第26話 恋愛脳



合格率98%以上!有名進学校への合格率地域トップ!実績のある教師陣!受験上等!



私が通う予備校の謳い文句だ。学力別にクラス分けがされていて、私は特進Aコース、つまり有名進学校受験向けのクラスに属している。そんな環境において、私は特に有名校を目指していない稀有な存在。クラス分けのテストの成績が良かったので必然的にこのクラスになっただけである。今は講義中。ハチマキを巻いた講師が忙しなくホワイトボードに書き連ね、熱弁を振るう。皆必死にノートをとり、熱心に話を聞いている。そして私は上の空。



辞めようかな。ここ。



私は生まれつき記憶力がいい。なので一度見ればすぐに覚えるし、あまり忘れない。だから、友達には申し訳ないけれど、テストで苦労した事はないし、勉強で辛い思いをした事がない。そもそも、どの授業にも興味を持った事がないし、100点を目指した事も無い。80点でいいし(まぁだいたい90点以上だけど)、勉強をする時間があるならば家事や家族との時間に費やしたい。教師の勧めや、友達に誘われたから夏の間だけ予備校に通ってはいるけれど…あまり意味がなさそうだ。


学生の本分は勉強。これが、テストや受験に関する事だけを意味するのであれば、私は優秀な方だと言えよう。



そんな、優秀な私にとって今一番の悩みといえばズバリ恋愛。


今日、予備校帰りに告白を受けた。相手は同じ予備校に通う、隣りの中学の子。成績優秀でスポーツマン、顔も良い。「受験が終わったら付き合って欲しい。」とかなんとか言っていた。



告白は、中学に入ってから10回以上は受けているが全て断った。なぜなら、兄以上の人はいないから。それは、兄に恋愛感情を持つ前から思っていた事で、少なくとも、恋人とは兄以上に熱中出来る人でなければ成り立たない、と思っていたからだ。



兄への告白を経て、今は、兄への恋愛感情は影を潜め、単純に純粋な愛しかないと感じているので、恋人、つまり私の隣りに立つ存在、が今後現れる事については、以前よりも現実的に考えられるようになった。ただし、困った事に想像が、出来ない。



最近出来た姉。彼女は凄い。


私は兄の一番の理解者であり、14年間兄からの愛を一心に受け続けてきた存在。それを、一瞬で飛び越えて兄の隣りに立つ人となった。


何より、私が、この私が、彼女に負けを認め、尊敬し、本当の姉になる事を望んでいる。


そんな自分への驚きはあるものの、全くと言っていい程に違和感を感じていない。さらに、ここ数日の間で、姉を含めた家族との時間がどんどん心地よく、自然なものになっている。それはとても幸せで、姉の居ない生活はもう考える事が出来ない。彼女は、凄い。



恋愛。


友達やドラマで見聞きする。何より兄と義姉を見ている。恋は過去形、気づけばしていた落ちていた。昨日兄はそんな事を言った。納得はしている。けれど、少し憤りも感じている。だってそんなの奇跡じゃない?私にそのタイミングはいつ来るの?て言うかそもそも来るの?…別に焦っている訳ではないが、少し心配になってしまう。



「受験が終わったら付き合って欲しい。」



…は?兄や、姉、昨日聞いたマスターならそんなヌルいこと言うかな?好きなら止まれないのでは?私はホテルの予約か何かですか?受験は大事だよ?けど両成敗出来るくらいの気合がないと伝わらないと思う。


なんか腹が立ってきて「ごめんね。好きな人がいるの。」そっけなく返事をしてしまった。気持ちは嬉しいけどさ…。


もしかしてタイミングを棒に振った?自分からタイミング逃しちゃった?


分からない…。


私は優秀なハズなのに…。



………………



泉「ごめんね急に。」



美咲「いーよ別に。暇だったし。」



友紀「私も。で、どした?」



恋愛に悩む同士。彼女達の場合は片思いで、私より一歩先を行っている。この話しやすい先輩達に相談に乗って貰うため、駅前の喫茶店に集合をかけた。



泉「あのさ、お兄ちゃんの事いつ好きになったの?恋ってさ、いつ落ちるの?」



美咲「はー?何それめんどい。優等生か。」



友紀「知らんがな。だよ泉ちゃん。そんなん気づけば好きになってんだよ。」



泉「嘘でしょ?!酷くない?!カッチーンだよ!」



美咲「だいたいさ、恋の始まりに一々イベントとかないよ?危ない所助けられましたーとか漫画じゃあるまいし。恋は日常。分かる?ご飯食べんのと一緒。夢見ちゃダメだよ?」



友紀「そうそう。特別な事じゃないの。大事なのは実るかどうか。だからね、泉ちゃん、あなたの兄貴に私をもっと、構うように言ってくれない?2番でいいの2番で!初めてを捧げたいのです!」



美咲「友紀、あんたさり気に2番主張するよね、2番でいいなら3番で良くない?私は、2番『が』いいの!そ、そ、そして初めてを…」



友紀「はいはい。美咲ちゃん、そもそも1番と言わない私達の情けなさ自覚してる?もうさ、2番以降は全部2番で良くない?私達で争ってる場合じゃないの!協力してどうにかおこぼれをって泣きたい!」



美咲「は?何それファンクラブ会員か。いい?私達は楓の下に居るんじゃないの。ちょい下なの。ここ重要。いい?いつか、楓がミスった時に颯爽と夕を奪い去る立ち位置。違う?だから私は順番にはこだわるんだよ!泣いてる暇はないんだよ!」



泉「あっはははははは!ごめんごめん私が悪かった!その争いもうやめてー笑いすぎてお腹痛いー」



友紀「ふふっ元気出たね!」



美咲「泉ちゃん、あんたが悩むのはさ、1番近くにある恋愛が眩し過ぎるだけだよ。だから見えないだけだよ。あの二人はちょっと特別だからね。」



友紀「そうそう。落ち着いたら勝手に恋するんじゃない?まぁ夕君が側にいる限りどうしても比べちゃって上手く行かないならさ、もう夕君で良くない?そんで将来的には無人島で皆で暮らさない?」



美咲「夢あるねそれ。私働く!無人島買うわ!」



泉「うわぁ!それ最高!誰も不幸にならないし!」



美咲「ところで泉ちゃん、私の事もお姉さんと呼んでもいいんだよ?」



泉「ムリ。」



美咲「2文字!」



友紀「わ、私はまだ拒否されてない~セーフー♪」



美咲「聞いてみ?」



友紀「ムリ。」



美咲「2文字!いや、聞けよ!私だけ敗者にしないでよ!」



泉「友紀ちゃんは考えとく。」



友紀「っシャー!!」



美咲「あのー泉ちゃん?ケーキ食べる?パフェでもいいよ?ね?」



泉「あははは!ほんと逞しい!」



こんな感じで、この後も楽しい時間を過ごした。



この優しくて、逞しくて、素敵な先輩達に掛かれば私の悩みなんてひと息で吹き飛ぶ塵のようだった。


たしかに、考えたって仕方ないし急ぐ必要もない。それに、友紀ちゃんが言うように、何歳になっても私が一人だったらもうそれはお兄ちゃんに責任取って貰おう。それはそれで楽しそうだし、きっとおねーちゃんも受け入れてくれるもんね。つまり、悩む必要は無いって事だ!この2人にはお世話になっちゃったなー。今度会った時は美咲姉と友紀姉って言ったら喜んでくれるかな?取り敢えず、お兄ちゃん達には内緒で今度お泊りに誘った。「つまみ食い…」とか「ちょっと借りて…」とか悪い顔して呟いてた。ふふっ♪これからも楽しくなりそうだなっ♪



学生の本分は勉強。泉にとって二人の恋愛脳から受けた講義は、ハチマキ先生の熱血指導よりも余程に響いた。


兄が聞いたら「悪影響だ…」と嘆くかもしれないが…

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