キミ色に染めて

いと

第1話 出会い

 キミ色に染めて―――


 金曜日の放課後、僕は職員室での用を終え廊下を歩いていると突然左の方からそんな言葉が聞こえてきた。思わず声の出どころに顔を向けると、半開きの美術室のドアから、茶色の髪を肩ほどまで伸ばした、顔だちの整っている女子生徒がこちらに笑顔を向けてきていた。

「へ?」

 僕は無意識に声が出てしまうほど、今の状況に思考が追い付かなかった。

 どうして突然話しかけられたんだ。どこにでもいそうな何の取り柄もない僕に。いや待て考えすぎだ。そもそもあんな美少女が僕に用があるわけがない。ここは何も聞かなかったことにして退散しよう。

 僕が何事もなかったかのように歩き始めようとしたとき、もう一度声がした。

「おーい、無視しないでよー。キミだよキミ。キミに言ったの」

 まじか………僕に話しかけてたよ。

「な、なんでしょうか」

「そんなにかたくならないでー。ちょっとしたお願い事?があってね」

 この美少女僕に何をさせる気なんだ。この陽なオーラを感じる話し方的にパシリにでもされるんだろうか。

「お願い事ですか?」

 警戒しつつ尋ねると、

「そそー。私、美術部なんだけど、今軽いスランプ状態でね。ちょっと新しい視点みたいなのを取り入れたくてねー。私が描いた絵をキミに色付けしてもらいたいのよ」

 思っていたものとは違うものの、なかなかに面倒くさそうなことを頼まれた。

 もちろん、相手が美少女だからと言ってうつつを抜かすようなことはしない。僕みたいな陰キャが関わっていいわけがないし、何より面倒ごとは嫌いだ。当然僕の返答は決まっている。

「い、いいですよ」

「ありがとねー!じゃあこっち来てくれるー」

 やってしまった。陰キャ特有の性質、頼まれたら断れない。3秒前の自分と、3年前自然と陰キャになった自分を呪った。

 仕方がないので、彼女に続いて美術室に入る。書道を選択していたので、美術室に入るのは入学から3年たっているが初めてだった。

 教室全体を眺めていると、彼女から声がかかる。

「こっちだよー」

 彼女が立っているあたりに行くと、そこだけ机がはけらていて、床には3、4枚の繋げられた新聞紙の上にキャンバスが置かれていた。


 そこに描かれていたのは一輪の花だった。名前は知らない。でも、どこか寂しげな花だった。

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キミ色に染めて いと @ito_3830

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