冒険者が来る

唐傘人形

第1話 逃走

 "始まりの洞窟"と呼ばれる駆け出しの冒険者が挑むダンジョンがある。

 低級の魔物が住む比較的安全とされている場所だ。

 

 一匹の魔物が逃げ込むように、その洞窟へと走っていく。

 薄い水色の毛に覆われた洞穴兎ほらあなうさぎだ。

「やばい、やばい!」

 洞穴兎は叫びならが走り回る。

 

 そんなに様子を見ていた闇猫ダースキャットは笑う。

「何怯えているんだ?」

「棺桶引きがやってくるんだ!」

 闇猫は大笑いした。

 棺桶は死人を入れるための箱である。

 この辺りで、そんなものを愛用するのは駆け出しの冒険者位だ。

「棺桶引いているなんか弱いに決まっているニャン」

 闇猫は洞穴兎に猫パンチを繰り出してみせた。

「知らないのか。

昼夜問わず延々と液魔スライムを一人で狩り続けていたんだぞ」

「液魔って、最弱の魔族だ。

そんな小物としか戦えないなんて、やっぱり雑魚ニャン」

 洞穴兎と違い闇猫は洞窟から一歩も出たことはない。

 外の世界を知らないと言うのはどれだけ幸せなことなのだろうか。

 闇猫には、迫りくる驚異が理解できないようだ。

 洞穴兎は哀れに思いつつ、その場を去ることにした。

「俺は逃げるからな」

「だから、君は何時まで立っても最弱なんだニャン」

「ふんっ、後悔しても知らないぞ」

 洞穴兎は奥へと逃げていく。


 暫くすると何かを引きずるような音が洞窟内に響いてきた。

 ひ弱そうな棒を持った女だ。

 ボロボロの布の服を着ている。

 普通の冒険者なら、この洞窟にだどりつくまでに皮の装備を身に着けているものだ。

 それすら買えないほどの実力しないのだろうと闇猫は笑う。

 ある程度、戦えば全身を皮の装備に固め、それなりの武器を買う余裕すらある程稼げるのだ。


 洞窟内は壁が薄明るく光っている程度で、人間の目では殆ど見えないだろう。

 闇猫の目には昼間のように明るく見えている。

 静かに気配を消し後ろに回ることも容易い。

 実際、背後を取り首筋を狙うことができた。

 闇猫は鋭い爪で、その細い首を引き裂こうとした。

 だがその爪が届くことはなかった。

 重い一撃で額が砕け絶命したのだった。

 闇猫はどす黒い紫の霧となって消滅した。

 そして体内にあった魔石が床に転げ落ちた。


「哀れな魔物に祝福を」

 女は祈りを捧げると、魔石を拾った。

 そして奥へと歩みを進めて行く。


 

 

 

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