第28話 ルーティン

 吾輩は深夜、ヤン・リン・シャン参謀総長が深い眠りに落ちて圧力が下がった隙に腕の中から抜け出したのにゃ。部屋から廊下に出るとエネルギー転送を頼んだにゃ。

「アルド、また月面まで頼むにゃ」

『了解、あまり根を詰めないで下さいね。エネルギー転送します』


 月面にエネルギー転送された吾輩は、少しよろけたので踏みしめるつもりで軽く地面を蹴ると高く舞い上がってしまったにゃ。


「ふう、急に重さが六分の一に減ると感覚が狂うにゃ。ええい、そろそろ重力とやらを従えて見せるにゃ。えい、やぁ、とう!」


『あーあ、そろそろ気付いたらどうかしら?重力なんか、魔導でどうとでもなるでしょうに』

 青い瞳のビスクドールが、呆れたようにネコ船長の頭上で呟いた。


「あ、そうか。ありがとう、アスタロト」

(うーんと?金のダハブに力を借りて金の腕輪と足輪を付ければ… …)

「金のダハブ、力を貸してくれ。バラスト・リング」

 ネコ船長の手足に黄金の輪が巻き付き、月面に肉球の跡が刻まれた。


『もう。それじゃあ、動きが遅くなって闘うのに支障が出るでしょう… …』

「むう、難しいにゃ」



◇◇◇

 太陽系マンズーマ・シャムセイヤ制御室


「ねえ、アルドさん。船長はどこに消えてしまったのかな?さっき部屋から廊下に出たと思ったら急に気配が消えたんだが?」

『やはり鋭敏な感覚をお持ちですね、参謀総長殿は。ええ船長は、夜の日課に月面へ行きましたよ』 


 ピンクのパジャマ姿の参謀総長が、小首を傾げる。

「ふむ、こんな時間にわざわざ月まで毎日何をしているのかな?」

『まあ、元々猫は夜行性ですからね。船長には乗組員を守る責任があります。この間のベアタッカーの襲撃で守れなかったことに責任を感じておられます。だから重力の著しく異なる月面で特訓されているのです』


「ふう、責任感が強いのも考え物だね。全てを船長一人で抱え込んでしまうのは間違いだよ」

『ふう。現時点では、あなたの安全にも船長は責任を負っていますよ』

「それは光栄なことだな。しかし、私はただ守られるだけの存在よりもお互いの後ろを守り合う関係がより好ましいね」



◇◇◇

 惑星ルッズ コメッコクラブ大統領官邸地下音楽堂


 アップテンポの曲が流れる中、一人の女性が無心で踊っていた。舞台の床には、鋭利な剣が何本も刃を上にして固定され彼女はその刃の上を激しい動きで縦横無尽に飛び舞っていた。


 彼女が踊り出してから正確に一時間が経過した時、一人の女性が音楽堂に入って来た。

「大統領、お時間です。会議は十分後です、こちらにお着替えください」

 コメッコクラブ大統領、アルカナ・タロットは渡された服を持ってシャワー室に入った。



◇◇◇

 コメッコクラブ大統領官邸 会議室


「では、意見がある方はどうぞ?」

「… …」


「では、当初の計画通り進めましょう。あと、中帝国の軍参謀総長が病に倒れたそうです。できればこのまま、復帰しないでくれればいいのですが。まあ、そう言う訳にもいかないでしょう。

 では、本日の会議はここまで」


 大統領が、閉会を告げると閣僚たちは一斉に退出していった。



◇◇◇

 太陽系制御室


「そろそろいい頃合いにゃ。一度コメッコクラブ大統領に会いに行くにゃ」

「船長、単なるアイドルのコンサートに行くのと訳が違いますよ。仮にも一国の大統領ですから」

『船長、コンサートのチケットは手配できました。四名分でいいんですね』

「うん、いい席を確保してくれにゃ」


「四名分て?まさか私も行くのかい?」

「ヤン・リン・シャン参謀総長が来てくれないと、アイドル大統領の腹黒さが理解できないから当然にゃ」


「ふう、まあ一度くらいアイドル大統領のコンサートを見ておくのも後学のためになるかもね。わかったよ、精々奴の解説をしてあげるよ」

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