飛行

風晴りんご

クリスマス

 十二月二十日。クリスマスまであと五日。ああ、どうしよう。どうして上手くいかないんだ……

 近田が頭を悩ませているのは、五日後に迫った『クリスマス special super DX実験教室』で行う実験の内容についてだった。中学生向けのイベントとして化学科が企画したものである。企画した段階ではなかなかに楽しそうだと盛り上がり、行う実験もすぐに決定した。センス皆無という汚名を着せられている化学科が、クリスマスらしい、かなり気の利いた企画を立てたと、職員室で一時期話題にもなっていた。しかし、その幸福感は試行を始めてすぐに打ち壊された。塩化ナトリウム――いわゆる食塩の飽和水溶液に塩化水素を吹き込むことによって共通イオン効果で食塩の沈殿生成反応を促進させ、スノードームのようにビーカーの中で雪を降らせようというものであったが、なぜか上手くいかない。さっきでこの実験も十回目だ。三度目の正直なんて優に超えている。初めはみんなで行っていた実験も、これだけ失敗が続けば士気も下がる。ひとり、ふたりと予定があると言って抜けていき、気づけばひとりきりになっていた。

「次こそは。」

虚空に向かって呟きながら実験道具を再び手に取る。何回も繰り返してきたその操作をもう一度、確認しながら行う。

 シュワっと今までになかった音がして、気体が発生する。成功したか?そう思うが、よく考えてみれば発生するのは気体ではなく固体のはずだ。じゃあ、これって……そう思ったところで近田は意識を手放した。


 次に気づいたときには最後に時計を確認してから既に二時間が経過していた。一時間はこうして気を失っていたかもしれない。視界がぼやけてけだるい感じがする。長い間硬い床で眠っていたせいだろうか、体がふわふわと浮いているような感覚があった。あのときどんな物質が発生して何を吸い込んだのかは分からないが、病院にかかっておいた方がいいだろう。そう思って立ち上がろうと手を床につくと、思った高さに床がなかった。違和感を感じて下を見ると、体が浮いている……?台などの支えるものも全くないにも関わらずまるでマジックかのように宙に浮いていた。これは病院に行く方が危険かもしれない。パニックになりそうな心を抑えて冷静に考える。そうだ、幸いなことにこういうとき頼れそうな人がひとり、いた。

 対処法を決めた後でしばらく様々な姿勢を試して見たが、どうやら横になって、寝転がったような姿勢になると自然に浮いてしまうということが分かった。自分の意志で飛ぶことはできない。高さは地面から1メートル。直立の姿勢になると自然に着陸する。地面に足をつけて歩けるということにひとまず安心した。これなら普通に生活はできそうである。

 さて、今日はもう遅い。相談は明日にして今日は家に帰ろう。後片付けを済ませて、近田は静まりかえった学校を後にした。信じられない状況に置かれた近田をあざ笑うかのように空はいつも通りの星空だった。

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