第75話 一年前の約束って覚えてるもの?


――クルシュ暦366年12月下旬


 キールは年末の忙しさに忙殺されていた。

 ただの露天商がこれほど忙しくなるとは、すこしこの街を侮っていたかもしれない。


 ハンナさんが店舗で売り子をしている間、キールは農場と露店の間を何度もリアカーを引いて往復していた。

 

 街道の人通りはいつもの10倍以上はいるのではないだろうか。

 皆、カインズベルクへ向かう者たちばかりだった。


「新年祭がね――」

ハンナさんが唐突に言った。


「新年祭、ですか?」

キールはその言葉に相槌を打つ。


「ええ、新年祭がここカインズベルクでは一番大きなお祭りなのよ。王城のパレードや、商店街の売り出し、各貴族屋敷ではパーティーが開かれて、それはもう盛大に祝うのよね」


 ハンナさんが言うには、地方の貴族の親族や、姻戚などもここに集まって新年のあいさつや新しく姻戚関係になったもの同士の顔合わせなどが行われると言う。

 その為、新年を迎える一週間ほど前から、地方から人々が大挙してこの街に押し寄せるのだ。

 それに加えて、そのパレードや催し物の見物客などもこの時期はみんな仕事を休みにして首都であるカインズベルクへやってくると言うのだ。


「だから、みんな、手土産に何かってなって、結局消費できるものがいいだろうってことで、ウチの野菜たちもよく使われるってことなの」


「なるほど。そういう時は何か残るものより、食べて消費するものの方が結局もらった方も助かるってわけですね」


 そう言えばミリアもこの冬休み中はこちらに来れないって手紙をよこしてきてたな、と思い出す。

 冬休みが短いというのもあるだろうが、なによりも貴族会の用事が立て込んでいるというのが実際の理由だろう。

 そういえば去年の年末祭はミリアと二人で買い出しに行って夕食を一緒に取ったんだったなと、ふと思い出す。

 そしてさらにあることを思い出してしまった。


「あ……、しまった……」


「どうしたの?」

思わずつぶやいたキールの言葉を聞いたハンナさんが気遣って返す。


「あ、いや――、ハンナさん、今日って何日でしたっけ?」

聞くまでもない質問を思わずハンナさんに返してしまう。


「今日は12月23日でしょ? 明日から年末祭じゃない」


「ですよね。やばい、今からじゃもう間に合わないなぁ――」

「なによ? 何が間に合わないのよ?」

「ああ、いえ、去年ミリアと約束してたのを思い出しちゃって――」

「へ? 年末祭に? もう明日よ?」

「あ、いえ。会うという約束ではなかったんですが、あるものを贈るっていうのがあったことを思い出しまして――」

「なにやってんのよ~。今から送ったってさすがに明日には着かないわよ? だって、ミリアさん、メストリルにいるんでしょ?」

「ですよね~」


「あんたホントにそういうところダメダメだよね。その内愛想つかされちゃうわよ、せっかく可愛い彼女なのに――」


「え? いやいやいや、彼女じゃないですよ!? ミリアはその友人で、貴族だし、お嬢様だし――」


「あんた! 本気で言ってるの!? さすがにそこまで鈍感だと、このハンナさんも黙ってないよ!」

珍しくハンナさんの語気が荒い。

「彼女かどうかは別として、こんな遠いところまで当てもなく探し回って、やっと見つけて、想いがあふれて周りの目も気にせずキスするなんて、そんなお友達がどこにいるってのよ!? 明らかにあんたに好意があるって証でしょ!」


「あ、え!? え~~!? そ、そうなんですかぁ!?」


「あほか! この鈍感坊や! で、その約束って何なの? このハンナさんに話してみなさい!」


 キールは去年の年末祭にアダマンタイト鉱石の原石をミリアにプレゼントしたことを話し、来年は小さくてもいいから身に着けられるものをと約束していたことを話した。


「ったく、しょうがないおバカさんね。今から送っても明日明後日には間に合わないだろうから、そこはもうあきらめるしかないけど、まだ年が明ける前には間に合うはずよ。今日でもいいから、送ってあげなさい。そうね、身に着けられるものと言われても、指輪とかはダメよ? あんたたちの話を聞いてるとまだそういう段階じゃないわ。さりげなく付けられて、それでいて直接身に触れないものがいいわね。ブローチとかいいかもね」


「ブローチですか――」


「そうね、そんなに大きくなくていいわ。すこし、左胸のあたりに着けている程度でいいのよ――。仕事が終わったら、ここへ行きな。私の紹介状としてサイン入れておくから、適当なの見繕ってもらいなさい」

そういってハンナさんはキールに一片の紙片を渡した。



 仕事が終わったキールが一目散にそこへ駆け込んだのは言うまでもない。

 結局、ハンナさんの紹介してもらったアクセサリーショップで店員さんに相談して、そこからまっすぐメストリルへ送ってもらう手はずまで行ってくれた。



******



 話は少し先へ飛ぶ。

 新学期が始まった日のことだ。


「おはよ~、ミリア。あら? 今日は襟付きのジャケットなんだね?」

ゼミの教室へ入ってきたミリアの親友、カチュアが目ざとくミリアを見つけて声をかけてきた。


「え? ええ、新学期最初の日だし、たまにはこういうのもいいかなって」

そういったミリアは少し控えめに上着を引っ張って見せる。


「あら? その胸のブローチ、もしかして、アダマンタイト?」


「え? ええ、そう、どう? かな」


「はっは~ん。そういうことねぇ~。で、どちらの王子様からの贈り物なのかな~。クリストファー? それとも、遠く離れた君?」


「そ、そんなんじゃないわよ! まぁ、キールからだけど――」


「ふふ、似合ってるわよ。あんたのイメージにピッタリじゃない?」


 ミリアの胸には一凛の小さな花の花弁を模したブローチがきらめいていた。

 

  


 

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