第109話 センス、撰す、宣す
クルシュ暦367年7月中旬――。
日差しはかなり強くなり、さすがに暑くなってきた。
大学の構内を歩く学生たちの衣装は、明らかに肌の露出が増えてきている。
しかしながら、このメストリルでは、少しばかり困ったことが起きている。あくまでも、キール個人的に、という事だが。
「どうですか、このスカート。ひらひらしててかわいいでしょ? ねえ、キールさん」
アステリッドがキールの前でくるりと回転して見せる。
ふわりとその
「あ、ああ、でもちょっとなんというか、子供っぽく、ない、かな?」
キールは出来る限り言葉を選んで答える。さすがに、太ももの大部分が見えてしまうどころか、それより上まで見えそうなぐらいともなると、見のやり場に困るというものだ。
「え~? かわいいならいいじゃないですか? キールさんは流行ってモノがわかっていませんね。かわいいは正義ですよ?」
アステリッドはもう一度くるりと回る。さっきよりも回転の速度が速かったため、さらに上まで――。
「――っと。やば、これ、気を付けないと、下着が、あ! キールさん、見ましたね?」
「え? 見てない見てない!」
アステリッドは意地悪くキールに詰め寄る。さすがに見えてはいないだろうとわかってはいるが、こういうキールの反応がなかなかに快感である。
「リディー! もう、はしたないわよ? それでも貴族の端くれですか!?」
「ふふふ、まあ、可愛いというのはいいんじゃないですか? 僕もリディーのいう事は正しいと思いますよ?」
丸テーブルを囲んで座っている3人のうち、キールの右側に並んで座っていた二人が横槍を入れる。
キールの隣がミリア、その向こう、つまりキールの正面にクリストファーが座っている。
「ったくもう、なんでこんなファッションが
と、頭を抱えるそぶりを見せるミリアである。
「とかいいつつ、ミリアさんだって、結構意識してるじゃないですかぁ?」
と、アステリッドがミリアに投げかけた。
「わ、私のはそんなに広がらないから――」
たしかに、ミリアのスカートもアステリッドほどではないが、結構な短さだ。ただ生地とデザインは「硬め」のイメージで、そこはミリアの潔癖さが現れているとも見て取れる。
それでも、座っていると膝上10センチぐらいまで露出しているので、やはり、それもそれで視線を落とさないように意識してしまう。
クリストファーはそのようなそぶりを全く見せない。
さっきの彼の言葉が正直なところなのだろうが、彼にはそう言う女性の感覚というのがわかるのだろうか。
「はぁ――、ファッションねぇ。僕にはちょっとよくわからないや――」
キールの正直な感想だ。こういう感想が出る辺り、やはりファッションのセンスというものはあまり高くはないらしいと気づく。
「キールさんももっとおしゃれしましょうよ。クリスなんか、ホントにその辺りすごいなって思うもの――」
アステリッドのその言葉につられてクリストファーの方を見やる。
上着は筒型の袖が肘の少し下くらいまでの丈しかない。短くもないし長くもない。何とも中途半端な長さだ。生地はかなり薄手である。その下に着ているものは、布製のシャツで丸首だ。ズボンは、なんだろう、布地は少し固めなのか、あまり見たことのない生地である。色はブルー、というより紺に近いか。
キールが見ても、よくわからない。なにがどう、「すごい」のか。
「ほんと、この子のセンスは突出してるわよね。さりげなく着こなしているけど、それ、ネーレのジャケットに、ムンドのジーンズでしょ。シャツはレイネック。完璧だよね――」
隣のミリアがすらすらとキールには全くわからない単語を並べた。
「あ、ああ! そのネックレス! もしかして――」
アステリッドが大きな声を上げる。
「ミュール、ね」
ミリアが嘆息交じりに呟いた。
「ははは、そんなに大したものじゃないよ。ミュールはミュールでも、一番安いやつだから――」
「ミュールですよ!? トップブランドじゃないですか! 幾ら安いって言っても――」
アステリッドが食いつく。
「ちょっと、この間のゼミ旅行でね、教授の研究に進展があったんだ。それで、臨時収入があったから――」
クリストファーは教授の研究に助手として入っている。結構な信頼を得ているらしく、大学卒業後は正式な研究員として働かないかと声を掛けられているらしい。今はその前段階として、スポットでバイトとして働いているらしい。
そんな感じで、午後のひと時が過ぎていく。
何とも平和な一日だ。
キールには「ファッション」なんてものはよくわからないが、みんなの表情を見ているだけで幸せだ。本当に楽しい。
(キールはそのままが一番だから――)
隣のミリアがすっと体を寄せて
目の前の二人がファッションの話で盛り上がっている一瞬の隙をついての行動だった。
ミリアが体を寄せたとき、不意にその胸元が垣間見えたのは、意図的だったのか偶然だったのか、その真意はミリア自身にしかわからない。
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