23 僕と竜と犬

「僕、今日、竜に乗る訓練初日だったんだよ? だからまた行くから。その時もキミに乗せてよ。いい?」


 首長竜ギータが僕を見たのは、ほんの一瞬。


 長い首をググっと僕の方に下げてきたから、僕も、すぐ傍にいたリュート叔父さんもギョッとしたけど、首長竜ギータは自分の額を僕に軽く当てただけで、すぐに元の姿勢へと戻っていた。


「いいってコト、かな?」

「だろうな」


 ここに残るって雰囲気でもないな、と叔父さんも微笑わらいながら、首長竜ギータのお腹あたりを軽く叩いていた。


 案外、首長竜ギータ同士で通じる何かがあって、火竜リントヴルムから遅れて到着しても、何かしら見つけられるかも知れない――なんて、叔父さんは言っている。


 それに全長も違う分、もしかしたら火竜リントヴルムの体格では入れないような山や森に犯人がいた場合、かえって役に立つかも知れない、とも。


「行くのなら頑張れよ。首長竜ギータの意地を見せてやれ」


 叔父さんの言葉に、首長竜ギータは一度、長い叫び声を上げて、それに応えた。


 基本、空の馬車、人の足として使われることがほとんど。


 騎獣軍の竜に比べると下に見られがちな首長竜ギータだけれど、人の言葉を理解出来る知性は充分にあって、多少小柄であってもやっぱり「竜」なんだなぁ……と、僕は感心しながら、飛び立つ首長竜ギータを少しの間見上げていた。





 叔父さん曰く、竜の素材を狙う窃盗団あるいは今回の首謀者である貴族の手先が、この辺境伯家に既に潜り込んでいる可能性が高いらしい。


「俺はエイベル殿の護衛として、大っぴらに付いて回る。物理的な襲撃や食事にアヤしげなモノが入っていても、まあ、ある程度はそれで撃退出来る。だがその分、調査が出来ない。ハルトには表向き『白竜グウィバーの世話係』となって貰って、この館の中を色々探って欲しい」


 調査!


 叔父さん曰く「竜の素材を盗むくらい金に困っているなら、この館の中にある美術品も普通に盗もうとするだろ」ってコトらしい。なるほど。


「でも、いくら僕が『白竜グウィバーの世話係』だからって、お屋敷の中をウロウロしていたら、おかしくないかな……?」


「ああ、それは一応考えてあってだな……」


 そう言いながら、叔父さんは廊下の途中、ひとつの扉を迷いもせず開けていた。


 凄いな、叔父さんもうこの屋敷の見取り図把握しているんだ!


 僕も見倣わなくちゃ! と思いながら叔父さんの後から部屋の中に入ると、そこはどうやら食料倉庫みたいで、叔父さんに続いて僕が中に足を踏み入れた途端に「ばう!」と、太めの動物の鳴き声が鼓膜を揺さぶった。


「え? うわっ⁉」


 僕の足元をナニか黒い影が駆け抜けて行き、最後ソレは叔父さんの足元に文字通り「突撃」していた。


「あー、はいはい。やっぱり無駄に元気あり余ってんな、おまえ」


 叔父さんは免疫があるのか、僕ほど驚いた感じはなくて、むしろ呆れてその黒い塊を抱え上げていた。


「え、犬?」


 首を傾げながら近づいた僕に、叔父さんは「惜しい」と微笑わらった。


黒妖犬ヘルハウンドの幼犬だ」

「へル……って、ええっ⁉ こんなカワイイ――って、そうじゃなくて」


 犬は犬でも黒妖犬ヘルハウンドは魔犬だ。見かけたら、普通は討伐対象になる。


 だけどこの子犬は、足がぶっといし、毛はふさふさしてるし、耳は垂れ下がっているしで、成長すればさぞや良い番犬になりそう……としか見えない。どう見ても「犬」だ。成長したら黒妖犬ヘルハウンドになるなどと、とても信じられなかった。


「ん、ほら」


 目を丸くしている僕に叔父さんは、その子犬をひょいと差し出して来た。


 なんてことない、って感じに僕に預けてくるので、僕もついうっかりそのまま受け取ってしまった。


「ハルトはコイツ抱えて屋敷内をウロウロすると良い。好奇心旺盛で、すぐ屋敷の中で行方不明になるから、辺境伯に頼まれて探していた……とでも言えば、大抵の人間は納得するだろう。ただ白竜グウィバーの世話係ってだけだと、おまえの言う通り、屋敷の中をウロついてる理由にはならないからな」


 なるほど、と僕は納得した。

 僕が言うまでもなく、叔父さんは最初からちゃんと考えていたんだ。


「その場しのぎで良いんだから、その犬が良いだろう。パッと見、黒妖犬ヘルハウンドに見えていなければ、それで」


 探偵を主張するリュート叔父さんだけど、根っこのところでは冒険者らしい豪快な面もある。


 叔父さんにとっては、黒妖犬ヘルハウンドは普通の犬と変わらない扱いなのだ。


「コイツは例の竜の卵狙いの襲撃現場に居合わせて、親犬を殺されたらしくてな。まあ黒妖犬ヘルハウンドがそこにいれば、大抵の冒険者も軍人も攻撃するだろう? たまたまその辺を縄張りにしていたんだとしても、それは誰も責められん」


 子犬の頭をそっと撫でながら、叔父さんが何とも言えない表情になっている。


「ただ、コイツはこの見た目だろう?もしかしたら、別の犬種との混血なのかも知れない。このまま成長するんなら、無意味に殺すこともないんじゃないか――と、火竜騎獣軍の中の犬好きが、保護して連れて来たらしいんだ」


「な、なるほど」


 ちょっと、その気持ちは分からなくもない。

 このコは素直に可愛いと思う。うん。


「そんなワケで、ソイツは今やこの辺境伯家の中で色んな連中に可愛がられているから、間違いなくおまえも疑われない。上手く屋敷内を探索して、盗賊まがいのことをしでかそうとしている阿呆どもを見つけてくれ」


 まあ一種の潜入捜査みたいなものだと、叔父さんは微笑わらった。


 潜入される側エイベルさまの許可があるワケだから、一般的な潜入捜査とはちょっと意味が違うのかも知れないけど……。


「怪しげなヤツを見かけたら、コレで知らせてくれ」


 叔父さんはそう言って、おもむろに服のポケットからブレスレットを二つ取り出した。


「通信機だ。ここに掘られた花模様の上を少しさすれば相手に繋がる。まあ、この場合は俺になるワケだが」


 そう言って、二つあるうちの片方を僕の手に握らせる。


「ここから直接声が響いてくることはない。相手の声は、腕輪から装着している当人の腕を通って、頭の中に響く仕組みになっているんだ。逆にこちらが話したことは、この腕輪に全て吸い取られる。よく考えるとホラーな仕組みではあるが、例えば潜入捜査中だったりした場合には、その声が洩れて相手に聞こえてしまった、なんてことにはならないから、意外に重宝されているみたいだな」


 すごいな魔道具。


 気付けば拒否権なく持たされている状態だったけど、どうやら辺境伯家当主としてのエイベルさまが、黒妖犬ヘルハウンドともども、色々と手を回してくれたみたいだった。

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