2話-付与術師とロングソード(1/2)

「暇だにゃ~」


エルはカウンターの椅子に座り全身を脱力させ体を預ける。

手探りでその辺にあった丸っこい部品を転がして手慰みとしていた。


「お前は何でそんなに丸っこいんだにゃ~?ごろごろごろごろ可愛いにゃ~」


「にゃーにゃーうるせぇ!お前は普通に店番も出来んのか。そもそも猫族でもないだろうが?」


「え~?旦那、そうはいってもお客さん来ないですしね~?

展示品の手入れも今日だけでもう3週目っすよ?いい加減暇すぎて丸井さんを転がすくらいしかやることないっす」


「マルイさん?誰だよそれ。っていうかお前そんなもん転がしてたのかよ!」


「丸井さんは丸井さんっすよ?ソレとは失礼っすね。ねー?丸井さn」


改めて転がしていたものを見て目を剥く。


「これ火炎石じゃないっすか!何でこんな危険物こんなとこに転がしてるんすか!爆発したらどうするっすか!」


「転がしてたのはお前だろうが!あぶねぇのはお前だよ!つーか武器のエンチャント用だ!お前の仕事だろうが!」


「いっけなーい☆てへぺろ」


「うぜえ」


「ひどい!こんなプリチーフェイスの僕のどこが!」


「あえて言うなら全てか?いくら顔が良くても男がやってもイラっとするだけだろ」


「まぁそれには同意でしかないですが?」


「じゃあすんなや!」


「やーなのやーなの!エル真面目にやると死んじゃうの!」


ジタバタしていると極寒の瞳をしたドミニクが見える。

僕は切れられる前のラインを見極めるのが得意なのだ!

つまりこれ以上ふざけているとまた拳骨が飛んでくる。


「さ~て、エル君頑張ってエンチャントしちゃうゾっと!オーダーは誰だったっけ?」


「王都第三騎士団の団長様だろ?覚えとけよ」


「あぁ!そうでした!いつも巡回してる肉串買ってくれるおじさん!・・・ええとチャーリーさん・・・でしたっけ?」


「お前普段何してるんだよ?そうだ。第三騎士団は巡回任務が主だからな。衛兵騎士団とか呼ばれてるだろ?

・・・それとチャーリーじゃなくてチャールズだ」


「そうそう!チャールズさんですよ!あの人強面だから子供にカッコいいとか言われるとす~ぐ舞い上がっちゃって奢ってくれるんですよね!

王都で子供にタカられてる率ダントツナンバーワンだと思うっすよ。

ホラ、カルガモの親子みたいに子供が列をなしてるのを見るでしょ?」


「お前は自分で稼いでるんだから自分の金で買えよ」


「え?人の金で食べるご飯は最高に美味しいんですよ?知らなかったですか?」


「そんなこと知りたくなかったわい。それよりエンチャントはしないのか?」


「そうでした!やりますやります!奥に引っ込むので店番変わってもらっても?」


「ああ。任せとけ」


「あざーっす!ではしばし奥に!」



どうしたものか。

オーダーは鉄をベースにしたロングソードに持ち込みの火炎石でエンチャントしたもの。

素材も効果も自由だ。

故に選択肢が多すぎて困る。

無茶ぶりでも目指すものを明示してくれたほうが楽なのだ。受けるにしても断るにしても。

幸いなことに既にドミニクの手によってロングソードは作られている。

騎士団隊長クラス仕様のシンプルながら上品な剣だ。

刀身はドワーフの秘術によって複数の金属からなる合金製だ。


使い手のチャールズは子供にやさしい王都の守護者。

全てを焼き尽くすような炎は求めていないだろう。

守るための力。

そして炎は不死鳥を連想させる再生を司る権能。

なるほど、言われてみれば彼にピッタリではないか。


窓を閉め切り薄暗がりの中、机にロングソードと火炎石を置き魔法陣を書き込んでいく。

緻密な文字をびっしりと。遠目には文字なのか模様なのか。唯の黒い塊としか分からないことだろう。

机で足りなければ床に。床に足りなければ壁に。壁に足りなければ天井へ書き込んでいく。

魔力を込めた文字と図形は書き終わると光を湛え、空中に踊りだす。


魔法陣とは、詠唱では込めることのできない意味を付与する魔術である。

細かい条件付けをしてやることで最小限の魔力で最大の効果を発揮させることが出来るのだ。


「さぁ精霊よ。原初にして始まりの火よ。彼の剣に宿り給え」


机に置いたロングソードで手首を思いっきり切り裂くと、骨にまで達する傷からは大河の如くとめどなく血が流れ出す。

その流れに剣を浸すと血の流れは変わり剣に吸い込まれていく。

自慢でもないがこの体は他人よりも魔力が格段に多い。故に魔法の触媒としては最高級品だろう。そして自らを触媒にすることで手足のように自由に魔力を操り剣の隅々まで均一に魔力を行き渡らせることが出来る。


刀身に浮かび上がってくるのは血の紅か炎の赤か。

真っ赤な不死鳥が浮かび上がってくると空中を踊っていた魔法陣は力を失い消えていく。


「ふむ。成功かな?」


刀身に宿る見事な不死鳥は時折動き火の粉を散らす。

なかなか元気なようで魔力も十分以上に注がれていることが分かる。

精霊が宿っており精霊武器・・・所謂魔剣というものに仕上がっていた。


完成品を見て満足していたがふと周囲が目に入る。

周囲は血まみれのスプラッタ現場だ。

現在進行形でドバドバ血が流れて出ている。


「・・・さすがにこれだけ血まみれで放置すると怒られかねないな」


『血よ戻れ』


飛び散った血が逆再生のように傷口に戻って来て塞がる。

まるで何事もなかったかのようにまっさらだ。


「こんなところか。それなりに魔力と血を使ったからしばらくは省エネモードかな」



がちゃり。

「旦那!終わったっすよ!成功っす!・・・ってあり?もう夜じゃないっすか!」


「ああそうだよ。ついでに三日目だ」


「は?三日とは?」


「お前が部屋にこもって三日だよ」


「ええええええ!全然気づかなかったっすよ!もう!そんなに経ってたなら教えてくださいっすよ!」


プンスコしなが言うが真剣な表情で返される。


「お前がどんな作業をしてるのかは知らん。だがまともではない方法をとっていることは知っている。あまり無茶はするな」


「まともじゃないってどういうことっすか!こんなに真面目に仕事してるっすのに!」


「じゃあお前、触媒はどうした?何も無しに毎回高位のエンチャントを成功させやがって」


「触媒っすか?ついにボケてしまったんすか?丸井さんですよ!丸井さん。あの火炎石を使ったっすよ?」


「俺だってエンチャントの技術は齧ったことがある。だからこそおかしい事くらい気づくさ。

火炎石はあくまで属性を付与するための属性石だろ?それとは別に反応させるための燃料が必要だったはずだ。

それにお前、自分の顔色見てみろよ?死人みたいに真っ青だぞ?寝ず食わずでやってもそうはならん」


「ぐぐぐ・・・まぁ分かったっすよ。では正直かなりしんどいのでもう上がらせてもらうっす」


「ああ、そうしとけ。あと2~3日は来なくてもいいぞ」


「おぉ!さすがっす旦那は分かってるっすね!ではお疲れ様っすよ!気が変わらないうちにダッシュで帰るっす!」


「はぁ、無理すんなってのに聞いてなかったのかね?」


騒がしい相棒が帰宅したのを見送ってからカウンターに戻る。

カウンターの上には自分が打ってエルがエンチャントした長剣が。

鮮血のような赤で描かれた不死鳥の文様が浮かび上がっている。


「こんなことやって気づかれないと思ってるのかね?火炎石でエンチャントしてもオレンジにはなっても深紅にはならんだろうに」


やれやれ。鑑定スキルが使えるようになる魔道具の眼鏡を取り出し掛ける。

『鑑定』


属性:炎 魔剣

効果:再生

心が折れない限り肉体が再生し続ける。

剣にも強い再生効果


「ハァ・・・国王陛下への献上品じゃないんだぞ?騎士隊長とはいえ第三騎士団は衛兵隊長みたいなもんだ。オーバースペックにも程があるだろ。エンチャントに見劣りしないような見た目にしといてやるか。宝石で装飾して模様を彫り込んで・・・」


ドミニクの長い長い残業が始まった。

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