序章―①

 転職活動とは、不可能の同義語ではないか―――遠山はスマートフォンに映る企業から送られてきた今後の活躍を祈っているという定型文を眺めながらそう思った。


 これでもう15通目のお祈りメールだ。数々の企業からここまで活躍を祈られるほどの人材がここにいるというのになぜ誰も見つけてくれないのだろうか。祈られるばかりで活躍できる場を誰も提供してくれない。


 ふう、とため息をつき、遠山は立ち上がる。こんな日は帰りにケーキでも買って帰るのがいい。どこのコンビニのスイーツがいいかをシミュレートしながら、遠山は男子トイレから出て、自分のデスクへ戻る。

 鳴り止まない着信音、上司の怒号、同僚のキーボードを叩く音が耳を刺す。時刻は20時45分、とっくに定時は過ぎている。遠山はまた重いため息をついた。




 終電に乗りながら、遠山はぼんやりとこれからのことを考えていた。このままでは会社に殺されてしまう。

 特別やりたいことでもない業種を毎日毎日終電間際までサービス残業。理不尽にキレる上司やアナログな業務体系。始業は7時からで掃除と無意味な朝礼を欠かさない。募集要項にあった9時~18時の勤務時間とは大幅にズレている。休日は月に5日あればいい方で、50人以上いた同期は3人まで減った。


 特にやりたいこともなく、何となくで新卒のきっぷを切ってしまったことを猛烈に後悔している。いや、そのままなあなあで27歳になるまで転職活動を先延ばしにしたことも今思えば愚行であった。転職活動をする暇が無かったと言えばそれまでだが。


 一念発起して転職活動を始めたのも束の間、こんなにも転職活動が厳しいものだとは思わなかった。


 今いる業種が特殊で同業他社でもない限り何の経験も活かせないことに加え、27歳という年齢は第二新卒というには若くなかった。適当に毎日送られてくる転職サイトからの適当な求人メールに応募しては落ちるの繰り返し。未だに面接までこぎつけていない状況である。


 降車駅のアナウンスが鳴り、遠山はどんよりとした闇から抜け出した。駅を出て、いつもとは違う道を歩く。幾千のシミュレートの結果、帰り道から少し外れたコンビニの期間限定マロンケーキを買うことにした。今日は帰って食事をして風呂に入り寝るだけだが、せめてもの日常への反逆として、寄り道してでもスイーツに辿り着くのだ。


 駅構内で買った発泡酒を一気に飲みながら帰路につく。家で飲むとそのまま寝てしまうからだ。明日も休日出勤が待っている。


 いつもとは違う帰り道。ふと、遠山は電柱に目を奪われた。ちかちかと、街灯が照らす先に、1枚のチラシが貼ってあった。



「人員募集!社会貢献のお仕事です。経歴年齢不問!詳しくはこちらまでxxxx.yyyy@~~~または0*0-****-xxxx」



 どうやら求人チラシのようだった。写真や絵は一切なく、なぜか虹色のポップ体でデカデカと書かれている。業務内容は「社会貢献」のみとは何とも思い切ったものだ。


「怪しい勧誘チラシ」というお題の例として出されるレベルの怪しさだ。いったい誰がこんな所に応募するというのか。普段からブラック企業に勤めていて正常な判断力を失いでもしない限り誰も応募しないだろう。更に酒に酔っていれば尚更だ。


 ……なんということか。ここに条件が揃った成人男性がいるではないか。

 遠山は面白可笑しくなった勢いでメールアドレスを手打ちした。エントリーシートのコピペはお手の物だ。遠山は躊躇いもなく送信ボタンを押した。

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