第43話 スパとゲッティ
「ゆうくん、ごめんね?」
「…だめ。」
「寂しいなぁ…こっち向いて?」
「やだよ。僕は怒ってるんだ。」
「でも裸んぼーだよ?」
「……裸んぼーで怒ってるんだ。」
「私も裸んぼーだよ?」
「…………。」
「こっち向きたくないの?」
「………向きたい。」
「もっとくっついちゃお。」
「はぅ…。」
「ねぇもう許して?キスして?ね?」
「……怒ってるからね?怒りながらなんだからね?」
「うん♡いいよ♡たくさん怒って?」
「こ、このー!怒ったぞぉー!」
「ゆうくん♡きて♡きて♡」
……………………
ハーレム部…嫌だなー…。
帰宅途中ずっと考えていたんだけど、やっぱり僕はハーレム部とやらが気に食わなかった。
「今日あやめちゃん家で勉強会!ご飯いらない!夜迎えに来て!」
自宅に到着した僕達と入れ違うようにして泉が出掛けて行った。
よし。泉もいない事だし、この際夫婦喧嘩になってもいい!僕の気持ちもちゃんと言いたい!と鼻息を荒くして楓ちゃんに抗議したんだ。
「僕は楓ちゃんが居ればそれでいいんだ!何であんな事するの?僕は嫌だからね!」って。
そしたら、「ちょっと来て。」って。
僕の部屋に連れて行かれたんだ。
僕は怒っていたんだよ?
けど、裸になっていたんだ。
…不思議。
僕は怒っていたんだよ?
けど、凄く夢中になっていたんだ。
…不思議。
僕は怒っていたんだよ?
けど、今はなんか、幸せで一杯。
…不思議。
……………………
「夕君…幸せ。」
「僕、怒ってたのに。」
「もう怒ってないの?」
「…怒ってほしい?」
「今みたいのなら大歓迎♡」
「ちょっと休んだら怒れる。」
「あはは♡でもご飯作らないとね♡」
「ご飯食べたら怒れる。」
「もう♡おこりんぼさん♡泉ちゃん迎えに行かなきゃでしょ?」
「泉め。」
「何食べたい?」
「かえ、、、」
「私以外で。」
「えー…じゃー…あったかい物かな。」
「だいたいそうじゃない?じゃカレーにしよっか。」
「具、大きめに切ってね。」
「うん♡」
私が食事を作っている間、夕君はテレビを見ている。
いつもなら泉ちゃんが私の隣りにいて、喋りながら作っているけれど、今日は一人だ。
このシチュエーションはあまりないから、新婚夫婦みたいで嬉しいな。
そういえばさっき夕君怒ってたなー。
激怒とかじゃないけれど、不満だ!って感じだった。
ハーレム部はお気に召さないんだね。
けど、あの子達の想いは強いからさ、管理していないと不安なんだよね。
私が。
だから夕君にはごめんだけどさ、私の為と思って許してね。
さっきは夕君が欲しくなっちゃって有耶無耶にしちゃったけれど、ご飯中にでも謝ろっと。
「出来ました!」
そう言うと、スプーンとか飲み物をセッティングし始める夕君。
私がお皿に盛り付ける間には準備が出来ている。
「「いただきまーす。」」
「わっ!ジャガイモほくほく!」
「具が大きめだからさ、圧力鍋使ってみた。怖いねあれ、けっこードキドキした。」
「プシューってなるもんね。ヤケド心配だからもう一生使わないでいいよ。」
「ダメだよ!あれがあるから今日のカレーも短時間で出来たんだよ?使いこなすんだから私。」
「そう?僕も後で安全な使い方調べとく。」
「うん♡そだ、美味しい?」
「あ、ごめん美味しい!圧力鍋の事で頭一杯だった!あはは」
「よかった♪夕君さ、コロッケ以外は何が好きなの?」
「そうだなー…なんだろなー…。あ、焼きそば!」
「え、そうなの?この一ヶ月で一度も食べてなかったよね?」
「あとミートソースのゲッティ。」
「ゲッティって言う人初めて見た。」
「あとナポリタンのスパ。」
「それはナポリタンで良くない?スパいらなくない?あとスパとゲッティはセットだから。」
「ツッコミ冴えてるねー。面白い。」
「ちょっと興奮した。」
「「アハハハッ」」
「いやいや、夕君、焼きそばの話だけど。好きなの?」
「好きだよ。目玉焼き乗ってたら最強。」
「じゃ明日作るね♪」
「え、いいの?緊張する。」
「あはは、安上がりだねー助かる。」
「楓ちゃんは?」
「ねぇ夕君。今は何か呼び捨てにされたい気分だよ。」
「わかった。じゃ楓、星見に行かない?」
「話題も変わるの?!」
「変わるよそりゃ。ロマンティックになるもの。」
「発音も良くなるのかー。あ、ハーレムの件だけど…ごめんね。」
「……僕さ、書道家になろうかと。」
「何よ急に。」
「神田流ってね。今思いつきました。」
「素敵ね。でも夕君、字はふつーだよね?」
「下手うま。もうね。自信しかない。」
「そーでもないよ?絵の方がうまくない?」
「絵もいいね。何でもいいんだ。自宅で出来れば、何でもいい。」
「そーなんだ。夢があるのかと思った。」
「ねぇ、楓。想像して?僕の仕事場にね、君が時々お茶を持ってくるんだ。赤ちゃんを抱っこしながらね、パパーお疲れさまーって。」
「素敵!それ、言いたい!」
「でしょー?僕はね、赤ちゃんをあやす君を見ながら、仕事をするんだ。すくすくと育っていく子供と、愛する君を眺めながら。『あ、また笑った、あ、何か喋った!』とか言いながらね。微笑ましいでしょ?僕は、そんな毎日を送りたいの。すっごくすっごく幸せなんだ…。それが、僕の夢だよ。」
「嬉しい。嬉しいよ夕君…。」
「ふふっ。ねぇ楓。君が僕の夢だよ。君が居てくれたら、それでいいんだ。」
あっ…
「夕君…ごめんなさい…ごめんなさい。私…私…。」
「うん。ハーレムの件、もういいよ。今更変えられないもんね。それに、なんとなく気持ちも分かる気がしたよ?きっと好き勝手されるよりはさ、部にした方がまとまるもんね。ただ…君が喜ぶなら皆を甘やかすけど、あんまり気は進まないんだよ?そこは分かってね。」
「うん…うん…ごめんなさい…。」
「楓、愛してるよ。」
「夕君…私、幸せすぎ。」
「僕もー。」
「…ぅん。…あ、美味しいキスだね♡」
「スパイシーだったね。」
「おかわり下さい♡」
「いくらでもどーぞ。」
……………………
嬉しかったなぁ…。
私は食器を洗いながら先程の会話を思い出していた。
夕君が私との未来を考えてくれていた。
もう赤ちゃんまでいて…うふふ♡
そんな光景簡単に想像出来ちゃうよ♡
はぁ♡そうなったらいいなー♡
……けど…反省しなくちゃな…。
フランスでは、ずっと夕君の事ばかり考えていたけれど、もう今は想像より先の未来だよな…。
想像は、言わば練習だ。
想像の中で、あれこれシュミレーションすれば、少しは対策が練れるから。
最初の泉ちゃんや美咲ちゃん達への挨拶だって、私がずっと家族やライバルを意識していたから出た言葉だったし。
でも、思えば私はずっと一人で考えていた。
一人の時間が長すぎて、いつの間にかそういう癖がついてた。
今日、初めて夕君の口から不満を聞いた。
初めは怒らせちゃったなーくらいにしか思っていなかったけれど、夕君の語る未来、私を夢だと言ってくれた言葉を聞いてハッとした。
私は夕君の気持ちを無視してた。
私の気持ちを押し付けていた。
彼女達とも円滑に進めたい私と、純粋に私だけを見てくれる夕君の違い。
高校卒業までを見据えた私の想像と、もっと先を見据えた夕君の想像。
私達はセット。
スパとゲッティだ。
相談すれば良かったんだ…。
まずは二人で考えるべきだった。
そうすれば、ちょっと違った関係があったかもしれない。
反省。
ん?なんかウロチョロしてるな…。
あ、そろそろ泉ちゃん迎えに行く時間だからそわそわしてるんだ♡可愛い♡
「そろそろ行こっか♪早く会いたいね♡」
「うん!」
今日、思いがけず体験出来た新婚生活。
カレー味のキスは、楓を少し成長させた。
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