幕間 リカルドの憂鬱

リカルド視点


 先程、アルス様とリオン様が王都へと旅立って行きました。

 そして私には、大量の書類仕事が待っています。


「はぁ、コウガ殿も、もっと書類仕事をして頂けませんか?」


「うっ、きちんとやっているだろう。それより、どうしてアルスやリオンがいる時のように旦那様と呼んでくれないんだ」


 私が一応、コウガ殿の父親の威厳を示す為、先程までは旦那様と呼び方を変えていましたが、今は昔の呼び方です。


 ですが、旦那様と呼ぶことに対しては構わないのですが、


「そう呼んで欲しければ、もっと速く書類仕事をこなして下さい。特に計算が必要な書類は不備がないように、且つ迅速に行って下さい」


「うぅ。こんな事なら、もっと執事とメイドを雇えばよかった」


 それはそうでしょう。

 上級貴族で執事とメイドがこんなに少ないのは、世界中探してもここぐらいですよ。

 それなのに、この人は騎士団の副団長からスペンダー領の領主になる時に、「執事もメイドも必要ありません」と言っていたらしいですからね。

 その話を聞いた時は、本当に呆れてしまいました。

 まったく、迷いの森の魔物退治だけしていればいいと考えていたのでしょうか。

 とはいえ、公爵様が直接私に、コウガ殿に仕えるよう対応したのは英断だったと思います。

 あと、運よくミランダも来てくれたのは、本当に助かりました。

 いくら、マリー様が掃除や料理が好きだと言っても、貴族の令嬢なのだから限度というものがあります。

 ですが、今も変わらずに掃除や料理も積極的に行っておりますので、私としても大変助かっているのは事実です。

 一度、募集をかけた方がいいかもしれませんね。

 お金はどうにでもなるでしょう。

 リオン様が魔法袋(小)に、金と銀のインゴッドをたくさん置いてって下さったのですから。流石に受け取れないと言ったのですが、リオン様に無理やり持たされたのと、お金はすぐ稼げるからと言われると何とも言えない気持ちになり、断れなかったですけれど。


「一度、執事とメイドの募集をかけますか?今からでも遅くないと思いますけれど」


 正直、仕事だけしているのであれば、募集は必要ないでしょう。

 しかし、もうすぐモンスタースタンピードが発生するかもしれません。

 もしかしたら、モンスターフェスティバルの可能性もあるでしょう。

 その時に、少しでも強くなっておけばと、後悔するような事がないようにしたいです。本来なら、このような考えになど到底至らないのですが、あのマニュアルを見れば、遅ればせながら強くなれるのですから。

 さらに、リオン様の話では、魔法レベル9になると、魔法の威力と範囲がものすごく上がると言っていたので、迷いの森の魔物が押し寄せてきた場合には、とても効果が高いでしょう。


 それなのに、コウガ殿の答えは、


「いや、ここまでやって来れたからな。何とか頑張ろう。俺も書類仕事頑張るから……」


 最後の方の声が小さくなっていくのが、ダメなんですよ。

 コウガ殿の言いたい事は、何となく分かりますが、どうもここ最近はリオン様にお手伝いをして頂いたおかげで、この先がとても辛い事のように思えてきてます。


「コウガ殿の書類仕事の速さはリオン様の10分の1ぐらいの速さですから、死ぬ気で頑張らないと、いつまでも立派な父親にはなれませんよ」


 リオン様の書類仕事は、本当に異常な程に、迅速かつ正確なのです。

 私の書類仕事と比べても2倍近く速いでしょう。

 さらに計算が多いものになると、恐らく3倍から4倍は速いと思われます。

 ここ最近では、リオン様が計算したりまとめた書類を私が確認するだけという方法が、最速だと思えるぐらいのスピード感あふれる仕事っぷりだったのですから。


 その事を知らないコウガ殿は、


「いやいや、書類仕事でそこまで差が出る訳ないだろう」


 こんな事をいう始末です。

 はぁー。

 ため息も出てしまいますよ。


「言っておきますが、リオン様は私より書類仕事が速いですからね。さらに計算がある書類に関しては2倍以上速いと思って下さい」


 コウガ殿は、この言葉に驚きを隠せないようでしたが、リオン様にはコウガ殿がいない間しか手伝って貰っていないですからね。

 リオン様は、アルス様が戻られる前からの1ケ月ぐらいの間でしたが、書類仕事を手伝って頂き、とても捗っていました。

 そして、今日リオン様は旅立ってしまったのです。

 これからは、またリオン様のいない書類仕事をするとなると、嘆きたくなっても仕方ない事です。


「そういえば、リオン様が旅立たれる時に、私に対してでしたが、コウガ殿に関して言われていたんでした」


「リオンからか?何を言われたんだ?」


 やる気に繋がってくれればいいのですが、


「コウガ殿に『どんどん書類仕事を回して慣れて貰いましょう』と言ってました。良かったですね。自慢の息子に期待されていますよ」


「何てことだぁ……」


 コウガ殿は、うなだれてしまいました。

 それ程、書類仕事が嫌なのでしょうか。

 これでは、あまり期待できませんね。


 数時間の間、書類仕事を二人で行いました。

 ようやく国に提出する書類が全て終わりました。

 上級貴族の場合、領地運営の収支に関する書類は重要ですが、ここスペンダー領は迷いの森の魔物の状況を定期的に報告する義務があります。むしろこちらの方が重要と言えます。

 それは現在テルーゼの西門、迷いの森へ続く門と隣接して作られた常駐場所で冒険者などと情報を共有し状況を把握、また同時に異変が無いかも確認しなければなりません。そして、その情報を書類にまとめるのです。

 迷いの森の報告は基本月1回でいいのですが、異常が発生した場合などに対してはその都度報告するようになっています。今回は特に何もなかったので、月末までに報告する形になります。


 そして、コウガ殿も書類仕事がようやく終わったので、くつろいでいましたが、急に難しい質問をしてきました。


「迷いの森を対処しているメンバーに、リオンが作ったマニュアルを見せるのは、リカルド的にはいいと思うか?」


 リオン様の作ったマニュアル。あれはとてつもない物でした。

 スキルや魔法を事細かく調べあげ、誰も知りえないスキルや魔法のレベルという存在を発見されたのです。

 本来ステータスプレートには、スキルが表示されていますが、どのスキルを所持しているかしか表示されていません。

 さらに言えば、今そのスキルがどのアーツまで使えるかは、分からないのです。

 それ以外にもエクストラスキルや称号、特殊スキルとステータスプレートに載っていない情報を把握し、効率的に強くなれるマニュアルとなれば、誰が手にしても今まで以上に速くそして強くなれます。

 であれば、


「国王様とリオン様の両方が許可を出せば、一部の人には閲覧できるようになると思いますので、そうなれば教えてもよろしいかと」


 恐らくグラスタール公爵様がリオン様とお会いになった時に、強さの秘密を伺うはずです。私から公爵様にマニュアルの事は何も言わず、強くなる秘訣を知っていると伝えたからです。

 公爵様から聞かれれば、リオン様はマニュアルの話をすると思います。

 リオン様自身もコウガ殿の信頼の置ける人に魔法のオーブを使ってもいいと言っていたぐらいです。 

 正直、魔法のオーブは王国に言えば用意して貰えると思います。

 しかし、今までなら魔法をいくつも覚えても結局使えるのは1種類、しかも子供の頃から覚えていなければあまり使い物にならないとされていました。一応、補助的な感じで覚えるのであればいいのですが、それは接近戦を得意としている方でしょうから、元々魔法使いの方は必要を感じないはずです。覚えるだけで、ステータスが上がる事は知っているので、本当に覚えるだけの貴族が多かったはずです。

 ですが、リオン様のマニュアルを使えば、今から覚えても1ケ月もしないで上級魔法までは覚えられると思います。

 上級魔法を覚えているのは、魔法師団に所属している熟練者になるはずです。

 簡単に言えば、常識を覆すマニュアルをリオン様は、この家に置いていったのでコウガ殿は困っている感じですね。


「国王様が許可を出すと思うか?」


「国王様は許可を出すでしょう。問題はリオン様が許可を出すかだと思います。ですが、リオン様の事なのでマニュアルを広めたいと思っているかもしれません。なので、逆に制限を掛けるのが大変になるかもしれないですね」


 その辺りは公爵様が、上手く対応して頂けると思います。

 コウガ殿は、公爵様が動いている事を知らないのですけれど。

 グラスタール公爵様とリオン様の話し合いの結果次第で、どうなるかは変わるでしょう。

 それよりも、現状のモンスターフェスティバルなどの重要な内容がコウガ殿の方に伝わってないのが問題な気がします。

 本来なら真っ先に、コウガ殿に伝えてもいい内容のはずなのに、王国からは何も知らされていないので、私から伝えるのは混乱を招く恐れがあります。

 もしかしたら、リオン様との話し合い後に、方針を決めてから、コウガ殿の方へ連絡が来るのかもしれませんね。

 

「リオンなら広めかねないな。その辺りの一般的な常識も、しっかりと学校で学んで欲しい所だ」


「覚えるのは、速いので大丈夫でしょう」


 リオン様が一般的常識を覚えるのは、簡単でしょう。

 問題は学校側が教える速度が、リオン様の覚える速度よりも圧倒的に遅いという所でしょうか。


 何とも言えない気持ちになりましたが、夕食の時間が迫ってきたので、手伝いに向かうことにしました。


 向かう途中で、公爵様との話し合いが終わった後に、一般常識も教えて貰って、すぐに帰ってきたらいいのにと思ったのは内緒です。





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いつも読んで頂きありがとうございます。


この後に人物紹介などしてから4章に入りますが、次回の更新は土曜日か日曜日になると思います。


よければ今後も読んで頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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