古びたカフスリンクス
「ほぅ」
通された部屋でその少女を見た瞬間。それまでの状況を一瞬忘れて思わず感嘆のため息がこぼれた。
透けるような白い肌、ふんわりとウェーブしたライラックピンクの髪は腰に届くくらい長くて、髪と同じ色のきらめく大きな目は零れ落ちそうなほど。ピンクとも紫ともつかない淡く甘い雰囲気を纏った姿はまるで妖精のよう。愛らしい、という言葉がぴったりの少女がそこにいた。
「ツァイ様、宝飾師のホタル様をお連れしました」
「ご苦労。さがりなさい」
少女の言葉に女性が頭を下げて部屋を出て行く。
女性がツァイ様と呼んだところをみるとこの少女がフィアーノの領主様のご息女ツァイ様なんだろう。レナから今年十五歳と聞いていたけど、年齢より少し幼く見える。
「タンザ、あれを」
その言葉に少女の後ろに控えていた長身の女性が無言でうなずいて部屋をでていく。
部屋に残されたのはツァイ様と私の二人っきり。なんだけど。
えっと、あの、この部屋に入ってからずっと私のことを完全に無視なんですが。
通されたのは応接間。豪奢な椅子に悠然と座るツァイ様は私に席を勧める気配もなければ、自己紹介をしてくれる様子もない。というか、挨拶すらない。
う〜ん、これは帰ってもいいのかしら? なんて思っていたら、タンザが黒いトレーを持って部屋に戻ってきた。
無言のままツァイ様にトレーの中身を示すとツァイ様が鷹揚にうなずく。と、タンザがそれをローテーブルに置いた。
「これは?」
黒いトレーの中にあったのは少し古ぼけたカフスリンクス。まぁ、この状況だ。十中八九これを素材に宝飾合成をして欲しいってことなんだろうけど、一応聞いてみる。
「早く宝飾合成なさい」
ですよねぇ。
予想どおりの素っ気なさで投げかけられた言葉に思わずこめかみがピキッとなる。これは怒っていいところよね?
「お断りします」
「なぜ? 宝飾合成で造られたものではないわ。そんなことも言わないとわからないの?」
ツァイ様の見当違いな答えにため息をつく。確かに宝飾合成で造ったアクセサリーは素材にはできない。このカフスリンクスはシンプルなもので宝石の類はついていないから、宝飾合成で造られたものではないと言うのは本当だろう。もちろん素材にもできる。
でも、私が言いたいのはそういうことじゃなくて。
「宝飾合成でできるアクセサリーは一点ものです。同じものはできないし、造り直しもきかない。だから、私たち宝飾師は宝飾合成するときに精一杯の心をこめます」
だからなんだと言いたげなツァイ様。後ろに控えるタンザは能面のような顔で立っていて、その表情からは何を考えているのか全く読み取れない。
レナ、ごめんね。
心の中でレナに謝る。多分、きっと、面倒なことになる。でも。
でも、ここで大人しく言うことをきいて宝飾合成をしてしまったら、私は二度と宝飾師を名乗れなくなる。
「その思いがわからない方に宝飾合成はできません」
「何を言うかと思えばくだらない。石しか造れない半人前のくせに」
愛くるしい外見からは想像のつかない冷たい言葉に両手をグッと握りしめる。
『うちのアクセサリーとしてだすんだ。わかっているだろうね?』
ここにいないマダムの声とあのニヤリと笑う顔が思い浮かぶ。
わかってる。ここで引いたらマダムの弟子じゃない!
「確かに私は石しか造れない半人前です。でも、宝飾師の心意気まで半人前になった覚えはない!」
大きな声を出されたことなんて今までなかったのかもしれない。私の声にツァイ様の肩がビクッと跳ねる。私は握りしめた両手に更に力をこめてツァイ様を睨みつける。悪いけどここまできたら絶対に引けない。
どのくらい時間が過ぎたんだろう。すごく長く感じたけど、たぶん大した時間ではなかったんだと思う。
ライラックピンクの目が微かに揺れた後。
「……かったわ」
私から目を逸らすとツァイ様が何かを呟いた。
「えっ?」
その声はあまりに微かで思わず聞き返してしまった。と、ツァイ様がキッと私を睨んで口を開いた。
「悪かったって言ったのよ! アクセサリーなんて山ほどあるし、そんな失礼なこと言ったつもり」
「アクセサリー、なんて、だって?」
思わず低い声がでてしまった私にツァイ様がまたビクッとする。
「だ、だから、悪かったって! 別にバカにしたいわけじゃないの! 大切な人へのプレゼントなのよ! わかってよぉ〜」
そう言って情けない顔をするツァイ様の意外な姿にフッと全身に込めていた力が抜ける。
「ホタル様、主の失礼を許して欲しい。ツァイ様に悪気はないんだ」
今まで後ろに控えているだけで何も言わなかったタンザがそう言って頭を下げる。その姿にツァイ様も慌ててペコリと頭を下げた。
なんだ。そんなに悪い子ではなさそうじゃん。そう思ったら完全に気が抜けて、なんだかどっと疲れてしまった。とりあえず。
「あの、座ってもいいですか? さすがに立ちっぱなしで疲れたんだけど。話はそれからってことで」
「もちろん! タンザ、ホタルさんにお茶を」
「はい」
ツァイ様の向かいのソファに座る。さすが領主様のお屋敷。ふかふかだわ。なんて思っている間に用意してくれたお茶を飲んでホッと一息。さぁて。
「ではツァイ様、改めまして宝飾師のホタルです。ご依頼内容をうかがいましょう」
そう言うと私はライラックピンクの目を真っすぐ見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます