国境を越えて 前編

 一夜明けて、ベッドでぐっすり就寝したのに脱力感が半端ない。

「ふぁぁ、疲れが取れてない。神経図太い方だと思ったんだけど、この身体は繊細なのな?」

 ふかふかのベッドで寝たのに、疲れが取れないと愚痴ると、その原因が直ぐに判明した。

マスター、お早う御座います)

「ググル先生、お早う」

(昨日、マスターが望んだ地下資源ですが、可能な限り集めて空間魔法の中に収納しました。脱力感は、そのせいです)

「お前が、犯人か! 人が寝ている間に何してくれてんの」

マスターの魔力だけでは不十分だったので、個体名グリちゃんからも魔力を徴収しました。日中活動する分には、問題ありません)

 何してくれちゃってるんですかね!?

 チラッとグリちゃんを見ると、疲労感を漂わせている。

 ああ、これはギリギリまで魔力を搾り取ったのだな。

「ググル先生、勝手にグリちゃんの魔力を奪わないで頂戴。何か事を起こすなら、事前報告して」

(了。善処します)

 その言葉が、信用ならないのは気のせいだろうか。

 朝食を囲みながら今後の相談をする事にした。

「ググル先生、このまま入国したら聖女認定されるよね? レイア市国に縛られて、どこにも行けなくなるのは嫌なんだけど。今から別の国に行った方が良くない?」

(是、聖女として認められれば行動に制限が付く可能性があります)

(主殿は、女神レア様が認めた聖女であろう? 何に縛られるのだ?)

 コテンと首を傾げるグリちゃんが、あざと可愛い!!

 グリちゃんのふわふわの羽に顔を突っ込んでモフモフしてたら、

(ハァ…)

とググル先生に呆れられた。

「うがった考えかもしれないけど」

と前置きして、私は仮定の話を続けた。

「人の秩序と正義を掲げている教会が、聖女を旗本に聖戦という名の戦争を頻繁にしているよね。特に魔人の国にちょっかい、領土侵犯を繰り返しているし。その都度、返り討ちにされているのにね」

 知識は、リリスの記憶にある。

 過去を何度もループした中には、ノアの隣に立っていた女が教会が聖女として認定したものもあった。

 リリスを陥れて追い詰めた女を聖女って、片腹痛いわ。

「宗教なんて都合が悪くなれば、教義に反したとかいちゃもん付けて金をせびってくるような集団だよ? うっかり極大魔法をぶつけちゃう自信があるわ」

 フンスと鼻息荒く答えたら、

(それは、マスターの偏見です。案、女神レアにマスターの行動を制限しないよう神託を下して貰えば宜しいのではありませんか)

と突っ込まれた。

(主殿の異に沿わない不埒な輩は、妾が排するから安心するがよい)

「グリちゃん、愛してる!!」

 グリちゃんに愛を囁いていると、ググル先生が特大の溜め息を吐いた。

(ハァァァ……。マスター、いい加減現実逃避するのは止めて下さい)

 正論をぶつけられて、私は胸を押さえる。

 ちゃんと考えなきゃいけないのは、分かっている。

 問題を先伸ばししたところで、何の解決にも至らない。

 この身体も慰謝料代わりに貰っただけで、寿命までこの世界で安全で快適に過ごすのが本来の目的である。

(仮に国外を出たところで、後ろ盾の無い状態では身柄を皇国に引き渡される可能性があります。マスターが聖女であると教会に認めさせることを推奨します)

 ググル先生の指摘に、私は顔を顰めた。

 確かに、その可能性はある。

 ノアは気にも留めていない可能性はあるが、両陛下の耳に入れば醜聞の種を野放しにしないだろう。

 高確率で連れ戻される。

「冒険者として世界中を放浪しながら面白可笑しく暮らすつもりだったけど、予定変更よ! レイア市国に亡命して、名実ともに聖女になるわ。教会を掌握して愚兄ノアの即位を邪魔してやる」

(それでは、主殿は色んな場所に行けぬのではないか?)

「教会の実権を握れば、後はどうとでもなるわよ。レア様に頼んで、教会の神官達に神託をして貰うわ。亡命してきた聖女の保護と、聖女の行動の制限はしないこと。この二点を約束させて下さい。レア様、お願いします」

 何卒お願いしますと両手を組んで祈りを捧げると、

(OK~。任せて! 貴女を利用出来ない様にきつーく言い聞かせるからね)

とレアから軽い返事が返ってきた。

 これで、北方神聖教会側は当面大丈夫だろう。

 教会も一枚岩ではないだろうし、ググル先生の指摘通り私がうがった見方をしているだけかもしれない。

 聖女は、他国の式典や祭典で来賓客として呼ばれることもある。

 それを逆手に取れば、色んな場所を移転魔法を使って好きな時に再び訪れることが出来るだろう。

 レイア市国が、私をどう対応するかで後の事を考えよう。

「ググル先生、罪人の刻印を刻んでくれる?」

マスター、亡命に罪人の刻印を刻む必要はありません)

「職業欄に冤罪って表示されているじゃない。同情票は、多く獲得しておいて損は無いと思うのよ。無実の罪で罪人の刻印を刻まれ国を追われた皇女。このキャッチフレーズだけで、大衆には受けるんじゃないかしら? 教会を掌握したら、弟を帝位につかせるよう手を回すのも楽しそうね。愚兄ノアを引きずり降ろして嘲笑うのも一興よ」

 そうすれば皇家の求心力は低下し、ノアを持ち上げていた貴族は、白い目で見られ距離を置かれるだろう。

 長女は嫁ぎ先で肩身の狭い思いをし、妹は愚兄ノアのせいで良家の縁談は期待できない。

 唯一の希望は、側妃が生んだ年の離れた弟が愚兄ノアよりも優秀であるということ。

(罪人の刻印を再度刻んだ上で出国されるという事で間違いありませんか?)

「うん。その解釈で良いよ」

(個体名ジンフィズ・ルイスの刻んだ罪人の刻印の複製コピーを使用します。実行しますか?)

(イエ~ス)

 チリッと右手が痺れる。

 手の甲には、古語で『この者は大罪を犯し追放された者なり』と書かれている。

 小指には、黒い線が二本刻まれていた。

(ググル先生、ルイスが刻んだものより豪華になってない?)

マスターの希望通り、同情票を多く獲得する為に罪人の刻印を改良した。個体名ジンフィス・ルイスの魔力を擬装して刻んでいます。問題ありません)

「流石にバレるのでは?」

(個体名ジョンフィス・ガイアの魔力パターンを解析し、罪人の刻印を構築しています。マスターと魔力パターンが異なる為、擬装した事が公になる事ありません)

 ググル先生のドヤ顔が見える。

 巧妙に擬装してあるなら、余程の事が無い限り見破れないのだろう。

 仮に見破ったとしても、私自身が刻んだとは思うまい。

「食べ終わったら、直ぐに出発するわよ! 目標は、今日中に関所を通って国外に出る。グリちゃんは、私が振り落とされないギリギリの速度で飛んで頂戴。コツは掴んだから、昨日より早くても大丈夫よ。ググル先生は、私達の周囲を多重結界で覆って頂戴」

 空間収納から厚手のコートと手袋を取り出して着込んでいると、

(了。多重結界を展開します。スキル・騎乗を取得済みの為、自動行動オートモードと併用可能になりました。自動行動オートモードに移行しますか?)

とググル先生が言って来た。

自動行動オートモードにすれば飛行時間は短くなる?」

 あの恐怖の空中旅行は、無駄ではなかった!

 成長促進が大活躍しているよ。

(その見解で合っています)

 スキル取得が常人より早いのは、成長促進の恩恵なのだろう。

「じゃあ、自動行動オートモードでお願い」

(了。これより、マスターの身体の主導権は学習型自立AIが代行し自動行動オートモードヘ移行します。個体名グリちゃんに命じます。全速力で西方神聖教会レイア市国の国境沿いまで飛びなさい)

(イエス、マム!)

 有無を言わさない命令に、私は引き攣った。

 グリちゃんも、ググル先生の圧に恐れをなしたのか二つ返事で実行している。

 その日、昼間なのに流れ星を見たと証言する目撃者が何人も現れ、天変地異の前触れではないかとちょっとした騒ぎになっているとは知る由もなかった。

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