幸せな味


「こちらをどうぞ」


 注文をしてしばらくすると店員さんがバターを添えた蒸かしたじゃがいもを二つずつ運んできてくれた。常連にとってはおなじみなカレー注文者のみの特権、食前のじゃがいもである。


「わあぁ~皮付きのじゃがいもさんだったんですねぇ、ちょっと小ぶりで可愛いぃ」

「あぁ、剥いたじゃがいもだと思ってたんだね。この皮付きが美味しいんだよ」

「ほぅほぅ、しかし事前に聞いてはいましたけど、これはまずどうやって食べればいいのでしょうか。皮を剥いちゃうのかなぁ?」

「そこはお好みだね。剥いてもいいしそのままでもいい。なんなら食べずに粗めにバターナイフで切ってカレーに入れるのもヨシ。俺のオススメというかいつもやるのはこうやってバターを付けてジンワァリ溶けたところで──」


 バターナイフでバターを皮ごと熱々じゃがいもに乗せてジンワリ蕩けたところで手で持ってバクりと大きく一口かぶりついて食べてみせる。


「うん、ホクホク美味美味うまうま

「美味しそぅ、ようしスズネも皮ごとバターでトロッと──あむっ」


 スズネちゃんも俺の真似をして片手で持った皮ごとじゃがいもにちょっと小さめな一口でかぶりついた。


「アツツッ──ンフゥッ、ほんとホクホクで美味しいですねぇ。ろうえい先輩のオススメで大正解ですぅ」

「そうでしょうそうでしょう」


 スズネちゃんは俺の食前じゃがいもの食べ方を気に入ったようだ。二人で手掴みでパクパク食べたじゃがいもはカレーが到着する頃には一個をキレイに食べてしまった。もう一個も俺は半分スズネちゃんは丸々残っているが、ここはメインのカレーに集中しましょうか。


「お待たせいたしました」


 お待ちかねのビーフカレーとエビカレー大盛りがテーブルの上に置かれる。フワリと湯気立つカレーのスパイシーな香りが程よくじゃがいもで満たされたお腹を刺激し、身体はカレーを求めて腹がグルルと鳴った。


「わぁ、魔法のランプと別々なんですねぇ。本格的だなぁ」


 スズネちゃんのいう「魔法のランプ」とは間違えようもなくカレールーの入った独特な形の容器グレイビーボートの事だろう。確かに魔法のランプに見えなくもない、スズネちゃんらしい例え方だな。彼女が一所懸命に擦れば陽気な青色の魔人がすぐさま願いを叶えに出てきそうだ。


「あのぅ、ろうえい先輩はこうやって分けられたカレーはどう食べますか。そのまま掛ける派? それともルーを掬う派?」


 スズネちゃんがライスのお皿とグレイビーボートを交互ににらめっこしながら聞いてくる。この様子、どうやらこういった形式のカレーは食べなれていないという事かな。それとも、SNSでよく見る性格診断かな? まぁ、そこは気にせず答えちゃう。


「うん、食べ方に取り決めは無いからお好みでいいと思うけど、俺はこうやって、ドバっと掛けちゃう事が多いかな」


 言いながら俺はグレイビーボートを持ち上げてライスへと半分ほど掛けてみせる。


「こうすると上のチーズが全体的にトロッと蕩けて俺の好みに近くなるんだ。半分だけ残したルーは後でのお楽しみで残しておく。参考にはならんかも知れないけど、スズネちゃんも好きな食べ方を楽しんでよ」

「うーん、スズネもろうえい先輩のやり方にならって今日はドバっと派でいかせてもらいましょう。美味しく半分こにドバっとぅ、はいっ」


 スズネちゃんは両手でグレイビーボートを持ち上げて、ドバっとではなく慎重に端っこに寄せられたピクルスとカリカリ小梅とは反対方向にサララッと掛けてゆく。テーブルにカレーが垂れないように、バウンドさせるように縦に揺らして注ぎ口のふちを紙ナプキンでちょっと拭いた。う〜ん、同じ掛けるにしても性格が出るな。


「それじゃ」

「はい」

「「いただきます」」


 俺たちは同時にいただきますをしてから、交互にスプーンを取り、カレーを食べた。


「んッッッ~~っ」


 カレーを一口食べたスズネちゃんは目をいつも以上に丸くしたかと思うと顔を‪✕‬バツテンにしてピリピリと震えている。


「はは、やっぱり普通でも辛かったかな?」


 レイモンのカレーは一口目はコクのある旨味が溢れてくるが一瞬にして舌を辛味で刺激するカレーだ。慣れるとこの辛さが癖になってきて、美味しさの扉をもう一段階開けてくれるのだが、辛いものは苦手な人は苦手であるので無理をする必要は無いが、スズネちゃんはどうだろうか?


「ピリピリ辛いぃ。けど、美味んまあぁ~ですねぇ。チーズもトロリで更に美味しいですよぅこれはぁ」


 顔が自然とほころぶほど美味しかったようだ。気に入ってくれてよかった。スズネちゃんはそのまま大きな牛肉ビーフを食べてまた顔をほころばせながらピリピリ‪✕‬顔で水をクピクピ飲んでホゥと一息。またカレーをパクリと夢中に食べる。それを眺めながら俺もカレーを食べすすめる。途中でライスの端に添えられたピクルスとカリカリ小梅も箸休めに口にするといいよと食べて見せて伝えると頷いて、スズネちゃんはピクルスをポリポリ食べてニンマリとまた普段とは違った笑顔を向けてくる。正直、可愛いの扉をまたひとつ開けられてしまったようで、俺はちょっと照れ臭くなってカレーに集中した。うん、プリプリのエビが美味くて尻尾の殻ごといけちゃう。


「あ、カレーが少し足りなくなってきました。残りを掛けちゃいましょう」


 ライスも半分を食べ終わる頃には掛けたルーも少なくなるもの。スズネちゃんはグレイビーボートを持って掛けようとするが、俺は「ちょっと待った」コールを片手で表し、食前のじゃがいもの残りを見つめた。


「この残りのじゃがいもをカレーに入れてみない?」

「それは、先程言っていた粗めに切ってカレーに入れるのもヨシという食べ方ですねぇ」

「おっ、覚えてたねえ。そうそうこれをこうして」


 じゃがいも半分をバターナイフで適当に切ってライスの上に投入すると、俺はダバリと最後のカレーを掛ける。


「はい、これでもうひとつのカレーの魅力、じゃがいもカレーが現れました」

「おー、それではスズネのカレーも魅力を引き出します」


 スズネちゃんも俺にならって、じゃがいもを切り分けてカレーを掛ける。丸々一個残ってたので俺よりも豪勢なじゃがいもカレーだ。

 俺たちはじゃがいもをカレーに馴染ませて食べる。ホクホクとしたじゃがいもが更なるカレーのまろやかさを引き出して、美味しいを加速させてくれる。ひとつで二度美味しいこの食べ方が俺はやっぱり一番好きだな。スズネちゃんも気に入ってくれたのかニコニコと夢中で食べている。


「気に入った?」

「ん、はい、これはとても「幸せな味」ですねぇ」


 幸せな味かぁ。確かに、この美味しさは無くしたくない幸せかもね。スズネちゃんの言葉に俺も、目の前のカレーの幸せを味わいながら食べた。


 幸せなカレーを平らげると、俺とスズネちゃんは


「「ごちそうさまでした」」


 同時に手を合わせ、幸せなカレーに感謝を込めてごちそうさまをした。







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