melty

三毛猫マヤ

『melty』

肩に感じる重みと熱に目を開いた。

右肩を見るとカナが私に寄りかかっていた。

小さく口を開いて眠る彼女は、幼子のようなあどけなさを残していた。

薄いピンクの唇が、昼の日差しに照らされてつやめいていた。

私はキョロキョロと周囲を見回す。

田舎の単線電車の昼時、案の定同じ車両には私たち以外いない。

あと数センチ顔が寄れば頬にキス、出来ちゃうなー。

何の気なしに思って――それだけで、胸がドキドキして息苦しくなってくる。

呼吸がうまくできない。距離が近すぎて視界の大部分はカナの横顔で占められている。

長い睫毛まつげ、ほんのりと赤みを含む綺麗な肌、小さくて形のよい耳、そして桜色の唇。

カナ……彼女への思いは友情からいつしか恋心へと移り替わっていた。

カナ――愛しい彼女の名前を紡ぐ。


きっかけは、そう……今年の初詣へ行ったときだった。



          *



「あ、あの……り、リンちゃんは好きな人って、いる?」

お正月、参拝の列に並んでいた時に、ふいにカナがそんな話を振ってきた。

『え?別にいないよ』

即答する私に、肩が力なく降りるカナ。

『カナはいるのん?』

聞かれたから返す、その程度の軽い気持ちで問いかけた。

「え?あ、う、うん。き、気になる子はちょっと、いる……かも」

頬を染め、ふいっと視線を外しながら応える。

指先をいじいじする仕草がなんとも可愛らしかった。

灰色の空を見上げると、白い息を吐き出しながら呟いた。

『ま、今は気になる人とかいないし、今まで通りカナと平凡な日々を過ごしていければ十分かなー、もちろんカナの事は応援するけどね』

風が吹いた。手袋を忘れた手のひらに息を吹きかけながら、さぶさぶと擦りつける。

「り、リンちゃ~んっ!!」

『うわわっ!』

急にカナが声と共にハグしてきて、よろけてしまう。

カナは昔から、気持ちがたかぶると感情そのままの勢いで私にハグしてくるくせがあった。

ただ、今は屋外なので自重して欲しかった。

若干周囲の視線が痛い。このまま泣き始めても困るので、よしよしと実家にいる中型犬をあやすように背中をゆっくりとさすりながら優しく声をかける。

『よーしよしよし!カナちゃん、どした?』

「あ、え、ええと、私も……毎日リンちゃんと一緒にいれてうれしいよーって、そ、そう思ったから。その、あ、ありがとうの印…みたいな……」

『そっかぁ、でも今はお外だからねー、ちょっと抑えようねー』

その一言にハッとして、バッと離れるカナ。

はわわっと呟いて顔がめっちゃ赤面してる。

ちょっとこちらまで恥ずかしくなってくる。

お互いに赤面したまま、俯いてしまう。

カナが小さくふわあああっと、言いながら両手で顔を隠している様子を見ながら、自然に生まれてきた感情そのままに口を開いた。

『決めた、私、好きな人が出来るまでカナを一番大切にするね』

「ええ?!そ、そんな……恐れ多過ぎるよう……」

今度はふえええ、とキョドりながらもカナはうれしそうだった。



          *



…………

………

……

いや、バカだろ自分…。

だってさ、ただでさえ親友で一番一緒にいるのに、それにも増して大切にするって、それはもう……恋しかないじゃん。

ゲームで言うところの、友情値のメーターが振り切れてるのに、さらにその上を目指すって、それはもう限界突破か、覚醒するしかない。


事実、限界突破して覚醒してしまった私は夏休みに告白して、彼女とめでたく恋仲になっていた。


だって、だってさ!

カナは身長140cmで(本人は150cmと言い張っている)、アホ毛がいつも1本だけアンテナみたいにみょんみょん跳ねていて、私と同じでペッタン子だし、好きな食べ物がチョココロネ、飲み物は炭酸が飲めなくていちご・オレだし、子犬に吠えられただけでびくびくしていて……もう、なんてーの?ひ、ひごよく?それだ!比護欲とかすごーくそそられるんですよ、ええ。

これで高校1年生とか、ご両親はどんな素晴らしい育て方したのよ、奇跡の産物ですよ。もう。

そんな子といつも一緒にいたらどうなるか?【絶対好きになるエンド】しか存在しないでしょ!!


と、ひとりで誰にともなく熱く語った勢いのままに、私は寝ているカナの無防備なぷにぷにほっぺたにチューしたのでした、まる。



          ♪



「んう……」

ガタンと電車が揺れて、私は目を覚ました。

あふ……欠伸をひとつして隣にいる彼女を見る。

リンちゃんが口を開けて眠っていた。

口の端にはよだれがひとすじ垂れていて、斜陽にきらりと反射していた。

「ふふ……」

私はポケットからハンカチを取り出すと、涎をそっとぬぐった。

キョロキョロと辺りを見回す。

相も変わらず、2人きり。期待を裏切らない路線だ。

私はポケットからチョコの個包装された袋を取り出すと口に含む。

キューブ型の生チョコがすぐに舌の上で溶け始める。

「……んっ……」

そっと唇を重ねると、口の隙間から舌に乗せた甘くとろりとしたものをリンちゃんの舌に口移しする。

『う、ううーん』

リンちゃんが眉をひくつかせ、身動ぎする。

『ふわああ~……あれ?寝ちゃってた?』

んーっ、と両手を上げて伸びをする。

『ん……んんっ?!』

と、そこで口の中の違和感に気付いたのか、

リンちゃんが首を傾げる。

『な、何か、口の中が、甘ったるい……』

「ふふ、気が付いた?」

口元に手を当てて笑いかける。

『ん、んー?これ、チョコ?』

「せいか~い♪」

『ってー、何でチョコ?』

「え?え、え~とね、リンちゃんが寝言でチョコ食べた~いって言ってたんだよ~」

『ウソだー』

あっさりと看破されるけど、それくらいで怒るリンちゃんではないので気にしない。

「ううん、マジマジ」

『本当かなー?……ていうか、私の寝てる口にチョコ放り込んだの?!』

「放り込んではないけどね~、でもなんかすごく辛そうな声で、チョコ欲し~い。ギブミ~チョコ~って感じだったんだよ」

『いや、だからばればれだってー!』

リンちゃんが半眼で見据えてくる。

「あはは。ところで、どうやって食べさせたか、知りたい?知りたい?」

『へ?板チョコをパキッてして口にねじ込んだんじゃないの?』

「そんな事したら、喉にチョコが詰まるか刺さって危ないじゃん。もっと安全かつ、やさし~く渡したよ」

『なんか怪しいな』

「んでんで、知・り・た・い?」

嬉々として伝えたがる私にリンちゃんが苦笑しながら、頷いた。

「それじゃあ、目を閉じて、口あ~んてして♪」



言われるままに目を閉じて……

この後二人でめちゃくちゃキスした……。







―――――――――完♪―――――――――

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