(仮)

里芋の悲劇

カッコカリ

 熱狂する人々、それを指揮者のように操るステージ上の「人を魅了する悪魔」たち、それに魅了されてしまったバカな人間の一人、「魔法」だった僕にとっては、こんなに楽しいのは初めてだった。


 引き込まれた、ただの紙、布、そこに人の「気持ち」が乗っただけ、それだけでたったそれだけで、自分には「できない」と思った、でも、やりたかった、こんなに清らかなのは初めてだった。


 毎日、ひたすらに筆を走らせる、カンバスに向かい思考を巡らせ、思いを乗せて感じるままに、売れたいわけじゃない、そう自分に言い聞かせて、思わせて自分のために描く、私は花が好き、だから花を描く、ヒトは嫌いだから描かないそんなもの、でも今日は違った、人を描きたくなった、なんでだろ。

 倉庫を親戚の人に借りてそこで生活してる、家賃ゼロ、光熱費も払ってくれてる、叔父さんは優しい人、嫌いじゃない、だから恩返ししなきゃ、いつか私の絵が売れたらそのお金を渡す、そういう恩返し。それが今の夢。

 筆を動かすことしか私は脳がない、だから私は今日も描く。


 目の前には、胡散臭いおじさんがいる、このおじさんが言うには、自分の姪とこの目の前の倉庫で生活すれば、家賃ゼロで住まわせてくれるらしい、このおじさんは働いているライブハウスによく来る人で、たまたま先輩と家賃が高いって話になったときに話しかけてきた。

「それで、ホントに家賃ゼロでいいんですか」

「もちろんだよ、君みたいな駆け出しのアーティストの手助けをしたいんだ」

めっちゃ胡散臭いな

「なんか、出ていくときにめちゃめちゃ請求が来るとかじゃないですよね」

「そういうのはないよ、オジサンを信じて」

鍵は掛かっていないようで、入ると大きなカンバスと絵具や筆などの画材たちがそこら中に転がっている、そして女性用の下着や、服が散らばっていて生活感にあふれている。奥はカーテンがかかっていてその奥から全裸の女の人が出てきた。

「え!? ちょっ」

「この人がモデルになってくれる人?」

「ああ、そうだよ、それと服着よっか」

彼女は落ちている服を集めて着替え始めた

「それで、いつまでいるの?」

「え? いやあと2年はいるつもりだけど」

「そうなんだ、じゃぁどれだけ使ってもいいってことだ」

「つ、使う?」

「聞いてない?」

「言ってなかったっけ」

「聞いてません」

「いやごっめーん、言ってなかったか」

「じゃぁ私から、これから描く絵が人間の絵だから、そのモデルになってほしい、それだけで住まわせてあげる」

そこにおじさんが口を開く

「じゃぁあとはお若い二人で」

「あっ! その、まだ売れてないからもうちょっと待ってて」

「ああ、いいよ、君が自由に表現するためだから」

「ごめんなさい」

彼女がお辞儀をするが、それを見ていないかのように振り返り、手を振って去っていく。

 目の前には女の子と、カンバスがある、そこには向日葵が描かれていた、美しかった、目が離せなかった、音が消えて、向日葵の絵しか見えなくなって、体が動かなくて。

「大丈夫?」

その声で現実に引き戻される

「え? あ、うんごめん、これって君が描いたの?」

「そうだけど、あなたも下手だと思う?」

そんなわけない、これが下手なら、上手い絵なんて存在しない

「そんなわけないよ、きれいだ」

「お世辞はいい、ホントのことを言って」

「お世辞? いや違うよ、お世辞ならもっと上手に言うよ」

そう言うと彼女は振り向き、「ありがとう」とつぶやき、2,3歩進んだ後、振り返って

「私は白井唯、よろしく」

「ああ、俺は佐藤玲、よろしく」

すると歩き出し、「ついてきて」とこちらを誘う、その先は部屋だった、4畳ぐらいの部屋で人が生活するには十分だった。

「ここ、私の部屋の前、だから自由に使って、私の部屋は鍵あるけどこの部屋はないから、ごめんね」

「ああ、大丈夫、自分の部屋があるだけいいところだよ」

まぁ、前の場所は、3人で1部屋だったしそれに比べればいいか

「あっちがキッチンで、お風呂はないから近くの銭湯に行って」

「それはどこに」

「あっちの方、自分で探して」

「あっ、はぃ」

「っていうか、今時間ある?」

「あるよ」

「じゃぁこっち」

そう言われて、ついていく、椅子が用意されていて

「座って」

言われるがままに座って、唯の方を見る

「なんかしてて、何でもいいから」

「じゃぁ、ギター持ってきていい?」

「いいよ、雑音があった方が集中できる」

足を組み、ギターを構える、心のままに、指を動かし奏でる、目をつぶり、ステージを思い浮かべる、目の前は沢山のオーディエンス、その全員を俺の中の悪魔が次々と魅了させる。

「その曲って、オリジナル?」

「え? ああ、うん」

「すごい、すごいよ、かっこいいんだけどなんか悲しくて、きれい」

「そうかな?」

そんなこと言われたのはいつ以来だろうか。

 初めて作曲をしたのは中学生だった、初めはお遊びのつもりで、誰にも見せるつもりはなくて、でも見られてしまったんだ、これを弾いたのはあの時以来か、ってことはこれでこの曲を知っているのはこれで三人目か、なんか恥ずかしいな。

「何て曲なの」

「名前はないよ、昔作った変な曲だし」

「変じゃないよ、私は好き」

「あ、ありがとうございます」

「それともう降りていいよ、一応書き終わったから」

「そんな早く? まだ3分ぐらいだよ」

「うん、ちょっと人間ってどんな形か見たかっただけ」

「へ、へーそっかぁ」

変な人だなと思いつつ、一つ疑問が浮かぶ

「そういえばさ、なんで一緒に住もうってことになったの」

「それは……私の描き方があるから」

「ほう」

「私は中身も描きたいってだけ」

「そうなんだ」

中身か、ヒトの中身、そんなものは、あるのだろうか。


 1週間が経つ、隣の部屋から楽器、多分ギター? きれいな音色だきっと彼には才能がある、同じアーティストとして決定的な何か。ソレがわかれば私もきっと……でもそんなこと考えても意味ないか。ドアをノックする

「いまいい?」

「あ、ハイ」

ドアを開けると、モニターに向かって何かを打ち込む彼がいた

「何してたの?」

「ああ、働いてるところのステージに出してくれるっていうから、曲作ってる」

「そうなんだ、どんな曲? 聞かせてよ」

「ああ、うん」

ヘッドホンをつけ、目を閉じる、そこからは優しい旋律、前聞いたのとは違う、かっこいいとは違う、私に同じ技術があっても、こんなものは作れない、そう感じた。

「いい曲、」

「そうかな、まだ声入れてないけど」

「声が入るの?」

「そらそうだよ、僕はシンガーだから」

「そっか」

「声入れるって言っても、ボーカロイド使ってだけど」

「ボーカロイド? あなたの声を入れればいいじゃん」

「ああ、それはここじゃ無理だから、スタジオ借りるお金もないし」

「そうなんだ、じゃぁ叔父さんにスタジオ造ってもらう?」

「いや、さすがに無理でしょ、スタジオってレコーディングスタジオだよ?」

「たぶんできるよ、あの人お金結構持ってるはずだし」

「それだとしても、僕には宝の持ち腐れだよ、第一そんなことしなくてもここでできてるわけだし」

「そっか」

「それと、何の用だったの?」

「ああ、そっか……」

私の用は梅ジュースが実家から届いたから一緒に飲みたかっただけで、大層なようではなかったのだが、二人で楽しく飲めたのでよかった

「じゃぁさ、俺のCD のジャケットとか描いてよ、まぁ出す機会があればだけど」

「いいね、それ、君の歌好きだからいいよ」

「ホントに? ありがと」

「ううん、好きなアーティストのジャケット描けるなんてファン冥利に尽きるよ」

「ファンって」

と、静かに笑う、こんな人間もいるのか。


うちの同居人は可愛い、性格はかなりクールでほかの人間なんて興味ないかのよう、でも意外とドジで、よく画材をなくしては探し回っていたり、小さな段差でつまずいて悶絶していたりする、それに見た目に関しても可愛い、どっちかというと美しいといわれるタイプなんだが、食べてる時の顔がめちゃめちゃ不細工で可愛い、やべぇ今気づいた、めちゃくちゃタイプだ、やべぇよなんか、エロいいや違う、いや違うよ、そんなことしないよさすがに……ホントだって

「はぁーあんな可愛い子とイチャコラしたいな~」

「それって誰の事?」

「うぁ! びっくりした」

「イチャコラ?」

「い、いや~声に出てたか」

「でてたよ、でも君もそういう願望はあるんだ」

「一応だけど、俺ミュージシャンだよ」

「それ関係ある?」

ってか聞かれてたのやばくねえか、どこからだ? 声出てたのどこからだ?

「それでさ、いつなの?」

「いつって?」

「その、この前言ってたステージの話」

「ああ、明日だけどどうして?」

「早く言ってよ、私見に行くから」

「え? 見に来るの?」

「うん、じゃぁそのつもりで」

「あ、ちょ!」

どっか行っちゃったな、でもこれはチャンスなのでは? これで俺のかっこいい姿を見せれば……いや、違うな、そうやって力が入るとかえって損するのが俺の人生、いつもどうり、いつもどうりだ。


 ギターよし、声は良好、あとは歌うだけ、緊張はするけどいつもと違うな、楽しく歌おう、できるだけ。しかしなんだろうな、同居人がいると意外と恥ずかしいな

「俺の番か、ふぅ、よし」

 壇上へ駆けあがる、目の前にはフロア一杯のヒト、楽しくなりそうだ

「どうも、皆さん、ゼロと申します、どうか楽しんでいってください」

 そう言った彼は、マイクを持ち歌いだす、そこにあったのはギターの音と声だけ、なのにあの時、同じ曲なのに前聞いた時と全く違う、切なくて、悲しい、音は物語に、イメージに昇華され、脳内がそれで満たされる。私はその時、無意識にノートとペンを取り出していた。

 この曲は好きだった人を忘れるための曲だ、俺が今まであった人間の中で、一番好きだった人、もうこの世にはいない、忘れることなんてできない、けどそんな気分にさせてくれるようにこの曲を書いた。

 彼女とは小さな頃からの幼馴染というやつで、気づいた時にはこの子が好きだった、中学の時に思い切って自分の想いを告白した、相手もそうだったらしく、OK を貰えた、そこから僕らの時間が動いた、ある日彼女は

「離婚しちゃったんだ、お母さん」

そう言った、僕らが付き合って1ヶ月経たない頃だった、色々大変になって、俺ができることはしていたと思う、だけど中三に上がったころから、彼女の体に傷が多くなってきた、転んだ時にはできないような場所にあざがあったり目立たないような場所に傷があったり、俺はかなり心配だったから色々聞いた、親が離婚したころからだったらしい、少しずつ多くなってきて、もう限界なんだと泣いてしまった彼女に俺は慰めることしかできなくて、もっと何かできたかもって何度も家で考えた、でもまだ子供だったから何もできなかった。

 あれは卒業式の一週間前だった、いつものように帰ろうと彼女を待っていた、そんなとき彼女から屋上に呼ばれた、そこで彼女の意図が分かった

「やめよう、そんなことしても何にもならない」

「違うの、昨日ね、お母さんに死ねって言われたんだ」

「だから何だよ、俺は死んでほしくない!」

「ならいっしょに」

「おかしいよ!」

その時、俺は彼女がもう壊れてしまったんだとわかってしまった、なぜならもう彼女の目が変わってしまっていたから、もうそれ以上言うことはできなくて、手を取って止めようと思ったけど、間に合わなくて目の前で飛び降りた。彼女は最後に「ごめんね」ってそう言った。その一週間後彼女のお母さんも死体になって見つかった。

 重たい曲だと私は感じた、だから重たく描いた、今までで一番いいと感じた、すごいな、これは才能か、私にはない、ちょっと劣等感だなでもすごいなたった一曲でここの空気を変えた、中盤だったし、タイミングもいい、みんなが盛り上がっているところにこういう曲が入ってくると一気に雰囲気が変わって、なんか落ち着いて聴けた。

「よかったよ、悲しい曲だったけど」

「ありがとう、ほかの曲も聴いていけば、楽しいよ」

「いい、私これ描かなきゃ」

 そうやって見せてきたノートに俺は見とれてしまった

「だから私、早く帰らなきゃ」

「わかった、がんばって」

「うん」

帰ってったな、あの絵すごかったな

「何あの子彼女?」

「ち! 違います、からかわないでください前田さん」

「え~でも今日の曲凄かったしぃ~、あ、そっかぁ~あの子のこと好きなんじゃない?♡」

「そ、そんなことないです、多分」

「それにしても、今日の曲凄かったわ♡」

「いや、やめてください」

「うーんいつもの漢字と違ったし、すごく心に訴えかけるような何かを感じたよ」

「いやそれほどでもって! 白井さん」

「見に来たよ」

「ありがとうございますわざわざ」

「やっぱ君すごいよ」

 他愛もない話を一通り終わらせ、外に出る

「あの、さっきのあのゼロさんですか?」

外で待っていたみたいだ

「ああ、まぁはい」

「すごかったです! 握手してください!」

こんなこと言われたのは初めてだった結構うれしいんだな知らない人に褒められるのって。


 筆が止まらない、考えた先から映像が脳裏に浮かぶ、彼はきっと言葉にならないような経験を音楽にして表現した、それをあんなきれいな形に落とし込むのは才能だ、私にはあんなにキレイな才能はない、だけど誰よりも描いてきた、だからそれをこの絵に込める。売れるために勉強してきた私らしくないことは全部捨てる、私の中にあるものだけで勝負する、別にこれが売れなくても、評価されなくてもいい、私が描きたい彼を描く。

 きっと私はこの数週間で彼のことをかなり知ったと思う、私が思う彼は、意外と誠実で、おかしいくらい優しくって、彼の描いた曲はとっても美しくって。でも結構頑固なところもあってキーボードが壊れたって言ってた時は同じ物を必死に探していろんな中古屋さんとかネットで調べてたっけ、それで結局新しいのは見つからなくてジャンクの同じキーボードの部品使って直してたし。なんかこいつと結婚すると苦労するだろうな、こいつのお嫁さんは。きっとこいつは才能が認められてニュースキャスターのお姉さんとか女優さんとかと結婚して、こいつの幸せな姿を年賀状とかで送ってくるんだろうな、あいつ律儀だし。日中は私もあいつも自分の作業をして、夜は私もあいつもバイトだからほとんど家にいる時間は共有してる、だから兄妹のように感じている自分がいる、まぁ歳は近いからもっと早く私たちが出会えていたら……

「ちょっとは休んだら?」

マグカップを2つダイニングテーブルに置いた彼は言う

「もう2時間もぶっ通しで描いてるし、集中力もそう続かないでしょ」

「もうそんなに経ってた? ごめんありがとう」

「いいよ、それよりさ、これ見てよ」

 スマホのメッセージ画面だった、そこにはサラブレットエンターテイメント担当者三井と書かれていた、どうやら彼は夢を果たしたらしい

「前のライブの時、あの~見に来てくれた、その時にさ、この連絡してくれた人がさ、見てくれたらしくって、それで、新曲を書いてそれが良かったらCDデビューだってさ」

「すごいね、やったじゃん」

「うん、だけどさ、言っちゃえばここからなわけじゃん」

「そっか、そうだよね」

「そうそう、だからさ、もうちょっとここにいさせてくれない?」

「え? どういうこと?」

「だからさ、そのレーベルの人がさ、もっといいとこの住めってさ」

「それはそうだね、きっとその人は君が心配なんだ、だからそう言ったんじゃないかな」

「いやだからさ、もうここになじんじゃったしさ、まだ絵も描き終わってないんでしょ、それになんかわからないけどここに来てからアイデアがどんどん浮かぶんだ、だからもうちょっとだけいさせてくれないかな?」

「あんたがそれでいいならいいよ」

「ありがと、じゃぁそろそろ作業に戻るね」

「ああ、うん、コーヒーありがと」

「いいよいいよそんな」

 そういってあいつは自分の部屋に戻っていった。

 さてと、私も作業に戻ろうかな


 2週間かかった、これは、力作、なんだろうなぁ~、なんか布にくるまってるけど

「おはよう、気になる?」

「ああ、うんまぁ」

絵を描くのってそんなに時間がかかるのか、まぁ作曲も時間かかるしみんな同じなのか。

「まだ、全体像を見てちょっと直さなきゃいけないから、まだ待ってて」

「ああ、わかった、それと、今日は俺昼までいないからさ、お昼冷蔵庫に用意しといたから、チンして食べて、それと、2時くらいに帰ってきて、死んだような眼をしてたらどついて」

「ああ、そっか、わかった全力でどつくね」

「ありがと、じゃぁ行ってきます」

「行ってらっしゃい」

手を振り、あいつを見送る

「じゃぁ、私もやるか」

大きなカンバスに向かい、筆を取る、今はあいつと向き合おう。

 呼ばれたってことは、そうゆうことだと思っていいんだよな? おれ、浮かれていいんだよな? これで怖い人が出てきて全部嘘でしたーとか絶対ヤダだからね!

「あっ、えっと、三井さんによばれたゼロですけど」

「ああ、お待ちしておりました、こちらのカードを首から下げていただければゲートを通れますので、4階の2番会議室で、担当者がいますのでそちらへどうぞ」

改札みたいなゲートを通り、ガラガラなエレベーターで4階へ向かう、部屋に入ると、一人の男性がノートパソコンとにらめっこをしていた

「ああ、ゼロさん、ですか」

席を立ち、挨拶をされる

「ああ、ハイ」

「私は新人発掘担当の三井貞宗です」

と握手を求められる、その手を握り

「ああ、えっと佐藤玲です、よろしくお願いします」

「そこに、そうぞ」

「ああ、すみません」

オフィスチェアに座る

「さてと、なんで君を呼んだのか、ってところから、ですね」

「あ、なんかまずかったですか?」

「いや違います、えっとぉー、デモテープ送っていただいたんですけど……」

「ゴクリ、」

「素晴らしいですね、作曲センス、歌詞も素晴らしい、あのライブハウスで聞いたあの曲に負けずとも劣らない素晴らしい出来です」

「ありがとうございます」

「我々は、あなたのような才能をアマチュアで腐らせたくない……すみません、少し口が悪かったですね、まぁそういうことです」

「と、いうと?」

「つまりですね、我々のレーベルで、デビューいたしませんか?」

「マジですか?」

「はい、マジです」

まじか。

「えっとぉ、こういうドッキリじゃないですよね?」

「はい、もちろんです」

「やったぁ! おお!」

にこやかな顔で、こちらを見てる三井さんを見るとなんか盛り上がっている俺が恥ずかしくなってきたな

「すみません、なんか、盛り上がっちゃって」

「いいですよ、ああ、それでとりあえず、契約の方をしたいんですが、印鑑とかって、お持ちですかね?」

「ああ、えっと、あります、はい」

「じゃぁ、こちらの……」

どっと疲れが出てくる、

「まだ3時だよ、すっげー長く感じたな」

「そんなに緊張したの?」

「うぁ! びっくりした、なんでこんなところに?」

「コンビニ行った帰りにあんたを見つけたから」

「ああ、そっか、そういうことか」

「それで、どうだったの?」

「ああ、契約してきた、なんか、なんかテレビCMに使われるかもって」

「ホントに? すごいなぁ」

「ありがと、それで、できたの? 絵」

「それは帰ってからのお楽しみ」

家に戻ると、いつもどおりに玄関(シャッター)を開ると目の前にはいつも通り、カンバスがおいてある、そこには、俺がいた、いや、リアルなわけじゃない、だけど、おれなんだ、そこにはバカで、音楽しかなくて、でも笑ってる、何が可笑しいのかわからないけど、でも、笑ってる。

「どう?」

「すごいよ、俺がいる」

「???????」

まだ見ていられる、この絵は魔力でもあるのか? 悲しい色使いなのに楽しくて、美しい、きっとこの俺は幸せだろうな、ずっと笑っていられて、でもそんな人生を歩みたいな、この絵は、きっと魔法使いが描いたのだ、この世でただ一人の、俺の目の前にいる、きれいで、才能のある。

「わかったわ、うん、そうだわ」

「? どうしたの?」

「前言ったこと、覚えてる?」

「えっと~ああ、CDジャケットの話?」

「それ、俺のデビューシングルの頼める?」

「いや、できないよ、君みたいなすごいシンガーのなんて」

「まだすごくない、それに、俺は君がいいんだ、君だから頼みたい」

「そんなこと言われても」

「えっとさぁ、俺は好きなんだ、この絵も、この絵を描く人も」

「待ってよ、待ってよ、そんな、いや違うの、君は兄妹みたいだなって思ってて、そういう感じなんて思ってなくて」

涙を流し始める

「ちょ、そんなにいやだった?」

「違う、いやとかじゃなくて、ちがくて、そんなこと言われたことなんてなかったし、それに、こんな女なんてダメでしょ、そんな、ダメだよ」

「ダメじゃないんだよ、それが」

「どうして?」

「いやだから、どうしてもこうしてもその~うーむ。ああ、そうだよ、好きなのに理由がいるかい?」

「要るよ! なんで」

「じゃぁ、わかった、聞いてよ、俺の曲」

「え? どうして」

「いいから」

と、私は椅子に座らされ、泣きながら彼の歌を聴いた

「今まで意識はしてなかったんだけど、今思い返したらこの曲って唯さんのために描いてるみたいだなってさ」

そう言い、歌いだす、その曲は恋の歌だった、いつでも届く場所にいて、でも届かなくて、でもいとおしくて、きれいで、自分は汚くて、ダメなのに、手を伸ばしてしまう、でもその手は届かなくて、それは雲のように消えるけど、2人の想いは晴れない、そんな歌

「届かない人がいたの?」

「その人に届かないなら届く人に届けばいいってそう思った、でも違うんだよ、届かないから、人同士なんだよ、中身なんか他人にはわからだから、必死に手を伸ばして触ろうとする、それがヒトなんだよ、それが恋で、愛なんだよ、なんてなんか恥ずかしいな」

「いや、恥ずかしくなんてないよ、なんかかっこいいんじゃない?」

 涙目だったかもしれない、今までで一番不細工だったかもしれない、でも、これでよかった、だって今は幸せだから。

 

 俺は、まぁ隠さず言うなら、すごく売れた、それに彼女も個展を開くほどになった、きっとハッピーエンドになる、わかんないって素晴らしいな、伝えたいことは伝わらない、だから、言葉に、歌に、絵にする、伝わらなくていい、でも伝わたらちょっと嬉しい、そんな人生が幸せであるように、願いを込めて。

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(仮) 里芋の悲劇 @satoimonohigeki

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