第6話:夢をかなえた人
シホが元同級生に囲まれている。そうだ、彼女はいつも人気者だった。小学生の頃からクラスの人気者。
可愛くて、美人で、品行方正で、周囲への気配りができて、勉強もできた。
俺も彼女みたいに完璧超人だったらもっと人生が違っていたかもしれない。
彼女は俺の「憧れ」であり、「初恋の人」であり、「嫉妬」の対象でもあった。どうやったらあんな人間になれるんだ。俺が生まれた状況からどの選択肢を選んでも彼女のいるステージには到達できないと思っていた。
それくらい彼女は俺にとって眩しくて、身近で、だからこそ絶対に手に入らない存在だった。彼女を知っているからこそ、俺は彼女にはふさわしくない。俺は彼女には釣り合わない。
誰から言われなくても自分で分かっていた。ちゃんと自覚できるほどには分をわきまえていた。
「ハマユウ、神園が囲まれてるぞ? 助けてやらないのか?」
ハガレンが話しかけてきた。たしかにシホが囲まれている。30歳を前に独身男も多いみたいで、未婚の女子は人気だった。合コンと違って、既にできた人間関係なので、打ち解けるのも早いのだろう。
「あいつはいつも人気者なんだよ」
俺如きが彼女の交友関係を制限するなんておこがましいが過ぎている。
「いいのか? 誰かに取られちまったら返ってこないぞ?」
「俺にあいつを何とか出来る資格はないよ」
「ホントにいいの~? シホもハマユウに助けて欲しいと思うけどなぁ」
旧姓加藤も俺をあおる。その割にビールを飲みながらなので、楽しんでいるのは明確だ。
シホの方を見たら、一瞬だけど目が合った。
俺は席を立って、シホのところに行った。
「悪い、シホもらっていくわ」
男5人に囲まれて、次々にお酌され飲まされていたシホの手を掴んで俺たちの丸テーブルのところに連れてきた。
シホは俯いていたので表情は読み取れなかったけど、耳は真っ赤だった。ビールを飲み過ぎたのか……まあ、俺には分からない。
「ありがと。ユウくん」
「いや、お前飲まされすぎだろ。お持ち帰られるぞ?」
「ご、ごめん」
別に謝ってほしかったわけじゃない。俺は相変わらず会話がへたくそだ。
「でも、ちゃんと助けに行くあたり、優しいんじゃない?ハマユウ」
「うるせい、主婦にいじられたくないわ」
旧姓加藤が絶対俺を揶揄っている。
シホにはウーロン茶を渡して、また4人で話し始めた。
「実際お前らどうなの?」
どうなの、と聞かれても、俺が福岡を出てから6年間全く会っていなかった。LINEでは時々連絡していたけど、本当に時々だ。
月に1回なにかメッセージを送ることもあったけど、数か月なにも送らないこともあった。
俺は福岡を発つとき、シホのことを諦めている。それほどまでに覚悟を決めて東京に行ったのだ。
シホの6年間はどうだったのだろうか。誰かと恋をしたのだろうか。付き合ったのだろうか。想像するだけで耐えられそうにないので、知りたくなかった。
「私は……出会いとかあんまりなくて……」
シホがちらりとこちらを見たような気がするのは気のせいだろうか。
これほど美人で気立てが良くて、頭がいいシホを周囲が放っておくだろうか。そんなことはあり得ない。これは謙遜と言うものだろう。
「ハマユウは?」
なぜ、ハガレンが俺のことを気にする?
「俺は福岡を発って、仕事ばかりだったから。休みの日はカレー屋まわりをしたり、ネカフェでマンガ読んだりしてる」
「どんな生活なの、それ」
「うるさい、いいだろ」
旧姓加藤がやたら絡んでくる。ハガレン制御してくれ。お前の奥さんなんだろ。
「ハガレンはいま何やってんの?」
「俺? 俺は営業。商社の営業やってる」
「へー、どんなの扱ってるの?」
「んー、機械部品とか?」
機械設計の俺としては、急に興味がわいた。
「どんな部品?」
「なんか、装置とかやってるとこがあってさ、スライダーとかモーターとか、難しい部品が多いな」
スライダーやモーターがあるってことは、動くものか。設計と製造があるけどどっちだろう。
「その会社って開発もあるの?」
「ああ、設計やってるって言ってたな」
「へー」
福岡にも機械設計の会社ってあるんだな。福岡市内はいわば商業地。お店なんかはあるけど、設計開発には向いてない。設計の会社がないとは言わないけど、数が少なくて大学4年の時の就職活動では苦労したのを覚えている。
ハガレンは、福岡で営業の仕事をしていて、旧姓加藤と結婚している。
俺にとってハガレンは「すごい人」だと感じた。高校時代に付き合い始めたのは知っていたけど、それをずっと続けて、結婚までするなんて……
俺はみんなから思われるような「夢をかなえた人」なのだろうか。
みんなからは羨ましがられたけど、それほど満足感というか、達成感というか、そう言った喜びがないのはなぜだろう。
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