20 その地図が示すこと

「アンヘル、地図を」


 軍団長アンヘルさんを呼び捨てに出来るのは、ザイフリート辺境伯家当主であるエイベルさま以外にはいないだろう。


 軍団長アンヘルさんも、特に疑問も反発もなく、分かったと、一度席を立って部屋を出て行く。



「……卵を奪った二人がどこへ飛んで行ったのか。恐らくその冒険者は追跡のための『竜導香りゅうどうこう』をところどころに配しながら追いかけている筈だから、我々はそれを追いかけるにしてもだ」


 どうやら、追いかけることは決定事項らしい。

 思わずホッと息をついた僕の頭を、エイベルさまがポンポンと軽く叩いた。


 そしてテーブルの上、に地図を置くための場所を確保している。


 ちょうどそのタイミングで軍団長アンヘルさんも筒状にくるくると巻かれた羊皮紙を手に持って戻って来て、エイベルさまが何かを言う前から、その空いたスペースに地図を広げた。


「二人組が、どこへ向けて飛んだのか。あたりはつけておきたい」


 エイベルさまの言葉に合わせて軍団長さんが、その地図の右下に石の重しを一つ置いた。


「そう。竜の牧場はそこだ」


 確かあの場所は「騎獣訓練場」とか何とか正式には聞いたような気がしたけど、どうやら「竜の牧場」でお偉いさまたちにも話が通ってしまっているみたいだった。


「そして、ハルト、その二人は君が飛んだ方向をこうだとすると、どこに向かって飛んだか分かるか?」


 エイベルさまはそう言って、地図の上をスッと指でなぞった。


「えっ⁉ えーっと……それは……」


 急に話を振られて少し焦ってしまったけど、隣でリュート叔父さんが「落ち着け」と膝を軽く叩いてくれたので、僕は口元に手を当てながら、必死で考えた。


「僕がこっちに向かって飛んだって言うコトなら……ダドリーさんは、こっちの方角に向かって追いかけて行きましたね……」


 そう言いながら、僕もエイベルさまのように地図の上から指を滑らせてみた。


「「「「⁉」」」」


 その瞬間、リュート叔父さん、ギルさん、軍団長さん、エイベルさま――全員が、無言で息を呑んだのが分かった。


「西……だと?」


 そう呻いたのは、今この場で一番地位のあるエイベルさまだ。


「俺、いや私もてっきり、まだ被害のない〝水〟――南のティトルーズ辺境伯領に飛んだとばかり」


 エイベルさまの前だからか、慌てて「俺」を直しながら、軍団長アンヘルさんも驚いたように地図を凝視している。


「ですが軍団長おやっさん、牧場にいて、各辺境伯領の位置関係をその時点で分かっていなかったであろうハルトが嘘を言う筈もないし、一刻も早く火竜リントヴルムを向かわせたがっているところから言っても、見間違えているとも思えない。間違いなく、その二人組は西、つまりは風竜ワイバーンを抱える西のメルハウザー辺境伯領に向かったんですよ」


 ギルさんは、僕が嘘を言ったり見間違えたりしている訳ではない筈だと、軍団長アンヘルさんやエイベルさまにフォローをしてくれている。


 軍団長アンヘルさんも、ギルさんの言っていることに矛盾はないと思ったみたいで、腕を組みながら「ううむ」と、やはりエイベルさまのような唸り声を発した。


「だがあそこは、一連の事件における最初の被害領だ。それを考えると――」


「逆に言うと、一番に被害に遭ってみせることで、疑いの目を逸らしたと言うことも出来る」


 そしてそれまで黙って話を聞いていたリュート叔父さんも、ここにきて初めて口を開いた。


「まだ被害にあっていなかったザイフリートと南のティトルーズとの間に相互不信の芽を植え付けることで、更に自分たちが容疑の圏外に逃れようとしたのかも知れない」


 話の腰を折られてはいたけど、その説明には感じ入るところがあったのか、軍団長さんは「……確かに」と一言だけを呟いていた。


「エイベル殿、他の辺境伯領当主とは、日頃からどう言った交流を?」


 僕はそろそろダドリーさんを追いかけて貰えるかと思ったのだけれど、叔父さんは、ただやみくもに追いかけるのではいけないと思っているみたいだった。


「そうだな……騎獣軍の軍団長同士であれば、毎年持ち回りで合同訓練を行っている分、多少なりと顔も合わせるだろうが、当主ともなると国家行事で王都に出向く以外に顔を合わせることがない。果たして〝西〟の当主に会ったのはいつだったか、と言ったレベルの話かも知れんな」


 期待した回答ではなかった所為せいか、ちょっと眉根を寄せている叔父さんに、エイベル様は「だが」と、話を続けようとしていた。


「前回の四家合同訓練は、我がザイフリート辺境伯領の持ち回り当番だった。確かその際、メルハウザー家の、軍団長ではないがその子飼いの軍人が揉め事を起こしていたように記憶している」


「揉め事?」


 叔父さんが、軍団長アンヘルさんとギルさんに視線を向けると、二人は一瞬顔を見合わせていたけど、思い出したのはギルさんの方が早かった。


「ああ、アレですよ軍団長おやっさん。領都の方の酒場で店員に手を出そうとしたり、火竜リントヴルムの卵料理を食わせろとかって騒いだヤツがいて、暴れたって話。ヘタにそいつがルブレヒト侯爵家の親戚筋だったか何だったかで、その場にいた連中がすぐに止められなくて、結局〝南〟の水竜ガルグイユ軍の部隊長の手を借りたんですよ。あそこの部隊長はアルチデ公爵家の関係者だとか聞いていたから」


 ギルさんの話に、軍団長アンヘルさんは「ああ」と当時を思い出したかのような表情を見せていたけど、その話は僕の方にも、ちょっと思うところがあった。


「……うん?」


 思わず声にも出てしまっていたらしく、僕の方こそ一斉に皆の視線を受ける羽目になってしまった。


「え……」

「ハルト、今の俺の話に何か喰いつくところがあったのか?」


 ギルさんが、自分が口火を切った話と言う事もあってか、その場を代表する形で僕に聞いてきた。


「えーっと……関係があるのかどうか、僕には分からないんですけど……ここに来る前、副都の冒険者ギルドの方で、すごく似た話があったと言うか……」


 こうしている間にも、どんどん逃げている二人との差が開くと心配だったけど、多分この話は、黙っていちゃいけないんだろうなと、場の空気からは感じ取れた。


 なので僕は、冒険者ギルドの食堂で起きたトラブルを、皆にも話すことにした。

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