聖女の御業

 手続きはごたついたが、無事に入国出来ました。

 後は、宿を取ってグリちゃんと遅い昼食兼夕食だ。

「この近くにグリちゃんも一緒に泊まれる宿はありますか?」

 グリちゃんがお腹が空いたと言い出しているので、早急に寝床の確保をしなければならない。

「聖女様、レイア宮殿にお送りしますので宿を取る必要はございません」

 アルフォートが、慌てた様子で馬車の手配をしようとしたので待ったを掛けた。

「日も暮れてきましたし、何よりグリちゃんがお腹を空かせています。私をここまで頑張って運んでくれたので、疲労が溜まっていると思うのです。少し広い個室と調理場をお借り出来れば問題ありませんわ」

と返したら、困った顔をされてしまった。

「聖女様だけなら、宿舎の一室をお貸しできますが……。聖獣様が入れるほどの部屋は用意出来ません」

 冷や汗を垂らしながら答えるアルフォートに、私はそりゃそうだと心の中でツッコミを入れる。

 羽を閉じた状態で全長1.5mはある。

 その巨体をが入る建物なら、倉庫でも蔵でも何でも良い。

「空いている倉庫でも良いのだけど?」

 そう訊ねてみると、歯切れの悪い回答が返ってきた。

「う~ん……。倉庫であれば、聖獣様も入れます。何分汚いですよ」

 渋るアルフォートに、私は上品な笑みを浮かべながらゴリ押しで案内しろと言ってみた。

「屋根があるだけで十分です。案内して下さいますか?」

「分かりました」

 アルフォートに案内された倉庫は、確かにグリちゃんでも入れる大きさだ。

 広さも十分にある。

 しかし、老朽化が進んでいるのか外壁がボロボロだ。

 中は埃っぽいし、荷物が雑然としている。

「少し離れて頂けますか? まずは、この倉庫を綺麗にします」

 私は倉庫の中央で膝を着き、両手を組み天に祈りを捧げるポーズを取った。

(ググル先生、この倉庫全体を清掃魔法で綺麗にしつつ、ボロボロの外壁も土魔法で補強をお願い。厳かな雰囲気を演出も出来る?)

(清掃魔法・土魔法と同時発動しつつ、光魔法・ライトを応用して光の屈折を利用すればマスターの厳かな雰囲気を醸し出す事は可能です)

(OK。じゃあ、それで宜しく)

(了。倉庫内を中心に清掃魔法・ライト発動します。成功しました。併せて土魔法で土壁の補強に成功しました)

 私の身体から魔力がゴッソリ抜けて、少し眩暈がした。

 振り返ると、倉庫の入り口に陣取っていたグリちゃんとアルフォートも心なしか綺麗になっている。

(ググル先生、魔力がゴッソリ抜けたんだけど。どういうこと?)

(複数の魔法を同時展開したからです)

 レベルも低いし、魔力同時展開だと消費する魔力が多いということか?

 いや、それにしては倉庫内だけ綺麗にするが、倉庫の外に居るグリちゃんやアルフォートが傍から見ても綺麗になっている。

(……気のせいです)

 気のせいと思うには、アルフォートの長年使い込まれてくすんでいた装備がピカピカになっている。

 気のせいではないと思うんだけど……。

(誤差の範囲内です)

 シレッとミスを誤差で片付けるググル先生は、何だか感情を持った生物に感じる。

 綺麗になるのは悪いことではないし、グリちゃんとベッドが置ければ問題ない。

「僭越ながら外壁も補強させて頂きました。屋根の点検は行ってください。必要であれば、修理されることをお勧めします。建物の寿命が延びますよ」

 やっちゃったものは仕方がない。

 ここは、それとなく誤魔化そう。

「流石、聖女様!! 祈りを捧げただけで、この辺り一帯が綺麗になりました。あの光は、神の御業なのですね!」

 そんなわけあるかい!

 興奮冷めやらぬアルフォートに、

「倉庫の中の物を端に寄せて頂いても宜しいでしょうか? グリちゃんを休ませたいので」

と話をすり替える。

「直ぐにやります! 手の空いている者達、倉庫の荷物を全て端に寄せるのだ!」

 アルフォートの号令に、近くにいた兵が綺麗になった倉庫の中に入って行き、キビキビとした動きで荷物を端に寄せている。

「後、厨房をお借りしたいのですが構いませんか?」

「勿論です。部下を連れて参ります。少々を待ちを」

 アルフォートが部下を呼びに行った隙を見計らって、空間収納から作り置き飯を取り出した。

「グリちゃん、お夕飯を作るのに時間が掛るから、これを食べて待っててくれる?」

(ありがたい。主殿のご飯は美味いな)

 日本食に慣れ親しんだ私からすると、美味しいレベルではないのだが、グリちゃんは出された食事を美味しいと食べてくれる。

 とはいえ、休憩も無しに飛び続けたのだ。

 相当お腹は減っているのだろう。

 出したばかりの卵のサンドイッチと野菜スープを秒で完食している。

(主殿、夕飯は肉が食べたいぞ)

 肉料理か。

 グリちゃんが、満足できるほどの量は買い込んでないしなぁ。

 空間収納に収まっている肉を全部吐き出しても、あの食いっぷりを見ると一食分が限界かもしれない。

「分かったわ。手持ちの肉が少ないから量は期待しないで頂戴ね」

(分かったのである)

 ククルと上機嫌に鳴くグリちゃんの嘴を布で拭いていると、アルフォートが部下を連れて戻ってきた。

「聖女様、お待たせしました。聖女様、ご案内します」

「グリちゃん、お夕飯を作ってくるから大人しくするのよ。グリちゃんに触れようとする不埒者がいたら、大怪我させない程度に突いておやりなさい」

 無許可でグリちゃんに触ろうとするバカは居ないと思うが、一応警告はしておこう。

 使役テイムされた魔獣が人や物に危害を加えた場合、主人の咎になってしまう。

「だそうだ。くれぐれも神獣様に失礼のないように! 聖女様、調理場に案内致します」

 私は、グリちゃんと別れてアルフォートの案内で調理場へ訪れた。

 男所帯だからもっと汚いかと思ったら、どこもかしこもピカピカに磨かれている。

「綺麗に使っていらっしゃるのね」

と褒めると、

「何を仰るのですか。聖女様が、綺麗にして下さったからですよ」

とニコニコ顔でアルフォートに返された。

 私は、首を傾げる。

(先生、どういうこと?)

(倉庫で使った魔法の効果範囲に入っていたからだと推測します)

 倉庫の中だけのつもりで使った魔法が、ググル先生の調整ミスで範囲が拡大したって事か。

(否、誤作の範囲内です)

 断固自分のミスを認めないググル先生に呆れつつも、結果的に綺麗な調理場を使える事になったのなら良しとしよう。

「では、ありがたく使わせて貰いますね」

 私は、アルフォートに一言断りを入れて腕まくりをして夕飯作りに取り組んだ。

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