第71話 規格外なればこそ


 魔術院と契約を交わす、そんなことを思いついたのは、実はキールではなかった。

 これはミリアの案だ。


 キールは平民であり、自由出国権を持つ身分である。平民にとってこの権利はとても重要な意味を持つ。

 自由出国権というのは、いつでも好きに住む国および領地を変えられる権利のことだ。


 平民は住む国に対して、厳密には住む場所の領主に対して税を治めなくてはならない。その税率はどこも一律ではなく、それぞれに違っているのだ。

 もし仮に、自由に移住ができないとすると、平民はその領地に縛られ、場合によっては収入や収穫高に見合わない高額な税を要求されることも考えられる。昔はそうだった。

 しかし現在この世界の常識的な思想は、「平静経済主義思想」と呼ばれる思想で、平民獲得のためには、領地間の争いをやめ、経済活動を円滑に進められるように領地内の政策を推し進めることこそ、優良で有能な領主の証だと考えられるようになっている。

 実際、いち早くこの思想を取り入れた領地は、その後王都となったり、各国の主要拠点領となったりしている。

 ここカインズベルクもヘラルドカッツの一領地であったが、その思想を早々と取り入れ推し進めた結果、王都であるだけではなく、今では世界で一番大きな商業都市という側面を持つに至った。


 つまり、平民の自由出国権が世界経済を支えているとも考えられるのが、今やこの世界の常識となっているのである。


 キールにとって、いや、平民にとってこの権利はいわゆる「どころ」だ。

 この権利があるからこそ、自分で住む場所を選び、職業を選び、自身の生活を豊かに進められるように努力もする。それが平民というものたちの生き方なのだ。


 そんなものを捨てて、一国家の従僕になるという考えは平民には決して生まれないという事を、ミリアはこれまでの父や諸先輩がたからの教えでよく理解している。


 そこでキールに提案したのだった。


「国家魔術院と契約するってのはどう?」


 ある時ミリアは唐突にそう言った。

 ミリアの話を聞くと、なかなかにいい案だと思えるようになった。


 国家魔術院というのはそもそも国家を保護する目的で設立された特殊な組織である。かつてまだ国家間や領土間での争いが頻繁だったころ、魔術師という非常に稀有けうで戦闘力の異常に高い能力者たちは、各国家領地の軍事力を上げるうえで重要な地位を占めていた。

 やがて彼らはそれぞれの領地に囲われるようになり、貴族階級を付与されたり、高額な報酬をとるようになってゆく。そうしてゆく中で、徐々に領土間の大規模な戦争はりをひそめ、魔術師を含む小規模な戦闘集団同士の争いで領地争いに片が付くようになっていった。

 各領主たちは優秀な魔術師を求め、に埋もれる魔術師の探索を始めた。これを担う機関として設立されたのが魔術院のはじまりと言える。


「つまり、魔術師を探索し、他国に渡らないよう管理することが本来の形ではないのよ。国家魔術院の本来の役割は、国家が危機に陥ったときにそれを保護・防衛するための魔術師を探し、協力を要請することのはずなの」


 ミリアはそれが一番容易に達成できる方法として、現在の方法が確立されてしまっているのだと言った。


 だから、キールはそこを突いて契約を持ち掛けるのはどうかという事なのだ。

 通常の取るに足りない魔術師ではこの方法は取れない。一笑に付されて終わるのがオチだ。なぜなら、その程度の能力しか持たない魔術師ならば代わりになるものは他にも存在する確率も高いからだ。


 しかし、キールは「規格外」だ。

 錬成「4」というだけでもう、世界有数の魔術師となる。


 つまり、キールなればこそ、この「契約」という、本来魔術院があるべき方法を持ち掛けることができるのだ。


 キールはメストリル国家魔術院と契約を結ぶ。有事の際にはメストリルを保護するために協力をすると誓うのだ。その代わり、自由出国権は保持する。自由出国権は保持したままなので、貴族家に入ったり、領地を付与されることはないが、代わりに契約金として一定の報酬を与えられるというのはどうだろう。

 もし仮に契約に反し、招集に応じなかったり、敵国に参入するようなことがあれば、捕吏を発し、メストリル国家内における一切の権利を剥奪し、捕縛されたのちは刑に処せられるというのはどうか――。



「なるほど……。たしかに本来魔術院とはそういうものだったことは私も知っている。というより、その話、過去にミリアにした覚えがあるのを覚えている――」

ネインリヒはそう言うと少し思案するようにあごに手を当てていたが、やがて顔を上げると、

「わかった。ニデリック院長にその話を提案してみよう。私も君のことをどう処理すべきか思案していたのだが、その方法なら私も院長に進言しやすいとも思える――」

と、答えた。


 しかし――。


 と、ネインリヒは続けた。


「そのためにはまず君自身が院長と面談をして院長自らの判断に従うしかないと思うのだが、その心の準備は出来ているのだろうね?」

ネインリヒの鋭い視線がキールを刺し貫いた。


「ええ、もとよりそのつもりでした。今勤めているところに少しばかりおいとまいただかなくてはなりません。それまでお待ちいただけますか? おそらく2~3日後にはメストリルへ向かっててると思います」

キールは静かに答えた。


 

 それから3日後の朝、ネインリヒと待ち合わせたキールは、メストリルへ向かう馬車の上の人となった。

 


 


  

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