第2話:10年ぶりに実家に帰る

 人は実家に帰る時どんな気分なのだろうか。俺に関して言えば、「気が重い」の一言に尽きる。地元の福岡で大学に進んだ俺は通学が片道1時間かかるという理由で大学の近くで一人暮らしを始めた。


 今の東京での生活を考えたら、片道1時間はいい方だったのかもしれない。ただ、当時の俺は「1日2時間、大学生活の約10%を通学に使いたくない」とか言ってたなぁ。


 羽田空港から、福岡空港までは飛行機で1時間半から2時間程度。福岡空港は、街にすごく近い位置に空港がある。


 飛行機を降りたら、そのまま地下鉄に乗れるので12駅先の姪浜駅まで25分で着く。飛行機を降りたら約30分後にはうちに着いているってこと。東京じゃ考えられない早さだ。


 俺の感覚では、離陸30分前にチェックインしたら十分間に合う。福岡には福岡のいいところがある。


 そんな事を考えながら、スマホを右手に持ち、地下鉄の自動改札をSUICAで払った。福岡でもSUICAが使えるけど、オートチャージできないので、残高だけはチェックする必要があるな。



「はー」



 ため息なのか、深呼吸なのか。それは俺にも分からない。


 *


 実家に帰るのに気が重い理由。それは、父さんに会うから。母さんは俺が大学の時に他界した。その時も葬式には出たけど、実家には泊まらなかった。


 今回、約10年ぶりに実家に戻り、数日泊まることになる。


 家の最寄り駅、姪浜駅を出て地上の光が見えてきた頃には「やっぱりホテルにすればよかったかも」と思い始めていた。



「はー」



 高校の時の同窓会が無ければ わざわざ福岡に戻ってくることはなかっただろう。飛行機代だって、福岡-東京の往復で3万円くらいするのだ。タダじゃない。


 なぜ、俺は父さんがこんなにも苦手なのだろう。嫌いだと言っても言い過ぎじゃない。年頃の女の子の場合、男親のことは遺伝子的に嫌うようにできているのだと聞いたことがある。


 生物として、近親配合を嫌う様にできているのだと。


 ただ、俺は男。父さんも男だ。


 大学時代も、母さんの顔を見るために昼間に実家に帰ったことはあった。昼間は父さんは会社に行っていたので、絶対帰ってこない。


 夕方にはバイトがあるとか何とか言って実家を出て、1度も父さんとは顔を合わせなかった。


 俺はバイトをして、大学近くの安アパートの家賃や光熱費を稼いでいたが、結局 学費は出してもらっていた。あいつの世話になるのは嫌だと家を出たけど、完全に独立したいと思いながらも、自分の力だけでは100%の独立はできなかった。


 俺はあの時 子供だったと思う。大学の学費をねん出してもらったことを当たり前と思っていて、一度もお礼など言ったことはなった。


 私立の理系の大学だったので、初年度で150万円、2年目以降は130万円くらいか。合計で550万円くらい。今でもこの額のお金を俺は準備できない。


 ただ、すごく恩は感じている。それでも素直になれない一番の理由は、父さんは昔からパワハラ、モラハラでキレやすい人だった。酒を飲むの一段と酷かった。だから、父さんが酒を飲み始めたら離れるようにしていた。


 子供の頃から頭を叩かれたり、怒鳴られたりしていた。だから、俺は暴力や大声に身体が動かなくなった。今だったら「虐待」と言っても言い過ぎじゃないと思う。ただ当時はそれすらも俺は分からなかった。


 しかも、父さんは自分の言ったことが正しいと信じて疑わない人。他人の話は聞けない人。


 俺は親でありながら、父さんのことは「仲良くできない人」だと諦めていた。


 その父さんが一人で住む家、3DKの団地に俺は10年ぶりに戻ってきた。そして、数日間ここに泊まる。


 機内持ち込みもできる小さいタイプのキャリーケースの取っ手を伸ばして、キャスターをゴロゴロ言わせながら歩いて我が家のある団地に向かって歩く。パソコンなどが入って重たいキャリーケースはキャスターがあってもそれなりに抵抗になる。


 まるで家に帰りたくない俺の気持ちがスーツケースを実家とは反対側に引っ張っているようだ。


 デザインは古いけど、外装だけ真新しく塗り替えられた団地が見えてきた。俺が高校まで住んでいた団地が見えてきた。

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