見習いの宝飾師。魔力ゼロだけど異世界でアクセサリー作ってます。
蜜蜂
魔力ゼロでもなんとかなるものです
「では、お預かりします」
緊張した面持ちの男性から古びたリボンを受け取ると、透明な石板の上に載せる。
深呼吸をしてからリボンにそっと手をかざす。リボンの周りが淡く輝きだし、次第に白い光が全体を覆い隠す。息をつめて見つめること十数秒。やがて光が収まると目の前に座った男性が驚きの声を上げる。
「これはすごい」
石板の上にはリボンの代わりに柔らかな水色の石が一つ。穏やかな海を思わせる模様の入ったそれは楕円形のラリマー。
「お気に召されましたか?」
「はい。優しい色ですね。彼女もきっと喜びます」
「では最初にお話ししたとおり二週間ほどで完成になります。ご都合の良いときにいらしてください」
「よろしくお願いします」
男性を見送って店に戻ると長身の女性が石板の上のラリマーを見つめていた。輝く銀髪をすっきりとまとめ上げたその女性の耳には大振りのオパールのイヤリング。彼女は通称マダム。この店の女主人であり、私の宝飾の師匠だ。ちなみにそこそこの年齢のはずだけど、マダムの前で年齢の話はご法度だ。
「ホタル、いい石ができたじゃないか」
「はい。またルースですけど」
マダムの言葉に苦笑いで答える。ここでいくつか説明を。
私が今いるこの世界では、全てのアクセサリーは宝飾合成によって作られる。宝飾合成というのは……う~ん。百聞は一見にしかずだよね。
「マダム、宝飾合成を見せてくれませんか?」
「なんだい藪から棒に?」
「まぁ、いいからいいから」
怪訝そうな顔をするマダムの背中を押して店の二階の作業場にあがる。作業場の壁には棚一面にガラス瓶が並び、様々な花や木の実、葉っぱが保管されている。
驚くことなかれ。このガラス瓶、ただのガラス瓶ではない。保存瓶と呼ばれるそれの中で植物が新鮮なまま浮いている。すごいでしょ? ファンタジーでしょ?
「さっきから一人で何をぶつぶつ言っているんだい?」
「何でもないです! あっ、これ、このキキョウでお願いします」
濃い紫色のキキョウの花の入った保存瓶を差し出すとマダムは怪訝そうな顔をしたまま保存瓶から花を取り出す。そして、それを作業台の上の緑色の石板の上に置くと両手をかざす。
するとさっきのリボンと同じようにキキョウが白い光に覆われ、その光が収まると……
作業台に濃い紫色の石のついた指輪が現れた。マダムに許可をもらって手に取って見てみる。石はおそらくチャロアイト。濃い紫色の中に薄っすらと白いマーブル模様が入ったそれがキキョウの花を模した金の台座に収まっている。マダムお得意の繊細なデザインに感嘆のため息をつく。
この、花からアクセサリーを作りだす、の一連の流れが宝飾合成で、宝飾合成をできるのが宝飾師ってわけ。ちなみに素材は人それぞれ。マダムは植物全般だけど、鳥の羽根って人もいる。
あっ、誤解しないで欲しいんだけど、宝飾師は特殊能力ではないから。この世界では一般的な職業で、それこそ大工さんとかパン屋さんとかと一緒で修行してなるものなんだ。
さぁ、ここまできたらお気づきでしょう。ここはいわゆる異世界ってやつ。そして、私、ホタルは縁あってこの世界に迷いこみ、更に色々あってマダムの元で宝飾師の修行をしている。
とはいえ、私は日本で暮らしていたごく普通の会社員。この世界の人たちが当たり前のように持っている魔力なんて持っているわけもなく、本来なら修行しても宝飾合成なんてできるはずもなかった。
それが町一番の道具屋リシア君のアイディアと王国一の腕前の石板職人パパラのお陰で宝飾合成ができるようになったのが、今から二年前のこと。これで一人前の宝飾師の仲間入りだ! と喜んでいたのだけど。
「なんで私が作るとルースなんですかね」
マダムの作った指輪とさっき私が宝飾合成したラリマーのルースを見比べてため息をつく。
本来、宝飾合成は素材からアクセサリーを作るもの。でも、その意味で私が宝飾合成に成功したのは今のところわずか三回だけ。あとは何度やってもルース、つまりアクセサリーではなく裸石しかできないのだ。
私が素材にするのは思い出の品。宝飾師として一般的な素材ではないけど、ゼロという訳ではない。そして、同じように思い出の品を素材にする他の宝飾師はもちろんきちんとアクセサリーを合成する。ルースしか作れない宝飾師なんて聞いたことがない。
それが、私が日本人だからなのか。単に私の修行が足りないからなのかはわからない。幸い元の世界で彫金を勉強していたから、今のところルースは宝飾合成で作って、後は彫金でアクセサリーに仕上げる形でなんとかやっている。
「さぁね。それよりこの石はどうするんだい?」
「結構大きさのある石ができたんで髪飾りにしようかと。普段使いできるアクセサリーがいいってご要望だったので」
「いいんじゃないか。じゃあ、しばらくはまたキツツキの日々だね」
「ご迷惑をお掛けします」
マダムの言葉に頭を下げる。この世界ではアクセサリーは宝飾合成で一発だから私のように地道に作るなんてことは誰もしない。初めて彫金をする私をみたマダムがキツツキのようだと言って以来、注文が入るとマダムはキツツキだと言うのだ。
「構やしないよ。それより」
「わかってます。うちのアクセサリーとしてだすんだ。わかっているだろうね? ですよね?」
「わかってりゃいいんだ。頑張りな」
そう言って作業場を出て行くマダムを見送ると店番に戻った。
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