改めてご依頼をどうぞ

「その前にわたくしたちも自己紹介をいたしましょう。私はフィアーノの領主の娘ツァイです。先ほどは失礼をいたしましたわ」 


 そういってペコリと頭を下げるツァイ様に続いてタンザも頭を下げる。

 

「私はツァイ様の警護と身の回りのお世話をしているタンザです。名乗りもせず失礼いたしました」

「いえいえ、私も失礼なことを……」


 つられて私も頭を下げてしまった。豪華な応接間で向かい合って頭を下げ合う三人。なんだ? このシュールな光景。と、思ったのは私だけではなかったようで。


「ふふっ、なんだか面白いですわね。こんな風に誰かに頭を下げるなんて初めて。下げられることはいくらでもあるけど、こんな感じなのね」


 いやいや、ツァイ様、あなた十五歳でしょ? 今まで謝ったことが一度もなかったって、一体どんな人生よ?


「良い経験になりましたね」


 ツァイ様の言葉に微笑ましいと言わんばかりの笑顔で答えるタンザ。おい! その反応もおかしいって。まぁ、いいや。ここでそれを掘り下げていたら話が先に進まない。セレスタとジェードも待たせたままだし。


「で、話を戻しますが、今回のご依頼は?」


 タンザがツァイ様をちらりと見る。その視線を無視してツァイ様が口を開いた。


「こちらのカフスリンクスを素材に宝飾合成をお願いしたいんですの。婚約者のコーディ様が大切にされていたものなんですが、次期領主がするには少しシンプル過ぎて」


 黒いトレーに載せられたカフスリンクスは長く使われてきたのだろう。確かに少し古ぼけてきているし、宝石のついていないシンプルなデザインも素敵ではあるけど、領主様の持ち物となると少し華やかさには欠けるかもしれない。

 

「ということはご希望はカフスリンクスですか?」

「えぇ。できれば」

「なるほど」


 その言葉に少し考え込む。カフスリンクスは二つある。でも、できる石が二つとは限らないんだよねぇ。まぁ、ある程度の大きさの石ができれば割って使えるし、サイズが足りなければ台座のデザインでカバーするか。


 なんて考えていたら黙った私に不安になったのか。


「難しいですの? だったら他のアクセサリーでも」


 そう言ってくるツァイ様に慌てて首を横にふる。


「いえ、大丈夫です。石しか造れない分、デザインで融通がきくんで」


 私の言葉にツァイ様がハッとした顔をする。

 

「あっ、さっきはごめんなさい! 失礼なことを」


 そう言って頭を下げるツァイ様を慌てて止める。さっきが初めてだった割に簡単に謝るのね。それはそれで威厳とかの問題になりそうだけど。


「構いませんよ。事実ですし。本当に融通がきくので、いいところでもあるんですよ」


 そうなのだ。本来、宝飾合成でできるのは完成品のアクセサリー。素材の大きさとか、宝飾師の技量とかで、ある程度のコントロールはきくけど、基本的には何ができるかはやってみないとわからない。指輪が欲しかったのにペンダントヘッドができた、なんてザラな話だ。


 でも、私の場合はできるのはルース。依頼主の希望次第で指輪にもペンダントヘッドにもできる。思いが素材だからこそ、つけやすいアイテム、長くつけられるデザインを希望するお客さんも多い。その点では強がりでもなんでもなく、よかったと思っているんだ。


「ところでコーディ様はどんな方なんですか?」

「えっ? なぜ?」

「えっ? なぜって」


 驚いた顔で聞き返すツァイ様にこっちも驚いてしまう。贈る相手のことを聞くのって変?


「持ち主のことがわからないと思いを素材にできないんですの?」

「いや、そんなことは」

「そもそも思いを素材にするってどういうことなんですの? 例えばこのカフスリンクスなら持ち主のコーディ様の思いなのよね? それとも贈ろうとする私の思いだったりしますの?」

「えっ? あの」

「どうなんですの!」


 急に食い気味に質問してくるツァイ様に面食らってしまう。そんな私を見てタンザがツァイ様を止めてくれる。


「ツァイ様、ホタル様が困っていますよ」

「でも」

「ホタル様、こちらのお屋敷にも宝飾師は何人かいるのですが、ツァイ様が手に取るのはできあがったアクセサリーだけなんです」

「あっ、そうなんですか」

「なので、いろいろお聞きしたいんですよ。ね、ツァイ様」

「えっ、えぇ。そうですの。ほら、さっきのこともありますし。よければ宝飾師について教えてくださいな」


 なんだかツァイ様の挙動が怪しげだけど、まぁ興味を持ってくれているのはありがたい。


「宝飾合成でできるのは石だけなので、厳密に誰のどんな思いかまではわからないんです」

「そんな!」

「えっ?」


 大きな声をあげたツァイ様にびっくりする。持ち主の思いじゃないとまずいの? とはいえ。

 

「まぁ、愛用の品の場合はやはり持ち主の方にちなんだ石ができることが多いですよ……って、どうしました?」

「えっ? あっ、いえ、なんでもありませんわ。お気になさらないで」


 いやいや、気になるでしょ。


「あの、何か事情があるなら」

「大丈夫ですわ! こちらで宝飾合成をお願いします!」

「えっ、あっ、はい。じゃあ」


 気にはなるけど、まぁ、宝飾合成してみないことには始まらないか。と、持ってきた鞄から石板を取り出そうとすると。


「えっ? ここでするんですの?」

「工房にご案内しますよ」

「いいえ。差し支えなければこちらで」


 目を丸くするツァイ様とタンザにそう言って石板を取り出す。


「私は思いを素材にする宝飾師です。こめられた思いによっては素材からはイメージしにくい石ができることもあるので、できる限り目の前で宝飾合成させていただいているんです」

「なるほど。ツァイ様、いかがいたします?」

「宝飾合成を見る機会なんてありませんもの。構いませんわ」


 了承も得られたところで石板をローテーブルにセットする。石板にカフスリンクスを置いて。


「では、いきます」


 私はそう言うと大きく深呼吸をした。


 


 


 



 


 


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