6 空色の髪の美女

「……はぁ」


 少しの間僕を見て、それから叔父さんは大きく息を吐き出した。


「ったく、日に日にモノの頼み方が卑怯になってくるな」

「人聞きの悪い。ハルトのためだって言うのに、どこか嘘はあるか?」

「…………」


 これは、無言の叔父さんの方が分が悪いと言うべきだった。


 やがて諦めた様に首を振って「分かった」と口にしたものの、表情を明るくしたギルさんに「ただし」と釘を刺す事を忘れなかった。


「おまえもギルド長室に付き合って貰うぞ、ギルフォード。もしかしたら、俺への報酬よりも高くつくかも知れんが、文句は言うなよ?」


「げ……」


 ギルさんの表情が、盛大に痙攣ひきつった。

 当たり前だろう、と立ち上がった叔父さんが、ギルさんを見下ろしている。


「俺に依頼を受けさせたいんなら、諦めるんだな。資料室ここの最終的な管理監督者は誰か、よく考えろ」


「……俺、あの女傑ひとは苦手なんだよな……」


 ガックリと首を垂れながらも、他にどうしようもないと察したギルさんも、諦めた様に立ち上がった。


 一応、僕は資料室で留守番かな――。

 そう思っていると、何故か叔父さんに「ハルト」と、声をかけられてしまった。


「ハルトも来てくれるか」


「え⁉」


「もしかしたら、俺が出かけるにあたって、留守番のハルトに補佐を付けるかどうかとか、話の流れ次第で出て来るかも知れないからな」


 てっきり、叔父さんとギルさんの二人で行くと思っていたから、一瞬目を丸くしてしまったけど、叔父さんに言われてしまうと、そう言うものなのかな?とも思ってしまう。


 とりあえず、お茶のセットは奥の流し台に置くだけ置いて、僕もリュート叔父さんとギルさんに付いて行く事になった。




.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜.゜*。:゜ .゜*。:゜




 コンコン、とギルド長室の扉を叔父さんが叩く。

 すると、さほどの間を置かずに「はいはい、どーぞ?」と、妙に軽い女性の声が中からは聞こえてきた。


 叔父さんは「ったく、相変わらずな……」と、ため息交じりに扉を押した。


「あらぁ? 資料室の引きこもりが、ご用だなんてお珍しいコト」


 扉が開いたので、今度はハッキリと、女性の声が僕の耳も届く。


「ホーデリーフェ」


「いやね、引きこもっている内に、名前忘れた?私の名前はホリーよ、ホ・リ・イ!」


「俺が愛称を呼ぶいわれはないと、毎回言ってるな?そして、騎獣軍からの依頼だ」


 ……なんか叔父さんが、僕と同じ様な事を考えていたらしいのが、ちょっとほっこりする。

 後ろでギルさんがいじけそうになっているけど、誰もそれをフォローしていない。


「あら」


 ギルド長室の中央に位置する机を陣取るのは、空色の髪の美女。


 デュルファー王国副都ドレーゼは、冒険者、商業、職人、医療の各ギルドの本部を抱えている。

 そして、ここは冒険者ギルドの本部。


 ――目の前のこの女性こそが、冒険者ギルドの当代ギルド長なのだ。


 かつて叔父さんやギルさんとも、魔獣討伐の場で会った事があると言う、元A級冒険者。

 ギルド長就任と共に、冒険者活動の第一線からは、いったん退いている女性ひとだ。


 叔父さんはS級だけど、そもそもS級だけは、有事に活躍した際に国が与える、言わば「勇者」に等しい特殊な階級で、事実上の現役冒険者のトップはA級らしい。


 かつて美女ならぬ、美魔女呼ばわりした下っ端冒険者が、魔物のエサになった……などと言う噂も、あるとかないとか。


 もちろん僕は「ギルドいちの美女ホリーさん」と、謹んでお呼びしている。


 ホントは何歳か、なんてことは聞いちゃいけないと、叔父さんからも言い聞かされている。


 多分叔父さんくらいか、少し上くらいじゃないかと思うんだけど、そもそも女性に向かって年齢の話をするようでは一生モテないとギルさんも言うので、きっと分からないまま、僕も年を重ねていくんだろう。


 ちなみにギルさん曰く「年齢としを聞かず、誕生日のみを祝うのが粋な男」と言うコトらしい。


「リードレ隊長に、ハルト君まで一緒に来ているだなんて、穏やかじゃないわね。もしかして、アレかしら? 竜の卵と幼体の行方不明事件」


 叔父さんが知らなかっただけで、冒険者ギルドにもちゃんと情報は入っていて、捜索の指示はギルドからも出ていた。


 元をただせば冒険者たちが、黒妖犬ヘルハウンド討伐の後で、たまたま割れた卵や死んでしまった幼竜を目撃したところに端を発している訳なので、何なら現時点では、叔父さんよりも情報を持っている可能性があった。


 だから叔父さんも、ここへ来たんだろう。


「まあ、縄張りだのプライドだの、つまらないモノが邪魔をして出遅れる騎獣軍やお貴族サマ達と違って、予期せぬ出来事にもフットワークが軽いのが、冒険者。あなたたちよりは、一歩も二歩も先んじている事は確かでしょうね」


 案の定、ホリーさんの返しには容赦の欠片もなく、主にギルさんが直撃を喰らって、胃のあたりを押さえている。


 叔父さんは、基本冒険者側の人だから「相変わらず手厳しいな」と微笑わらっているだけだ。


「まあ……確かにザイフリート辺境伯家自体は、どうなったとしても、俺もさほど気にはしないが、アンヘル軍団長個人には色々と世話になってる。一通り冒険者側の聴取が済んで、そちらの疑いが晴れたとなれば、次に疑いが向くのは当然、辺境伯家だ。何しろ火竜騎獣軍を名乗って受け渡しが行われているんだからな。たまにはいくつか借りを返しておくのも良いだろう」


「あら」


 ホリーさんは「そう言うコト」と、叔父さんとギルさんを見比べながら、一人で何か納得していた。


 この辺り、すぐに思い至れないあたり、僕はまだまだ経験が足りないんだろう。


「辺境伯領に行くのね?」


 ホリーさんの問いかけに「ああ」と、叔父さんも頷いた。

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