ラリマーの髪飾り

「いかがでしょうか?」


 二週間後。先日の男性にラリマーの髪飾りを差し出す。


「この模様は?」

「レモンの花と葉です」

「レモン、ですか」


 銀色の台座の部分を指さした男性に答える。と男性が髪飾りを見つめたまま黙り込んでしまった。

 

「お嫌いでしたか?」


 ラリマーの柔らかな水色にレモンの爽やかさがぴったりだと思ったんだけど。それに。


「いえ」


 恐る恐るたずねた私に男性は首を横に振る。でも、その目は髪飾りを見つめたままだ。余計なことをしてしまったかと不安になっていると。


「確かレモンの花言葉って」


 男性がポツリを呟く。

 

「えぇ」


 うなずくと男性が顔を上げて私を見つめる。やっぱり作り直しましょうか、と言いかけた私より先に男性が口を開く。


「ありがとうございます。頑張ります!」

 

 きっぱりとした男性の言葉にホッと胸を撫で下ろす。どうやら私の勘違いではなかったらしい。

 

 レモンの花言葉は誠実な愛。


 男性がリボンを持ってきたとき、幼馴染の女性に贈るのと言っていた。そして、そのリボンはお菓子作りが得意な彼女の初めて作ってくれたクッキーの包装に使われていたものだと。


 そして宝飾合成してみればできた石はラリマー。これはもう間違いないでしょう。


 ラリマーは優しく包み込む石。二人の思いがそうなら必要なのはきっかけだけ。


 少しでも背中を押せたらと選んだ模様がレモンだった。二人がレモンの意味に気が付かない可能性もあったのだけど、伝わったみたいでよかった。


 男性はきれいに包装した髪飾りを大切そうに持って店を後にしていった。


「うまくいったようだね」

「はい」


 店奥でやりとりを聞いていたのだろう。マダムの言葉に男性を見送りながらうなずく。


「途中で余計なことをしたかと冷や汗をかきました」

「大丈夫だろうよ。あの二人は両親が仲良くてね。それこそ物心がつく前からの付き合いなんだ。いつになったらくっつくのやらって周りが苛々していたくらいだからね」

「そうでしたか」


 マダムの言葉に安心する。だったらきっと大丈夫だろう。


「さて、昼ごはんにしようかね」

「はい」


 今日の昼ごはんはモルガとゴシェさんのパン屋の特製サンドイッチ。外はカリッ、中はフワッのバゲットに甘辛の鶏の照り焼きとシャキシャキのレタス。そして、デザートはノームさんからお裾分けしてもらった旬の桃。


 モルガとゴシェさんは私が日本人だと知っている数少ない人だ。日本食に興味深々で照り焼きもその一つ。なかなかに好評なんだよ。


 そしてノームさん。私がいるタキの町の領主様の庭の番人なんだけど、まさかの森の精霊なのだ。身長三十センチメートルくらい、緑の帽子に白い髭の可愛らしいおじいちゃん。


 マダムの宝飾合成の素材が植物だし私も植物モチーフの作品が多いから、ノームさんには何かとお世話になっている。


 ここで一つ豆知識。私がいるこの世界には花屋がない。


 この世界では植物はノームさんのような森の精霊に仲立ちしてもらって分けてもらうものなのだ。もちろん野菜とか食べるものは生きていくのに必要だから八百屋で買える。いちいちノームさんにお願いしていたらパンクしちゃうからね。


 でも、宝飾合成に使う花とかは一輪ずつ理由を言って分けてもらうのだ。そんな訳で花束はこの世界には存在しない。始めは私もそれを知らずに勝手に花を摘もうとしてえらい怒られました。


 ちなみにノームさんも私が日本人だと知っている。後はマダムとマダムの甥っ子のセレスタ、同僚のジェード、道具屋のリシア君、石板職人のパパラ。あっ、レナとランも知ってるか。


 えっ? 意外と多いって? 異世界に飛ばされた当初はいろいろあったのよ。とはいえ、みんな信頼できる人たちばかりだし、今はきちんと隠している。バレていいことはなさそうだからね。


「はぁ〜、それにしてもノームさんの目は確かですねぇ」


 口にいれた瞬間とろける桃の甘さに思わずため息をつく。桃って食べ頃の判断が難しいじゃん。迂闊に触ると傷んじゃうし、早いと硬いし。その点、さすがは森の精霊。ノームさんが分けてくれる果物はいつでも食べ頃どんぴしゃなのだ。


「何が、それにしても、なのかはわからないが確かにおいしいね」


 マダムもまんざらではない顔で桃を口に運んでいる。と。


「ホタルさ〜ん、いる〜?」

「うぐっ!」


 外の通りから聞こえてきた声に口の中の桃が変な所に入る。


「なんだい。人がゆっくり食事をしてるっていうのに騒がしいね」


 マダムが眉間に皺を寄せる。


「はいはい。どうしたの〜?」


 桃を飲み込んで窓から外をのぞくと、そこにいたのは予想どおりの二人組。セレスタとジェードだった。


 銀髪の方がマダムの甥っ子のセレスタ。その隣でムスッとしている金髪の青年がジェードだ。二人とも領主様の警備隊。どうやら若手の中でもなかなかに優秀らしいけど、ちょこちょこ仕事をさぼっては店でごはんを食べたりしている。


「とりあえずあがってくれば〜?」


 声をかけると二人がうなずいてこちらに歩いてくるのが見えた。

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