弾けた想いよ、音になれ!
雨宮 苺香
第1話 もっと届いて
いつもと同じ部活。いつもと同じ練習風景。いつもと同じ金属の匂い。
部長から渡された来月の予定表に私は笑みを浮かべる。
やった……! また君に届けられるね。
――――――
放課後。吹奏楽部に所属している私は、楽器を持って個人練習場所に向かった。
文化部棟の外階段でいつも1人練習している。
うちの学校の吹奏楽部は人数が少ない。トランペットやフルートなどのパートは数人で構成されているが、私が担当しているホルンは私の他に誰1人といない。
でも1人でよかった。ここ、階段の踊り場は1人じゃないと練習できなかったから。
私はここが好きだ。狭くて安心するし、季節の変わり目に1番に気づくことが出来る。それに加えて、茜に染まり始める空も独り占め出来るのだ。
そして――。
あ、いた。
はぁ、今日も綺麗。
滴り落ちる汗に、真剣でまっすぐなまなざし。
あ、これは違くて……違うことはないのだけど。
決してここに下心があるわけではなくて、私はただ、彼の頑張る姿を見て、自分のやる気に変えているだけなの。彼があまりにも素敵だから!
彼は陸上部で同じクラスの
いつもここから見える短距離走のレーンで練習しているところを見てしまう。真っ直ぐ駆け抜ける彼が必死に足を回している所に見入ってしまうのだ。
でも私は横溝くんと1回しか話したことはない。
たったの1回。その1回がたまらなく嬉しかった。思い出すだけで胸がときめくほどに、彼の言葉が私の身体の奥底まで届いたのだ。
それは先月の陸上部の大会のこと。吹奏楽部は応援のためにその大会についていって、大空の下に音を広げた。学校の応援歌や校歌、季節に合う曲など合計5曲を大会本番前の練習中に彼らに届けることが私たち吹奏楽部員の仕事。
その仕事の最中、私は靴紐を固く結んで頬を叩いた人が目に入った。それが横溝くん。
足を中心とした準備運動をしてぐーんと伸びをした横溝くんはほんのり口角をあげていた。
その笑みは、私たちが練習で磨いてきた音の数々を受け取ってくれたような気がした。
偶然かもしれない。大会がただ単に楽しみだっただけかもしれない。
でも私はその笑みが嬉しかったんだ。
彼はその日1番にゴールを駆け抜けた。
大会の後、楽器を運んでいた私たち吹奏楽部のところに横溝くんがやってきた。初めて彼をまっすぐ前から見た私は、何も言えなかった。けど、彼は「ありがとう」と言ったのだ。
優勝おめでとう。
そう心の中でつぶやいた私の言葉に返すように。
今思えば、演奏や応援に対して言っただけだと思う。
でもその言葉がなんとなく特別な気がした。
だからこそ私が奏でる“頑張れ”が届いて欲しいと思ったんだ……!
そう思って息を吸った。私の息は楽器を通って音と成る。
放課後と楽器と夕暮れの空。
日常的な風景だった。
けれどこの日々はもうすでに私に変化をもたらしていた――!
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