第七章 王都メダリアン

 シルフも仲間に加わり(今まで見えなかっただけで、ずっと一緒に居たのだが)、一行は足取り軽やかに王都メダリアンへの道を再び歩き出した。


 この森を抜けてしまえば、目的地は目の前だ。


 まあ、三日程歩き続けなければ森は抜けられないのだが……


 元々行こうとしていた森を迂回するルートだと、もっと時間が掛かるのだ。


 そう思えばこれくらいの道、何てことなかった。


 それに、シルフの加入で話題には困らなかった。


 お喋りしながらどんどん進んで行く。


 そして、あっという間に王都へと辿り着いてしまった。


「わあ、もう着いちゃいましたよ!」


 木々の隙間から城が見えると、カノンははしゃいで走り出す。


「思ったよりあっさり着けたね」


「ああ、アレンとシルフのお陰だな」


 アレンの言葉にジークが答えると、キラキラと音を立てて姿の見えなかったシルフが現れた。


 普段は魔力の温存の為姿を消しているが、話しかけたい事があるとその度に姿を現す。


 姿を消している間、契約者であるアレンとは会話ができるが、それ以外とはできないようだ。


 フワリと浮かびながら、ニヤリと笑うシルフ。


「フフ、もっと褒めても良いのだぞ?」


「ああもう、うっせ! 行くぞ!」


 そんなシルフの態度にジークは溜息を吐き、足早に進み始める。


 仲間になったとはいえ、ジークはシルフを気に入らないようだった。


 あまり慣れ合おうとは思えないらしい。


 そんなジークに、シルフはやれやれと苦笑する。


 シルフ自身、ジークとはあまり仲良くなれないと思っているらしい。


 心配そうな表情をするアレンに肩を竦めると、また姿を消してしまった。


「もう、ちゃんと仲良くしてくれよ?」


 そうシルフに呟き、アレンは二人を追い、駆け出した。


 王都は高い壁で四方を囲まれている。


 入るには東西南北にある四つの扉を通る必要がある。


 そこでは、兵士たちが怪しい者が居ないか目を光らせていた。


 魔物達から人々を守る為、警備には万全を尽くしているらしい。


 その警備の厚さに感心しながら、三人はその兵士の前を通る。


 門を潜ればいよいよ王都メダリアンだ。


 城下町には、大きな店や家が所狭しと並び、沢山の呼び込みの声が聞こえる。


 老若男女問わず、沢山の人々が往ったり来たり。


 空を見ると王都と他の町を結ぶ飛空艇が飛んでいる。


 今まで見た事も無いような活気に、三人は胸を高鳴らせた。


「凄い凄い! 都会ですよ都会!!」


「本当だね、人も建物も沢山……!」


「ああ、賑やかだな……目が回りそうだ」


 出国許可を得るには、ここから中心部にあるメダリアン城に行かなければいけない。


 城は大きく、町の端からでも目視できる。


 勿論、城を実際に見たのも三人共初めてだ。


「あそこに向かえば良いんだよね?」


 アレンが城を指差し言う。


 ジークはそれに頷いた。


「ああ、そうだな」


「じゃあ早く行きましょうよ!」


 ジークの言葉を聞くなり、カノンは駆けだした。


 大きく賑やかな町、豪華な城、どれもカノンにとって魅力的なものなのだろう。


 アレンとジークもカノンの気持ちはなんとなく想像がついているようで、速足に着いて行った。


 城は近付けば近付く程大きく豪華な作りになっていることが分かる。


 円形に堀で囲まれ、更にその内側に高い城壁を設ける事で守られている。


 城に入るにはたった一つの門を潜るしかない。


 門を潜るとすぐ城の中……という訳ではなく、花が咲き乱れる美しい庭園が広がってる。


 出国許可を得ようとする者は多いらしく、庭園に人の列が出来ている。


 理由は様々だろう。


 新境地で生活を始めようとしている者。


 故郷へ帰る者。


 旅行へ行く者。


 旅行から帰る者。


 此処には、様々な理由を持った者達が集っている。


 勿論、それにアレン達だって含まれている。


「うわあ、思ったより並ぶんだね……」


「私、並ぶの嫌ですー……」


 遥か先、行列の前を見ようと背伸びするアレン。


 その横でカノンは愚痴を零している。


 流石のジークも、参ったといった顔をしている。


 目的の達成まで時間が掛かりそうだ。


 ……しりとり等をして時間を潰す事一時間、ようやく三人の番が回ってきた。


「お次の方、どうぞ」


 係の人が案内してくれる。


 着いて行くと、賢者と思わしき老人が机に座っていた。


 その隣には老人と契約を結んでいるのであろう、背の高い男の精霊が立っている。


 そして、机には、何やら魔法陣の描かれた紙、地図が置いてある。


「おお、お若い方々じゃのぅ。このファーミッドから出るのは初めてかい?」


 立派な長い髭を触りながら、老人は尋ねる。


 アレンはそれに首を縦に振る。


「僕達、スィーアに行きたくて、許可を頂きに来たんです」


「ほう、スィーア……」


 老人は少し考えるような表情をする。


 暫くして、地図を指して言う。


「……なら、『ベリタリューテ王国』を経由しなければ」


「ベリタリューテ……」


 アレンもその国名を復唱する。


 『ベリタリューテ王国』は、このファーミッド王国の北に位置する隣国だ。


 大きな王政の国で、自然と財産に恵まれた豊かな国だ。


 ファーミッド王国とは友好な関係を結んでおり、人の行き来も多い。


「ベリタリューテの『マーリャ』という港町からスィーアへの船が出ておる。ベリタリューテの王都へ出国許可を得に行かねばならんが、一番安全なルートじゃろう」


 ルートを指でなぞりながら説明する老人。


 パッと見た感じでは遠回りに見えるが、陸路だと険しい山道を通らねばならないようだった。


 確かに確実で安全な道なのだろう。


「分かりました、ありがとうございます」


 言われたルートを自分達の地図に書き加え、礼を言うアレン。


 老人は機嫌良さそうに目を細める。


 若者が一生懸命なのは、見ていて微笑ましいものだ。


「ではベリタリューテへの出国許可を与えるからの、ちと色々確認させてもらうぞ?」


 そう言うと老人はモノクルを掛けた。


 左目の不思議な模様が、拡大されてよく見える。


 老人はアレン達三人をじっと見つめた。


 アレン達はこの老人が何をしているのかよく分からなかった。


 頭の上に「?」を浮かべていると、老人はジークに話しかけた。


「魔物ではない、が……お前さん、最近闇魔法を掛けられた事は?」


 ジークの心臓がギクリと大きく鳴った。


 アレンとカノンも驚いた表情をしてジークを振り返った。


「え、ああ……この間、洗脳の魔法を……」


 動揺しながらジークが言うと、老人はふむ、と顎を触る。


「お前さんの体内に、微量ではあるが闇の魔力が残っておる。闇の魔力の影響は侮れんでな、最近はその規制も厳しくなっておるんじゃ」


 そう言いながら老人は精霊に手で指示を出す。


 ずっと隣で黙って立っていた精霊が近付いて来る。


 ジークは自分だけ許可が下りないのではないかと心細くなり始める。


 そんな内心を老人は見透かしたのか、笑って言う。


「まあ、心配せんとも相棒がその闇を払ってくれる。安心せい」


 老人が話している間に精霊はジークに手を翳し何やら魔法を掛ける。


 優しい光が、ジークを照らす。


 三秒くらいそうして、精霊は手を退かした。


「よしよし、これで闇の魔力は消えた。もう大丈夫じゃ」


 あまり見た目は変化していないようだが……。


 魔力の変動の感知には自信のあるカノンも不思議な顔をしている。


 しかし、ジーク自身はなんだが胸が軽くなったような感覚を覚えていた。


 老人は、ジークのほんの少しの表情の変化を見て笑んだ。


 全てお見通しとでも言うようだった。


「では改めて、出国許可を与えようかのぅ。精霊と契約を結んでいる者は出て来てもらっておくれ」


 その言葉を聞き、アレンはシルフに呼び掛ける。


 するとシルフは姿を現した。


 老人は少し驚いた顔をする。


「シルフ、久しぶりじゃないか……」


「ああ、久しぶりだな、賢者殿」


 え、知り合い?


 三人は、交互にシルフと老師を見つめる。


「お前さん、男と契約しとるんか……とうとうそっちの気が」


「おいおいやめてくれ……! こちらにも事情があるんだ」


 あらぬ誤解をされそうになりシルフは眉間に皺を寄せる。


 けれど、すぐに懐かしげに笑った。


 老人も、懐かしげな表情を浮かべている。


 どうやら古い知り合いのようだ。


「賢者様、後ろ閊えてますよー?」


 係の人が困った様子で声を掛けてくる。


 それを聞いて老人は気を取り直す。


「こっちも仕事が忙しくてなあ……またゆっくり話でもしようや」


「ああ、是非。楽しみにしているよ」


 そう言ってシルフは、老人に左手の甲を上にして差し出す。


 その行動に三人は不思議そうな顔をする。


「そうか、お前さん達は初めてじゃったな。ほれ、同じように手を出しておくれ」


 老人に言われ、三人も同じように手を差し出す。


 老人は何やら呪文を唱え出す。


 すると紙に描かれた魔法陣が光り出し、四人の手の甲に全く同じ魔法陣が刻まれていく。


 暫くすると、光が収まり四人の手の甲に完全に魔法陣が描かれていた。


「国境でそれを兵に見せなさい、通してもらえるからの」


 老人がそう言うと、係の人が近付いて来て出口へ案内してくれる。


 四人はそれに従い出口へ向かう。


 部屋を出る直前、シルフは立ち止まり老人を振り返った。


「賢者殿、次会う時は、『魔王の居ない平和な世界』でな」


「!」


 その言葉に老人は息を呑んだ。


 あのシルフが無意味な言葉を発する筈が無い。


 必ず、確信を持って、言葉を話す。


 ……まさか。


「まさか、あの少年が……」


 新たな、勇者なのか?




「シルフ、何話してたの?」


 後から追い付いて来たシルフに、アレンは問い掛けた。


 するとシルフはふっと笑み、唇に人差し指を当てた。


 どうやら教えてはくれないようだ。


 それにアレンは不思議な顔をしていた。






「此処、ファーミッド王国とベリタリューテ王国の国境は高い壁で仕切られている。通るには、壁の何か所かに作られた関所を通る必要がある」


 広げられた地図の国境を、そっとシルフが指でなぞる。


 出国許可を得て城を出てから、一行は街の料理屋に入ってベリタリューテに向かう道筋を考えていた。


「その関所っていうのは、これだね」


 アレンがマークのついている箇所を指さすと、シルフはこくりと頷いた。


「その通りだ。まあ、飛空艇だとか壁を超えられる乗り物に乗れば関所も無視できるのだがな」


「でも、飛空艇って凄い料金掛かっちゃいますよ? 速くて便利なものほどお高いですし……」


 水を飲んでいたカノンが困ったように言うと、ジークも頬杖をついた。


「だが、ここから関所まで歩くってなかなかだろ……パッと見でも、今までの道のりより距離あるぞ」


「確かに、時間は掛かるよね……うーん」


 アレンが腕を組み悩むと、店の女将が料理を出しにやって来た。


「はーい、お待ちどお様! うちの特製豆スープに、焼き立てのパン、そんでこんがり揚げたチキンさ! 召し上がれ!」


「あ、ありがとうございます」


「やったー! 美味しそう!」


 アレンとカノンに料理を手渡しながら、女将は広げられた地図に目を止めた。


「おや、もしかして旅の途中かい? まだまだ若いのに凄いねえ」


「ああ、ベリタリューテに向かうんだ。ただ、行き方に悩んでてさ……あんまり金の掛からない、楽な行き方って知らないか?」


 ジークが苦笑しながら言うと、女将は少し考えてから笑った。


「なら、北門近くの広場からベリタリューテの街の一つ『アルール』に向かう馬車が出ていたよ!」


「馬車?」


「ああ、そうさ! まあ、狭いし揺れるしそれなりには時間も掛かるし……でも、自分の足で歩いたりするよりは楽だろうし、上等な乗り物よりは安く乗れるさ!」


 女将がにっと笑ってウインクすれば、悩んでいたアレンの顔もぱあ、と笑顔になる。


「じゃあ、馬車で行こう! 多分今の僕達には一番あってる手段だと思う」


 その言葉に三人も頷いた。


 そんな彼らを見て、女将も満足げだ。


「いやー、元気があって可愛い子らだねえ! ささ、うちの料理でもっともっと元気になっとくれ!」


 女将のその言葉に嬉しそうに笑みを浮かべれば、一行は料理に手を伸ばした。


「いただきます!」


 そういえば、ずっと森の中で野宿だったから、しっかりした料理を食べたのは久しぶりかも知れない。


 温かい料理は、心も温めてくれるらしい。


 豆のスープは優しくて、温もりが腹の奥からじんわり体中に染みわたる。


 パンもふわふわで、噛むたびに甘みが広がり、香ばしさが鼻を抜ける。


 そしてフライドチキン!


 カリカリの衣の下から、ジュワリと湧き出る肉汁!


 ジューシーなその肉の味にやみつきだ。


「いい食べっぷりだねえ」


「可愛い奴らだろう?」


「ああ、こっちも作り甲斐があるってもんさ」


 女将とシルフがその様子を微笑ましく見守る中、三人はお構いなく美味しそうに料理を平らげた。


「ごちそうさま!」


「ごちそうさん! おばさん、すげえ美味しかったぜ!」


「ああ、良かったよ! またおいでね」


「ごちそうさまでした、ありがとうございました」


 食事が終わり、店を出た一行は北に向かって歩き出した。


 賑やかな街の雰囲気を楽しみながら進めば、やがて女将に言われた北の広場に辿り着く。


 そこには沢山の人々が、それぞれの目的地に向かうための馬車に乗りこんだり、或いは此処に来るための馬車から降りたりしていた。


 まるで旅の交差点だな、なんて思いながら広場の様子を見回していると、ジークの目に「受付」と書かれた大きな看板が入った。


「アレン、あっちじゃないか?」


 アレンの肩を叩き、その看板を指差す。


 気付いたアレンはそっと頷き、カノンの手を握った。


「カノン、こっちに行くよ」


「あ、はい!」


 人の波を掻き分け、その看板のところに行けば様々な馬車の発着時刻が掛かれた札があった。


 目を凝らして見れば、アルールの町に向かう馬車はもう出発した後だった。


「嘘、もう出発しちゃってるよ!」


 カノンが声を上げると、近くの係員が心配そうに近付いてくる。


「お困りですか?」


「ああ、はい……アルールに行きたかったんですけど、間に合わなくて……」


「そうだったのですね……明日も今日と同じ時間に馬車が出るので、もし良ければ明日いらしてください」


 それを聞き、アレンたちは今日一日は休んで明日出発することにした。


 流石王都といったところか、少し街を探せば今日の宿は簡単に見つかった。


 久しぶりの暖かいお風呂や柔らかいベッドに、全員心が弾む。


 ジュビリアムの街を出てからずっと野宿で疲れていたのだろう、すぐに皆眠りに就いた。


 そして次の日。


 一行は朝早くに起きてあの北の広場へと向かう。


 受付に行き、左手の甲の魔方陣を見せお金を払う。


「……はい、確かに受け付けました! では、2番の札の馬車へとお乗りください」


 言われるがままに乗り込み、時間になると馬車は出発した。


 門を潜り、王都の景色がどんどん遠ざかる。


「とうとう……この国を出るんだね」


「ああ……初めて、国を出るのか」


「クルティの町を出た時も、こんな感じでしたよね。初めての場所に踏み出す時の、この胸のザワザワする感じ……」


 緊張した面持ちで、三人は小さくなっていく景色を見つめる。


「そうだね。ちょっと不安で、緊張して……でもさ」


「……でも」


「フフ、でも!」


 顔を見合わせ、三人は笑った。




 でも、なんだか楽しみで仕方ないんだ!

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