宇宙へと向かう者

紅の熊

第1話

およそ数百年前のある日、突然にして空は厚い雲に覆われた。その雲は太陽の光さえ遮ってしまい世界をどん底の闇へと突き落とした。だが、数十年後、世界に太陽が現れた。厚い厚い雲の下に作られたその人工的な太陽は人々にもう一度太陽の温もりを思い出させた。それにより世界は永遠に曇ることとなったのだ。


そして現在⋯⋯

「いっけぇーーーーーーーーーー!」

鳥は飛ぶ。崖から海へと空高く空を切る。鳥の羽は風に靡き、不安定な空へと飛び立つ。羽を上下に動かし高度を上げ、羽を伸ばし滑空する。この瞬間鳥は誰よりも自由になる。


「どぅお、おわわわわっ!」

海の上に吹いた強烈な突風によって鳥は飛行性能を著しく落とす。右へ左へと体を制御出来なくなった鳥は羽を壊し海へと落ちていく。羽は宙を舞いゆらゆらと海に落ちていく。そしてその体は羽とは対照的に隕石のように海へと落ちた。



「ばふん!ぶるぶるぶる」

髪にまとわりついた水を頭を振ることで水しぶきを飛ばす。

「あーだめか、また失敗だぁー」

体を海にうかべ空を仰ぐ。空と言っても厚い雲に覆われた灰色でどんよりするようなものだ。俺はこんな空しか見たことがない。だからこそ⋯⋯

「おーいそこにいんのは空か?お前、また自作鳥人間で飛んだのか、懲りんやつめ」

すると遠くから聞きなれた声が聞こえてきた。きっと船のおじさんだろう。あの人はよくここら辺の海で漁をしている。だからこそ俺は崖から飛べるんだ。

「あ!船のおじさん!」

「俺の名前はフネだ!それに俺はまだ38だ!おじさんではない!」

「あははっ!」

「たくっ、ちょっと待ってろ、そっちにロープ投げてやるから」

俺はバシャと海面に浮いたロープをつかみ、フナミトさんに引っ張られて船の上に転がる。


「あはっ!ありがとうフネさん!」

「たくっ、どうして空なんかに固執するんだ、あんなとこにはなんもないぞ」

「ある!空には星がある!本当の太陽がある!あんな薄暗い太陽なんかじゃない直視なんかできない綺麗な太陽がきっとある!それに空の国だって!」

「ふぅーそうかい、なら頑張んな」

「うん!」

フネさんの気の抜けた声に歯切れの良い声で答える。

俺はいつもフネさんに助けてもらう代わりに漁の手伝いをしている。今日は事前にまいていた魚を捕らえるようの網を引き上げる役目を承った。


「フネさーん網全部引き上げたよ!」

船頭にいるフネさんに聞こえるように大きな声を出す。

「収穫は!?」

「ぜんぜんっだめ!ほぼ取れてなかったよ!」

「かー!今日もか最近調子が悪いな」

「最近あんまり取れないねー」

「まぁ取れないもんはしゃーねー、今日は帰るか日も暮れそうだ」

「分かった!じゃあ帆を張ってくるね!」

「おう任せたぜ!」

船体を走り帆を張るための木の支柱のとっかかりを掴みながらてっぺんまで登る。

そして登った後、止めていた帆を下ろし船は出航した。

「んー、いい風だ、ここに本当の空があればなぁ」

見上げても曇天の空が続くだけ、気分が乗り切らない。

「はー、本当の空はどんなのなんだろうな」


空はある日を境に一向に晴れきらない。そんな生活が長く続いたからか人は空に興味をあまり示さなくなった。人工の太陽はあるし定期的雨も降る。何も不自由なことは無い、だけど本当にそれでいいんだろうか、俺は空にはもっと大きな何かがあるような気がしてならないんだ。だから空を知らずに死ぬのだけは絶対に嫌だ。


「明日で俺は15歳、そうすれば俺も冒険者になれるのかな」

冒険者それは空を目指す者の象徴、ある試験に合格することで冒険者になることができる。そして冒険者にだけ許される空への侵入権、俺はそれが欲しい。それに試験は丁度明日ある。

「んー楽しみだーーーーーーーー!」

「何が楽しみなんだー?」

「うーん、内緒!」

「なんだそれ」

フネさんは呆れたように軽く笑ってから舵を切った。


「着いたー!!!」

「ふー、よく頑張ってくれたな、ほれこれやるよ」

「おっ」

フネさんから投げられたのは5000ネル程の硬貨の塊が入った袋だった。

「え、こんなにくれるの?」

「あぁ、明日冒険者試験受けに行くんだろ?それは餞別だ、頑張ってこいよ」

「っ⋯⋯うん!」

俺の頭に置かれたフネさんの手はとても大きくて、それでいてとても暖かった。




「ふんふんふーん」

整備されていない原っぱをスキップしながら進む。ふっふっふっ、5000ネルもあれば飯屋さんに五回は行けるぞー!

「ん?なんだあれ」

ウキウキ気分でいると空から偽の太陽のものでは無い、もっと眩しくて白くて美しい線が雲の隙間から降りていた。


「あはっ空からの光だ!」

好奇心が抑えきれなかった。初めてだ、本当の空からの光を見るなんて!

「はっはっはっはっはっ」

息切れなど気にせず脇目も振らずに走り続ける。あの光の場所にきっと、きっと空に関する何かがあるはず!

すると突然ドォォォォンッ!と激しい音がした。その音は光が指す方向から聞こえた気がした。

「今の音は⋯⋯ってまずっ」

空の光がどんどんと細くなっていく。また元の雲の状態になっていく。


「はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯穴?」

光は完全に無くなってしまったが、おそらく先程まで光が指していた所には人型の穴があった。

「⋯⋯誰かいますかーーー」

⋯⋯返事はない。んーーー

「よし!飛び込んで見るか!」

軽くジャンプして底が見えない穴に飛び込む。

「げふぁぁぁぁぁっ」

「わっ、意外と浅かった」

「意外と浅かったじゃねぇ!普通こんな穴に飛び込むか!?」

「うわ誰」

「こっちのセリフじゃボケェ!」

案外浅かった穴の下にはなんかうるさいおじさんがいた。おじさんは腕、腹、足、他にも様々な場所から血を流しており、重傷なのは火を見るよりも明らかだった。


「えー大丈夫ですか?」

「見て分かんねーか?」

「もしかして重傷?」

「もしかしなくても重傷だよ!がはっ」

また血しぶきを出した、汚ね。


「というかお前さんそこどいてくれないか?俺の腹の上なんだわ、俺ちょー辛いんだわ」

「うーんそうは言っても、ここ綺麗にあなたの形に空いてるから避ける場所ないよ?」

「じゃあせめて俺にかかる体重をもうちょっと軽くする努力をしてくれ」

言われたので、背中を片方の石壁に足を反対側の石壁にかけ、自分の体を浮かせるように体を動かす。


「これでいい?」

「おうありがとな」

そうは言うもののおじさんは今にも死にそうだった。息は荒々しく血が止まろうとしていない。白色のレザーに血が染みていっている。

「ねぇ、おじさん」

「俺の名前はクワイエットだ」

「じゃあクワイエット、クワイエットは空から落ちてきたの?」

純粋な疑問だった。


「あぁそうだぜすげーだろ」

「!ほんと!空には何があるの!?空ってどんな色しているの?星って本当にあるの!?」

「げふぁっ」

「あっごめん腹に乗っちゃった」

けど周りが見えなくなるほど俺は知りたかったんだ。空について⋯⋯


「なんだお前空に興味があんのか」

「うん!だって俺は本当空を見たことが無いから!本当の太陽の光を見たことが無い!それに星も見てみたいんだ!」

「かっかっかっそうかそうか、なら尚のこと教えられねぇ」

「どうして!」

クワイエットは痛みで眉を潜めながらも笑みを浮かべた。

「だってそれは冒険じゃねぇだろ?お前も空に夢を求めるのなら自分で見てくるといい、あの場所を、そして空にあるものを」

「⋯⋯」

クワイエットの言葉は俺の心にひどく響いた。

「がはっ」

クワイエットの血が俺の頬につく。俺はそれを拭いクワイエットではなく空を見る。空にあるのはどこまでも暗い雲、だけどその先には⋯⋯


「冒険がある」

今の俺の顔を見ることはできないけれど、きっと好奇心に満ちた笑顔なのだろう。俺は何となくそう感じた。

「かっかっかっ、なぁおいお前の名前なんて言うんだ?」

「空、ただの空」

「そうか、なら空よ、冒険者になって上に行き宇宙そらを見てくるといい⋯⋯それは俺にはできなかったことだから」

俺の心が空でいっばいだったためか最後のクワイエットの言葉はよく聞こえなかった。


「なぁ空」

「ん、なに?」

クワイエットの声が最初に会った時より弱くなっている気がする。もうその時が近いのだろう⋯⋯。

「これを⋯⋯」

「これは?」

クワイエットが顔をしかめながら腕を動かし俺の胸の前に一枚の紙を置いた。


「これは俺の唯一の宝物だ、はァ、一つだけ先輩からアドバイスだ、この紙を集めろ、そうすればきっと⋯⋯いやこの先は言わんさこの先はお前が冒険をしていく上で知っていくといい⋯⋯はァ、⋯⋯じゃあな空、お前は宇宙そらに行けよ」

「ちょっクワイ⋯⋯」

俺が呼び止めようとしても既に遅かった。クワイエットの目からは光が消えていたのだ。だけどクワイエットの顔はどこか晴れやかだった。俺はクワイエットの目を閉ざしてから受け取った紙を口で咥えて岩壁をはい上った。


穴から抜け出しても雲は空一面にかかっていたけど俺の心はとてもわくわくしていた。

「この紙ってなんなんだろう?」

その紙を地面の原っぱに置き開くとその紙には船の絵が描かれていた。しかもなんか左上だけの不完全のものだ。


「えー、なにこれ」

こんなのがクワイエットが大事そうに持ってたものだから期待したんだけど、まさかの船の設計図、しかもこんな部分的なものしかないなんて⋯⋯ちょっと残念だ。

「ん?これ裏がある」

紙をめくって裏を見るとそこに書かれていたのは

”冒険をしろ若人よ、失敗し泣きわめきながら仲間と一緒に空を目指せ、さすれば船は宇宙そらへと導くだろう”


鳥肌が立った。

「そっか、冒険か⋯⋯⋯⋯」

これは俺が宇宙そらに行くまでの物語。そして世界の真実を知っていく物語だ。


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