りく女”s恋愛
歩行
ダブルロケットスタート
「いちに、いちに」
「ふっ、ふっ」
まだ薄暗く、夏休みでも比較的涼しい早朝。
そんな時間の街道で、私は己の愛する方と二人きりで地を駆けております。
いえ、少し大げさに話しました。
私と彼女以外にも見渡せば数名走っている方はおられますし。
走る速さも軽いランニング程度のもの。
だとしても己が好意を寄せている方の隣で行動を共にできるなんて。
既に数度、共に駆けております、ですが。
慣れなど来ず、胸の奥が跳ねるこの感覚は、運動だけが原因ではないでしょう。
「
「大丈夫です、
「そうか」
このように私を気にかけていただける上。
事あるごとに私の名前すら呼んでいただけるのです。
私の〈好き〉は液体酸素並みに膨張してしまいます。
彼女を好きになったのは一年の頃。
同じクラスで窓際に座った彼女が美しく、そして凛々しく想ったのです。
これが私の初恋。
私はいわゆるレズビアンなのでしょう。
そして自分の本心をひた隠しにしてきました。
隠したままで友人となり。
二年の今では同じ部活になるため、陸上部へ入りました。
自分の想いにうそぶきながら、彼女の隣に居座り続けているのです。
「ふうっ、ふうっ」
「いちに、いちに」
確か彼女は道場の娘だとか、兄弟が五人以上いるだとか。
そんな噂を耳にしたことがあります。
本人にお聞きしたことはないのですが。
すらっと伸びた手足、白過ぎず黒過ぎもしない運動により焼けた健康的な色の肌。
決意を秘めたような黒い瞳。
そんな方が型を習い、扱う姿など美しいことこの上ないでしょう。
けれども彼女に告白することはできません。
もし歩香さんが男性ならいざ知らず。
女性であるのだから、告白するとこれからの関係がギスギスしてしまうでしょう。
これほどまでに惹かれているとしても。
人事尽くして天命を待つ、という言葉が私は気に入っておりますが。
全てが人事で構成されていると、尽くそうにも身が引けてしまうのです。
破綻するぐらいなら、現状維持の方がきっとマシだと信じて。
「ふう…、ふう…」
「…」
あれ、彼女が突然、立ち止まられました。
「…詩琳、疲れただろ、休憩にするぞ」
「い、いえ…、まだ…」
共にする時間が減るなんて耐えられないのです。
「追い込み過ぎると身体を壊す、そうすると一緒に走れなくなる、俺は嫌だぞ」
…彼女は私と足並みを揃えていただいております。
私が疲れすぎないよう加減して。
気を使われていることへの申し訳なさもありますが。
それ以上に私へ心を寄せていただくことが嬉しく思うのです。
「は、はい、わかりました」
「よし」
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近くにあった公園のベンチに座り、水筒の水を飲んでおります。
彼女は隣に座られ、同じようにボトルから水を飲まれています。
水分を飲み込む彼女の肌には、透明な球が流れ落ちております。
息切れ一つしていない上、涼しい早朝であるのに顔を赤くし汗をかかれています。
体温が高いのでしょうか。
「少し、話をしてもいいか」
「はい」
なんでしょう。
「ありがとう」
少しだけ上をぼんやりと見つめておられます。
「俺は…生まれた頃から、男どもに囲まれて過ごしてきた」
そうなのですね、だから口調が少し男性的なのでしょうか。
ですが…前は私と言っていたような…。
「空手の道場に生まれてな、父さんが師範で弟子は男ばっかり、近場にいた女性は母さんくらいしかいなかった」
あ、道場の娘っていう噂は本当だったのですね。
「だからかはわかんねーけど、あいつらの近くにいても違和感がないんだ、そして女どもといるとなんかおかしい、ここにいたらいけないって言われてるような気がする」
「私には…違和感を持っているのですか」
むしろ近くにいてほしいのですが。
「まあ、アンタは別の違和感だよ、…恥ずかしいからまだ言わないけどな」
うれしいような微妙なような。
嫌がられてはいない様子なので安心しておきましょう。
「高校生になるまで男も女も好きなやつはいなかった、男にそんな感情は湧かねーし、女はわからないから怖い」
高校生になるまでということは今は好きな人がいるのですか。
私であったらいいなとは思いますが。
それほど豪胆であれば想い人に一年間告白しないわけがないのです。
「でもな、入学してすぐに話しかけてきたやつがいたんだよ」
…私…ですか?
「女のグループには入れないし、男のグループに入ると変な目で見られるのはわかっていた。そんなどっちつかずな俺にだ」
そ、そうだったのですか…。
私としては二人きりになれますから、都合がよかったのですが。
「始めはからかわれていると思ってた、なのに数か月経ってもずっと同じように話しかけてきて」
その節はご迷惑をおかけしました。
「果てには友達になろうだとか、陸上部に入ってきただとかで気になっていた」
ふぇ?
「だから男として振る舞おうと思ったんだ、気に入られるように。女らしく振る舞うよりもそっちの方が違和感がなくてしっくり来たのもあったな」
…あっ、あっ。
「全部詩琳、アンタが好きだからだ」
「ふぇ…?」
「へ、返事はしなくていい、じゃあな!」
顔、を赤くして、走り出して…しまいました。
これは…追いかけなければ。
追いついて、私からも。
「ま、待って下さい!」
追いつけないかもしれませんが。
絶対に今告白しなければ。
そこそこ離れていますが、まだ見える距離感です。
「待って、止まって下さい!!」
…歩香さんの足が遅くなって。
…止まりました。
追いつけそうです!
「な、なんで」
「捕まえ…ふぅ、ました」
やっと、やっとです。
怖くて告白できませんでしたが、先に言っていただけたから。
「歩香さん、大好きです、私と付き合って下さい!」
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