第70話 錬成「4」の実力
ネインリヒはキールから少し離れて見守っていた。
この青年の魔法適正は果たして報告通りのものなのか、それともそれ以上のものなのか。今後この青年と魔術院の関わり合いをどう取っていくのかを見極めなければならない。そして、それを院長へ報告・進言しなければならないのだ。
(一瞬でも見逃してはならない――)
ネインリヒは自身も魔法感知を準備し、最大限に魔力を高め、集中した。
ネインリヒから非常に高い魔力の発現を感じたキールは、いったん魔法感知を解く。どうやら向こうの準備は整ったらしい。
「じゃあ、いきますよ?」
「ああ、いつでもいい、やってくれ」
ネインリヒからは、なんでもいいのでまずは軽く錬成限界までの魔法を見せてほしいと言われている。その後、最大魔力で何か一つと言われている。
しかし、キールには目的があるのだ。
ここで自身の持つ圧倒的な力を披露し、交渉を少しでも優位に進めたい。
「では。いきます――」
言うなり急激に魔力の増長の気配が現れる。
それは小さな水滴ほどのものから始まり、どんどん膨らんでいき、水たまりから川へそして流れは大きくなりやがて――。
キールが発する魔力の総量がネインリヒを押しつぶさんばかりの圧力を生む。
(ぐ、うううう、これほどとは――)
ネインリヒはその魔力の大きさに膝を折りかけたが、こんなものはまだ序の口だ。
(錬成はまだ「1」つも行っていない。ただ魔力を溜めて集中しただけだ――)
これだけの魔力増長は確かに素晴らしい素質ではある。しかし、魔術師は魔法を発現させてこそ価値があるものなのだ。しかも、「1」つの発現だけでは錬成「2」以上の魔術師にかかればなんというほどの脅威にもならないのだ。
「いいですか? やりますよ?」
「ああ! 大丈夫だ、見逃さないからやってくれ!」
その直後、ネインリヒは言葉を失った。
それは一瞬だった。
あれだけ増長していた魔力が、すぅっと消えキールの手のひらの上に集約されていったのだ。そしてそこには一つの小さな岩石の塊があった。
「できました。どうです? わかりますか?」
その青年は事も無げに微笑んでいる。
「な? なにをしたんだい?」
ネインリヒは今の一瞬の出来事を理解できていなかった。魔法発現の痕跡は確かに見えたような気がした。それは、4つ確かにあった。一瞬のことで見逃すかもしれないと思ったが、そこはネインリヒにも王国魔術院ナンバー2のプライドというものがある。
(錬成「4」で間違いない――、だが、この術式はなんだ? あの石ころは何を意味している?)
「錬成「4」で生み出した、「発火岩石」です。基本術式2つと僕のオリジナル魔術式1つの組み合わせ、ですね」
キールは事も無げに答えた。
オリジナル、と言ったのは、『真魔術式総覧』のことはまだ話せないと思ったからだ。
「使用した2つの基本術式は初等魔術式ですよ。「火炎」と「岩石生成」です。それから、オリジナル術式が1つです。あ、そのオリジナル術式が「魔法発現」と「付与」からなる錬成「2」の魔法なんですよ」
「それで、その石ころが何だって言うんだ?」
「まあ、見ててください。あ、それと、「水成」か「水流」の準備をしてください。消火活動が必要だと思うので――。いいですか? この石ころが地面に落ちたらそこへ向かって消火をお願いします」
「わかった、君の言う通りにしよう」
「では――」
そう言うとキールは数メートル先の地面にその「石ころ」が落ちるように調整してふわりと放り投げた。
キールの手から離れた手のひら大の「石ころ」は放物線を描いて舞うと、やがて地面に落ちた。
その時だ。
ボウッとその場所に火柱が上がった。
炎からの熱気とその炎が二人を襲う。
「やあっ!」
ネインリヒの隣でキールが掛け声をかけるのが聞こえた。
広がる炎は二人の目の前で空気の壁にぶつかって上空方向へと向きを変えている。
キールが作り出した「
「ネインリヒ様! 「水流」をお願いします――」
「あ、ああ! ――ぬんっ!」
ネインリヒが炎に向かって手をかざすと同時にキールは術式を解く。
空気の壁が取り除かれた瞬間、その炎が迫ってくるかと思われたが、それはネインリヒの発した「水流」の魔法によって包み込まれやがて炎は完全に消え去った。
「な、なんだったんだ今のは? 石が落ちた瞬間にそこから炎が現れた――」
「岩石生成で生み出した岩石に、火炎の魔法を付与したんです。その火炎の発現に「条件」をつけてね」
「発現に条件を付けて? どういうことだ?」
「僕は魔法の発現に一つ条件を付けることができるんです。今回の条件は「土に触れること」。つまり、石が地面に落ちたら火炎が発現するようにしたってわけです」
ネインリヒは理解するまで少し時間を要した。
「――つまり君は思ったタイミングで魔法を発現させるものを生み出せるという事か?」
「条件の付与さえ可能ならば、そういうことになります。例えば、誰かに触れられた瞬間にその相手を吹っ飛ばすとか?」
聞いてネインリヒはややキールから距離をとろうとした。
「ああ、大丈夫ですよ。今は何もしていませんから」
そう言ってキールは微笑んだ。そして、
「――どうでしょう? 僕の魔法適正は――」
そう言ってキールは、やや心配そうにネインリヒの方を見やった。
「――何という事だ、君はこれをほぼ独学で身に付けたというのか……? とんでもない奴だな、君は――」
ネインリヒは少し押し黙ったが、
「わかった。君の言うその契約という話、詳しく聞かせてもらうことにしよう――」
と、続けた。
その顔にはもう敵意はひとかけらも見られなかった。
キールはその表情を見て安心した。どうやら合格らしい――。
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