11.暗転の章 少女の目覚め

「あ、あれ……?」

 目を覚ますと、森の家の自分のベッドで横たわっていた。枕のまわりは綺麗に整えられ、花や綺麗な石、森の市場で売っているらしい綺麗な布やリボンがいっぱい置かれていた。まるでお供物みたい。起き上がって見てみようと身体を動かして頭に痛みが走った。そういえば、何かに襲われたんだっけ。もしかすると私が死んだと思ったのかもしれない。

「リージンさんはどこでしょう」

 おーい、と声をかけてもリージンさんどころか誰の返事もなかった。家の中も森もいつもより静かだ。何かあったのかもしれない。

 ベッドの上の物を落とさないようにそっとベッドからおりる。

「何か、重いような」

 背中に違和感があって、姿見で確認して驚いた。大きな灰色の翼が生えていた、しかも四枚。多い。

『仕方あるまい。本来お前が持っていたものが再生した上、我がお前の中にいるのだからな。二人分だ』

 頭の中で声が聞こえた。

「とうとう私は人間を辞めて正気も失ってしまったのね。どうしましょう」

『我もお前もまだ人間だ。それにお前、口で言うほど困っていないだろう』

 頭の中の人は呆れたようだった。どうやら考えていることが分かってしまうらしい。

『ジルバラと呼べ。昔我が使っていた名だ。今ではお前の生家によって「始まりの異端」などと呼ばれているようだがな』

 「ジルバラ」と聞いて、どこかで聞いたような、と思ったのは実家でのことだったのかもしれない。今や朧げな記憶だけど。

「分かりました。じゃあそう呼ばせていただきます」

 今はリージンさんたちの様子が知りたい。うちにいないのなら、とにかく外に出てみよう。


 無数の足跡。誰のものか定かではないけれど、森のみんなのものだろう。家の周囲からずっと向こうまで、行列を作ってどこかへ向かっているらしい。

『時が来たのだ。アリス、急いだ方が良い』

「どういうことですか」

『異端とヒトの戦いが起きる。急げ、このままでは全てが命を落とす』

 気づけば私は飛んでいた。ジルバラの仕業だろう。翼を動かす感覚を徐々に明け渡されるのが分かる。

 そのまま足跡を辿ると森の出口の方へ向かっていることに気づいた。

「結界が……」

 出口には結界の残骸と踏み荒らされた跡。結界があった場所からは森の外の景色が見え、地面にはみんなの足跡が続いていた。堅く覆っていた結界は跡形もなく壊されている。

「リージンさんでも近づけないほど、あの結界は強力だ、と言っていました。結界が前のままあったなら、森のみんなは近づけなかったはず……」

『思い当たる節は?』

 一つ心当たりがあった。私はこの結界の中で母に会った。つまり母は外からこの中に侵入したということ。異端は中に入ることができる仕組みとはいえ、古い結界に触れれば負荷がかかる。最近新たに訪れた異端の住人はいない。

 久しぶりに会った母は変わり果てていた。人間を辞めて、化け物じみた姿で私に襲いかかる様は恐怖でしかなかった。けれど、彼女は私の憐れな愛しい母のままだ。私が消えた今も、父に囚われている。

「今は、リージンさんたちを追いましょう」

 大好きな人たちを守るために。

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