この涙は何でしようか?

紫陽花の花びら

第1話 

 私佐々木彰はある時を境に、妻絵美と映画館には行かなくなった。

正確には行けなくなったのだ。

子供が小さいとか、そ言う理由ではない。

 

 理由はただひとつ!


妻絵美が酷すぎる「涙腺崩壊女」なってしまったのだ。

例を挙げよう。

 かねてより、息子が観たいと熱望していた「そばに行きます」を家族三人で鑑賞為たときのこと。

あれはもう悪夢だった。

 周りも泣いてはいるが、公共の場と心得て、嗚咽、鼻を啜ると言った感じで泣く程度。

皆さん我慢為ているわけだが、妻絵美は違った。

号泣!号泣を始めたのだ。

 家でもそうそう見せないような体たらくを、曝け出したのでる。

息子は下を向きっぱなしだった。

私は妻の頭を抱え込み、一応用意してあったタオルで口を抑えるが、それでも煩いので、とうとう場外へ連れ出す始末だ。

何で出されたか判らずに怒り爆発為ている。

確かに1番の見所で連れだされれば怒るのも無理はないが、然しお前がはた迷惑なんだから仕方ないだろうと言っても納得為ない。

 終演後12才の息子が口を聞かない事に腹を立てる方がお門違いなんだよ!

息子にすれば、原作まで読んで、準備万端整えて、この日を楽しみに為ていたのに、選りに選って母親に邪魔為れたんだから、そう簡単に怒りは収まらないのは当然だろう?

***

 それから、男たちは私を映画には誘わなくなった。

生意気!然し、レンタルと言う最強の味方を得た私は、最早彼奴らの敵でないのだ。

***

 その年の暮れ俺と親父でしこたまDVD借りた。

アクション、サスペンス、ミステリー、ラブストーリー、ヒューマン、アニメ等々。

「なぁ親父~おかん最近映画で泣いてねょなぁ?つまんなくねえ?

あのグチョングチョンな顔見てぇ」

「でも泣くと煩いからなぁ、それにあんなブサイクな顔みたいの?見て如何する?」

「う~久し振りに見たい。ひでぇ顔を揶揄うと面白いじゃない?」

「まあな、ならこれが良い!これはもれなくあの顔付いてくるぞ」

***

 そんな事に為っているとはつゆ知らず、私の大好きな「耳にこだまする」を借りてきてくれた事に感謝し、早々映画に感情移入為ている私。

 後から聞けば、このと時ふたりは映画なんか見ないで、ある意味私に釘付けだったとか。

いつ泣くか、いつ泣くか期待して、泣いたら泣いたで、もっと泣け~泣け~と念じたと言う馬鹿息子。

 映画はいよいよクライマックス!フランスから帰ってきて、ふたりで見る夕焼けの中……ああ~泣ける!泣ける!純粋な想いに!心洗われる!

 男どもの予想を遙かに超えたぐちょぐちょな私は、鼻もかまず、涙も流しっぱなし。

その時!!!

浸りに浸っていた私の頭に!

ほぼ同時にティッシュの箱が飛んできた。


コツン! コツン!痛い!

角が頭に当たった!

はっ?何?思わずふたりを見ると、

大当たりとばかりに、ゲラゲラ

と笑っているではないか!

「ナイス!ククク~ しかっし汚ぇなぁぁ……ふけよ!ブス!」

「アハハ堪らんな~それにしても、予想通りによく泣くよなぁ。何回目?この映画観るの。お前は馬鹿か?」

気分台無し!許さん!ふざけてろよ!後が怖いからな~

夕飯のおかず一品減ですから。

 気を取り直し巻き戻して大いに泣いた。

呆れている男どもを尻目にね。

***

 ついこの間、同棲するために家を出てた息子がけじめ婚すると言ってきた。

いよいよするのかあ。

まあ上手いことやって欲しい。


 通過点だと思ったら、深呼吸し良く考えてと言ってある。

 けじめ婚でも、でき婚でも、互いに覚悟があれば、それはそれで良い。

覚悟だぞ生意気息子よ!

そして、思いっ切り寄り添って生きろ。


 彰と私は、なかなかの試練を超えてのお待たせ婚だった。


仕事のけじめ、人生のけじめを互いにつけるために時間が必要だった。

 時に水浸しになるほど涙を流した。

その都度心の中に溜まった涙を、繰り返し繰り返し掃き出して今がある。

 ねえ、そうだったよねって隣を見ても空席だ。


 彰さん、青空の彼方で愛犬とのんびり下界を眺めているんでしょ?


そんな風に空を見上げるときは、まるで昨日のように家族との日々か蘇ってくる。


私たち三人で過ごす事は、もう二度と無いと悟ったとき、信じられなくて、違う!信じたくなくて、

藻掻いて、足掻いて、結局如何することも出来ない事があるんだと思い知ったのだ


ここに座っていたあなたは……

ここに寝転んでいた息子は……


 想い出に浸っても、あの頃に戻れるわけじゃないと判っているのに、巻き戻したくなる気持に抗えないのだ。


泣けてくるんだ。

どうしようもなくね。

昨日失った涙の筈なのに、

また、また止めどなく溢れてくるのは何故。

涙は枯れないの。

欠片にもならないの。

ただ、生温かくてに痛くて

追憶と寂しさが交じり合い、

雫となり降り続く。


でもね今はそれが嬉しい。





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