独身。それは覚えておいてくれ。

 

 ならその少女は誰なんだ?ということになるが――マナとは、とある冷たい雨の日に出会った。その時からなんやかんやあって一緒に住んでいる。もう一緒に生活しだして……数年にはなるだろうか。そうそう先ほど、10代前半?後半?などあやふやな感じで俺はマナの事を言ったが。実際にあやふやだからである。さらに余談だが俺もちゃんとした自分の年齢、誕生日は知らない。多分俺は20代前半である。って、俺の事はいいな。

 あと、マナという名も少女の本当の名前ではない。マナは俺と出会った時。既にそれまでの自分の記憶をなくしていた。自分の事は何も知らなかったという状況で、マナという名前は、町にある教会に居る高齢の女性に付けてもらった。まあ勘がいい人はすぐに気が付くと思うが。俺の名前はマナアキである。先ほど女の子が呼んでいた名前が俺の名前「マナアキが拾ったからマナアキの名前の半分をあげればいい」などという理由でマナになってしまった。その際は良いのだろうか……と思う俺だったが。マナは新しい名前に関してはすぐに気に入ったらしく。全く反論とかはなかった。って、過去の事なんて振り返る必要はないか。今が大切だよな。それにもうマナは目の前までやってきている。


 とくにあの時の俺はどん底だったからな。無駄に変なことを思い出していると、またマナが気が付いて気にしてしまう。だから俺は過去の事はまた記憶の隅に封印して――。


「ただいま。マナ」


 俺はマナの近くまで行ってから、声をかける。というか。近寄って来たマナがいつも通りなのだが俺に突っ込んできた。


「おかえり。マナアキ!」


 マナはそう言いながら俺にアタック。いつもの事なのでマナが近くに来た段階で俺は歩くのをやめて、マナを支える準備をしていた。いや、はじめにも言ったと思うがここは山道。後ろは坂である。ちゃんと支えないと2人とも坂道を転がり落ちる可能性があるのでね。まあ準備していたので、俺達は転がり落ちることなく。俺がマナをキャッチすると。マナはすぐに俺の手を握ってきた。初めて会った時より大きくなった手。あの時はボロボロだったが。今では綺麗な手に戻っている。

 にしても子供の成長は俺が思うより早かった。自分の時は大人になるまで、長いと感じていたのに、不思議である。既にマナは少女から女性へと着実に成長している。ふと最近マナを見て思うことは、もしかしたらマナの実年齢は俺が思っているより上なのかもしれない。見た目が子供と言うとマナは怒るかもしれないが。現に今はまだ俺と比べると身長は30センチくらいは違う。多分俺は175センチ前後だったと思うので――マナは今145センチくらいだろう。でも、出会った時はもう少し小さかった気がするので、あっという間に背が伸びた気がする。


 出会った時のマナはとっても小柄な少女だった。まあ今でも俺から見たら小柄な少女なのだが。まあだから俺達。周りにいた大人たちはその時多分——という感じでマナの年齢を考えていたが。再度ちゃんと考えてやる必要があるのかもしれない。マナも無駄に長く子ども扱いされるのは……だろうからな。これでもうすぐ実際は20歳でした――みたいなことがわかったら――それはそれでえらいことだからな。


 あと、日に日に彼女に似てきているように思えてくるが――マナはマナである。俺はマナを見た際に一瞬過去の思い出がまた開きかけたが、そっと扉を閉じ。透き通った眼でこちらを見ているマナに再度声をかける。


「留守番大丈夫だったか?」

「うん。大丈夫。そうだ、マナアキに教えてもらった編み物少し出来たよ。後で見て。いい感じだよ」

「おぉ、マジか。じゃご飯食べたら見せてもらうか」

「あっ、でも変でも笑わないでよ?はじめは――だから」

「マナのためにも、厳しく採点するべきかな?」


 ちょっと悪戯っぽ俺がマナを見ながら言うと――マナの頬が膨らむ。そして軽く俺の脇腹を押しながら抗議してくるマナ。


「酷いー。マナアキ意地悪だー。意地悪ダメなんだよー」

「嘘嘘。それに最近のマナ。とっても上手に作れてるから。見るのが楽しみだよ」

「——マナアキあとで笑ったらお仕置きする。笑ったらおでこ出すんだよ」

「おいおい」


 2人で楽しい会話。いつも通りの雰囲気で話しながら山小屋へと歩き出す。

 ホント、少し前までの俺はこんな生活になるとは思ってもいなかった。彼女を失ってからの俺は本当になるべく人と接することなく過ごしていたからな。笑う事なんて何年もなかったはずなのに――今では1日に何度も笑うことが出来るようになっていた。全てマナのおかげだ。マナが居なければ、今のような楽しい生活はなかった。もう誰かと笑う日々もなかっただろう。

 淡々と彼女らとの約束を守るだけで、1人で同じ毎日の繰り返し。起きて、作業、たまに食事。また作業。疲れたら寝る。そして翌日また繰り返す。そして寿命を迎えただろう。


「そうだマナ」

「なに?」

「今日は町で新しいチーズ買ってきたから、チーズ食べれるぞ。あと野菜も少しだが買ってきたからな。久しぶりにスープも作るか」


 俺は歩くのを一度やめて、持っていた荷物をマナに見せる。袋の中にはホール。塊のチーズと野菜が入っている。お前はなんでそんな細い体で、数十キロもありそうなものを普通に軽々と持っているんだ。と言われるかもしれないが――あれ?現に数時間前教会のおばちゃんに言われたような……でも、まあ何でだろうな。昔から重たい木を運んだりすることが多かったからか。気が付いたら力だけはあったんだよな。ってことにしておいてくれ。


「チーズ!パンと一緒に食べたい。早く行こう。お腹空いた。マナアキ、チーズ焼こう焼こうよ」

 

 好物のチーズを見たマナは目を輝かせながら俺の手を強く引いた。山道だから危ないぞ。など関係ない。マナは俺をグイグイと山小屋の方へと引っ張ってきた。


「マナは本当にチーズが好きだな」

「うん!」


 再度俺とマナは手を繋ぎ山道を歩く。するとすぐに平屋建ての小さな山小屋が見えてくる。山の中腹にポツンとあるのが俺とマナの家だ。ここは昔この山で路頭に迷っていた俺を助けてくれた命の恩人の山小屋だった場所でもある。

 ここ何年かは俺が使わせてもらっているという状況だ。まあ実は本人の許可は取っていないのだが……もしかしたら遠い場所に居るので、そこで怒っているかもしれない。でも遠い場所には、俺にこの場所を教えてくれた彼女も居るので、もしかしたら向こうで彼女が話してくれているかもしれない。まあ彼女もまさか俺が山小屋で自分に似た少女と一緒に生活するとは予想してなかっただろうが……まさか怒ってないよな?いつも俺の前ではだらけっぱなしだった彼女だが――たまに怒ったからな。意味の分からないところで。ホントどうでもいいようなことで怒ることがあったが。まあとりあえず同居人が居るのはイレギュラーな事だし大目に見てくれよ。


 ちょっと空を見てから、俺は再度俺の手を引っ張りながら歩くマナを見る。ホント横顔も彼女そっくりになりつつあるマナ。髪も少し伸びてきたからなおさらだ。でも別人だ。似ているようで違うところもちゃんとある。まあそれを今語りだすと長くなるので、それはまた時間のある時にだな。


 にしても――あの時の数年間。彼女を失い。マナに会うまでは、俺は目の前が真っ暗だった。何も楽しいことはなかった。ただ彼女たちとの約束を守るだけという生活だった。俺なんかに関わってしまった彼女たちに何と言うか――申し訳なく。償いのように日々を生きていた。その時はホントに死ぬまであの同じ日常を繰り返すだけの日々が続くと思っていたが。そんなある日だ。俺はマナに出会った。マナを助けたら――マナに俺も救われたのだった。

 今はまた笑える日常。色とりどりの世界を俺は見ながら生活している。だから――マナの手を離さぬように、しっかりと握りながら遠くに居る彼女たちに再度誓ったのだった。いや何度でも誓う。


 必ずこの子は幸せにする。この先何があろうとも。俺が守る。もう誰も失わない。この手は絶対に離さない。守るために俺は強くなる。

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