第41話 他人事
『小さい秋見つけた』
童謡である。
僕は昔からこのフレーズが気になっていた。「小さい秋って何だろう。」と。秋は季節だから、大きいも小さいもないはず。けど、きっと栗とか、紅葉とか、小さいけれど秋っぽい物、そんな物を見て「秋だなぁ」と思ったんだなー素敵なフレーズだなーって思ったのが中1の頃。
そして今、僕の手の中には小さい恋が握られている。
1時間目終わりの10分休み、トイレから教室へ戻ろうとした所で、遥ちゃんからそっと手紙を渡された。
手紙、というかメモ用紙数枚を小さく折り畳んだものだけど。
「急いで書いたからそんなやつでごめんね。ラブレターです。授業中に読んでね。」と囁かれた。
…あれ?さっきは友達って…え?
少し混乱した。
しばらくその場で立ち尽くしていた僕だったが、チャイムの音で慌てて席に戻った。
楓「おかえり。」
夕「うん。」
友紀「遅かったね。」
夕「うん。」
自分でも分かる。
心ここにあらずだ。
さて、2時間目は現国である。
開いた教科書で隠すようにして、手紙を開いて読んでみた。
『神田 夕 君、あなたが好きです。突然の告白ごめんなさい。さっきは友達に、なんて流れだったのにね。本当は、少しずつ仲良くなってから…とついさっきまで考えていたけれど、沸々と湧き上がる感情を抑える事が出来ず、今こうしてお手紙をしたためる次第です。あのね、神田君。私はやっぱりあなたが好きみたい。婚約者がいるし、あからさまに強い想いを寄せる二人がいると知っていても、あなたが好きです。私はあなたの笑顔が好き。話していると穏やかな気持ちになるし、楽しくて、温かくて、ずっと一緒にいたいと思うんです。こんな一方的な想いなんて迷惑だとは思います。そんな事は知っています。けれど、私は迷惑をかけたいんです。その他大勢じゃ嫌なんです。友達以上の、あなたの何かになりたいんです。この告白が断わられる事なんて百も承知です。だけど、叶わない恋が全て悲劇だとは思わないでね?私とすれば、断わられる事なんて、あなたを想うこと、それも公然と想える事に比べたら何でもありません。むしろ、誰にも隠さず、誰も恐れずにあなたを好きと言える事が嬉しくて仕方ありません。このラブレターはその為の切符なんです。神田君、怖がらないでね?私が勝手に恋をするだけだからね?あなたに出会えてよかった。 好きよ、神田君。大好き。
PS:この手紙は、向井さんと二人にも見せて下さい。決意表明なので。
水野 遥』
余す所無く用紙にびっしりと書いてあった。メモ用紙、真っ黒だもん。
それにしても…。
いやいや、怖がらないでって…ムリだよ…。
いきなりだもん、ちょっと怖いよー。
どーしたんだい遥ちゃん…。
やだ…こっち見てくる…。
読んだ?読んだ?って顔してる…。
美咲と友紀ちゃんはさ、元々仲良いからさ、この二人からの告白は単純に嬉しかったけど…遥ちゃん…よく知らないし、どーしよ。
でも…内容は凄いな…ごめんね、急なやつだから引いちゃったけどさ、内容は凄い。
…うん。凄いわ。
読み返してみたら…何か嬉しくなってきたな…。
先々なんか知らねーって、好きだから好き、そう言える事が幸せーって。
そーゆう事でしょ?格好良くない?
だけど、彼女の男にはなれない僕。
この先もずっと振り続けなければならない。
僕としては辛いけれど、私のために苦しめと彼女は言っているんだ。
言い回しは違うけれど、美咲や友紀ちゃんと同じ事を言っている。
全く。難儀なものだ…。
だけど、いいよ、その気なら。
僕と楓ちゃんで完膚なきまでに振り続けてあげる。
君が音を上げるその時までね。
よし。覚悟は決まった。
こちらを見て、何度も確認してくる遥ちゃんに頷きで返し、楓ちゃんに手紙を渡した。
びっくりしつつも、何度も読み返しては、頭を抱える楓ちゃん。うんうん、分かるよ。僕達は一心同体だからね、僕への迷惑は即ち楓ちゃんへの迷惑だからね。ごめんね。
しばらくして、彼女は小さく「仕方ないね。」と言って笑った。
友紀ちゃんも美咲も楓ちゃんと同様に頭を抱えていた。美咲なんか「はぁ?」って思いっきり声出ちゃってた。友紀ちゃんはこちらに振り向いて、「負ける気しねー。」ってちょっと怒ってた。口調がヤンキーだった。
そして昼休み。
僕の席の周りは荒れていた。
遥「そういう事なんで、向井さんごめんなさい。ご迷惑をおかけします。」
楓「あのね、水野さん。謝るくらいなら諦めてくれる?私だって誰でも許す訳じゃないの。私の男に手を出したいのなら、まずはあなた自身に、私が認めるだけの何かがないとダメ。悪いけど、あなたはスタートラインには立ててない。出直してきて。そもそも、あんな手紙一つでこの二人に並べると思わないでね。」
おっと…。予想外の展開。
ベイビーがキレている。こわい。
美咲「委員長。好きになるのは勝手だけど、ちょっとうちらナメ過ぎじゃない?あんたが土俵に立てるほど夕の何を知ってる訳?邪魔なんだよポッと出が。残念だけど諦めな。」
友紀「だいたい、委員長は夕君の友達にもなれてなくない?昨日の件で調子乗っちゃった?私達の関係に憧れただけで、中身スカスカじゃん。それにさ、切符?笑わせないで、切符を出すのは楓ちゃんと夕君だからね?委員長じゃないからね?勘違いしないで。」
夕「ちょっと、、、」
楓「夕君黙ってて。」
…ウソでしょー…えー…みんな…えー…ヤンキーみたいだけど…えー…
遥「…私…は…私は、私はここから始めたい!!調子に乗ってたかもしれない、神田君の事を知らないかもしれない、そうよ、友紀ちゃんの言う通り友達にすらなれていないよ!!…そうだよ、私には何もないよ……だけど、好きなの!!好きで好きで…もう見てるだけじゃ嫌なの!!だから…だからあなた達とも一緒にいたい。そうじゃないと神田君と話せない…。仲良くなれない…。私は…私は、神田君をもっと知りたいよ…私は近くで…笑顔が見たいよ…。ポッと出だって…好きなものは好きなんだよ!!ねぇ…今からだって出来るでしょ?ダメじゃないでしょ?!私だって女だもん!!好きな男の側に居たいよ!!神田君の側に居させてよ!!」
教室中に響き渡る声で彼女は叫んだ。
泣きながら、がむしゃらに恋を叫ぶその姿は、大和撫子とは程遠く、醜く、普段の彼女とはおよそかけ離れていた。
だが、その迫力と想いの強さに、クラスメイトの誰もが皆心を奪われ、その後の展開を固唾を呑んで待ち望んでいた。
楓「はぁ……全く全く全く…もう!!いい?水野さん。もし私から夕君を奪うつもりならば、命、かけてね。私はあなたを、認めます。」
美咲「やるじゃん。見直した。あんた今日ヒマ?放課後タピらない?」
友紀「遥ちゃん、ハーレム部へようこそ♪」
遥「グスッ…グスッ…ありがとう…ありがとう…」
クラス中で沸き起こる歓声と拍手の中、泣き顔で3人と握手を交わす遥ちゃん。
…ハーレム部なんか無いよ?
しかし凄いものを見せられたな。
僕の発言権が無いのもびっくりしたけれど、何か熱い展開だったな。
んー。さっきまでは手の中に収まる程の小さい恋だったのにな…なんだかな、クラスを巻き込む程に大きくなっちゃったね。大変だね。
告白を受けたのは自分なのに、発言権もなく、ましてや返事もしていない。勝手に物事が進んで行く様子をただ見ているだけの状況。「大変だねー」そう他人事のように思うしかない夕君であった。
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