忘れじの地

鈴音

日記

遠い遠い、誰も知らず、辿り着けないこの地には、忘れたくないほど大事にされたものや、愛されたものが流れ着く。それは人だろうが物だろうが動物だろうが関係はない。しかし、私の知る限り人間は彼しかいないし、理性と知性を保っているのは、私と彼だけだ。


…おっと、自己紹介が遅れた。私はイスクレリカ・カイ・ドーベー。この世界に流れ着いた古い眼鏡だ。しかし、ただの眼鏡では無い。おおよそ8代に渡って使われ続け、ついにその役目を終えた眼鏡だ。私のこの自我は、言わば付喪神のようなもので、私をかけていた人達を通して得た知識が私の唯一の財産だ。


ここであなたは疑問に思ったことだろう。どうして眼鏡が日記を書くことが出来ているのか、と。簡単な話だ。ここは忘れじの地。あらゆる国、あらゆる世界からここにはものが流れ着いてくる。さらにここはあらゆる世界から断絶された閉鎖空間。ものは増えるばかりだ。眼鏡が日記を書く手段くらいある。


さて、本題だ。これには日記と書いているが、実質的にはこれは手紙だ。いつかこの地に訪れるかもしれない、とてもとても愛された人間がいるかもしれない。そして彼、彼女はこの日記を見るかもしれない。そうであって欲しいと願い、日記としてここに書き残す。


これは、何十年も昔に出会った彼と、数年前に出会い、別れた彼女。そして、これから旅に出かける私を綴った冒険譚であり、それらを鮮明に書き起す日記だ。…いや、ここまで書いたが、昔の事を書くなら日記ではない…?まぁ、よい。では、楽しんでくれ


彼と出会ったのは、この世界でも珍しい大きな池のほとりだ。その当時の私はこの世界が忘れじの地であることも知らないし、自我もなかった。だが、あの少年が私を拾い上げてくれた瞬間に、私の中で、知らない人間がこの世界のことを語ってくれた。今思えば、あれは私をかけていてくれた数奇な老人の言葉だったかもしれないと思う。


彼は自身のことを、ニクリア・ドルア・ベルアと名乗った。そして私に、イスクレリカという名前を与えてくれた。が、長いのでそれぞれニアとカイと呼びあうことにした。


彼は自分のことをはっきりと覚えていたらしく、私の知らない王国で王となり、世界の国々をまとめあげ、全ての民に愛されて、ゆっくり眠りについたのだと言う。その後、気づけば若返ってここにいて、ふらふら散歩していたら私を見つけたのだという。


私も、なんとかして彼に情報を伝えようとした。喋れるか分からなかったが、チャレンジしてみると意外と喋れた。発声器官はどこにあるんだ。と、突っ込まれたが。


私が彼に伝えられたのは、ここが忘れじの地であることと、私が自我を持った眼鏡であること。彼はそれを聞くと、とても楽しげな笑顔で、冒険に行くぞ!と、私に紐を括り、胸から提げて走り出した。最初は揺れるのが大変だったが、慣れてくると今までとは違う世界が見えて、とても楽しかった。


忘れじの地には、本当にたくさんの物があった。不思議な形の武器、何に使えるかわからない機械、おそらく服だと思われる大きな布切れ。私は一目見るだけで、それらがなんの用途で使われるものかわかった。後で聞くと、少年もそのような不思議な力があり、言葉にする手段や、自我を持っていなくても、大切にされていた道具には意識があるようで、それらの声を聞くことが出来たのだと言う。その後に調べたら、その道具がどのように使われたか、どのような役割があったかで、それぞれ特別な力が宿っているらしい。


さて、こうして私たちの冒険は始まった。ここから数年、生活のために道具を揃えたり、この世界にどうしているのかわからない、可哀想な女の子との出会いが待っているが、それはまた次の機会に書こう。これから、ニアと出かけるのでね。それでは、次のページでまた会おう

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