鱗
正様
私
私は結構充実した生活を送ってると思う。
友達も居て、好きな人も居て、家族みんな仲良しで、私自身も可もなく不可もない。
「いってきます!」
玄関で私を見送ってくれるお母さんにそう言ってから高校へ向かう。
今年でやっと卒業できる!進路も決まった!進学する!進学して私先生になるんだ!
ほどけた靴ひもを結びながら鼻歌を歌う。
だってやっと卒業できるんだよ、やっと!!
「三年って意外と長いんだよな…」
そんな独り言を呟いて、歩き出した時私めがけて突っ込んでくるトラック。
混濁する意識に痛む身体。
妙に客観視できている自分。
「あ、私こうやって朽ちてくんだ」
そんなこと思って、頭に過る「本当は先生なんかじゃなくてケーキ屋さんになりたかったな」っていう、小さい頃からの、思いと夢。
なんてことが起こればいいのに、なんて。思うのが私の日常。
咳き込む先生。「話を聞け」という合図。
進学先に受かり、これからは卒業を待つだけ。
なのになんでいちいち高校に来てるか。その理由は家にあった。
喧嘩の耐えないうちの家族。お兄ちゃんは遅くまで帰ってこないし、妹は中学で揉め事起こして謹慎食らってる。だからこそ、両親は私に期待していて…。
あんな家にいるくらいなら、来る意味のない高校で時間潰した方がマシ。
咳き込む先生。私は分かりきった退屈な授業を聞くことにした。
好きだから。
「ねえ、今日予定ある?」
「無いよ、家帰ってゲームする」
ゲーム機なんて持ってないけど。
「そっか、なおがカラオケ行こって言ってたから誘いに来たんだけど…」
こんな友達居ないんだけど。
「また今度にする!じゃあね!」
これが、私の日常。
私の日常であり、私の、性質。
部屋に鍵を閉めて閉じ籠る私。淡いブルーライトにキーボートを叩く音。ここからは私一人の世界。
私は配信者でも無ければファンでもない。
ファンだとかそういう言葉を聞いたらあのキモいクソオヤジを思い出す。担任の事だ。
パソコンで大学周辺の地図を調べ、言い訳に使えそうなショップや建物を検索し、内装や売ってるものを把握しておくのが私の普段。そして私のルーティン。
こうすれば私はいつだって私で居られる。
溜め息を吐き明日の予定を確認してからパソコンの電源を切り眠りにつく。
あ、風呂忘れてた。まあ、いいか。
見た目さえ綺麗なら私の事なんて誰も気にしない。
朝シャワーを浴びる私。両親は笑顔で挨拶をしてくれる。妹と弟もだ。
私の誇りの家族。
こんな家族知らないけど。
朝御飯の塩辛すぎるスクランブルエッグ。多分お父さんが作った。昔から変わらない味だから分かる。まあ昔からなんて言ったって今日始めて見た顔なんだけど。
また今日も学校だ。代わり映えのしない一日。
本当に、トラックでも突っ込んできてくれたら良いのに。
突っ込んできた。トラックじゃなくて、一人の青年が。
俳優っぽい清純な顔つき。そしてすらりと長い手足。
「お、お怪我はありませんか!」
なんて事が起こるわけ無いでしょ。今時の若者はぶつかったら舌打ちして帰ってくよ。知らないけど。
さて、今日も楽しい大学に向かいますか。
大親友のなおが待ってるし。
嘘をつかない生活をしたいと思った日は、勿論ある。これが嘘か本当かどうかは私にさえ分からない。分かりたくもない。
ただ、自分を守る鎖、盾、どちらかというと鱗みたいに、私の体へペタペタと貼り付けた嘘が、私の身を、私の柔い部分を守ってくれてる。
それは何よりも、揺らがぬ事実。なおに次ぐ、揺らがぬ真実であり、私が話す唯一の「私自身」だったりする。
それも本当かどうかは分からないけど。
なおが倒れた。貧血で。
体調が悪く、いつでも貧血気味のなおが倒れるのは初めてじゃない。でも今回は倒れた場所が悪かった。
階段から落ちたのだ。
これも、本当か、嘘か分からない。
頭から血を流すなお。運ばれていくなお。これも全て、本当かどうか分からない。
元気になったなお。これは真実。
真っ白の病室、なおの手が私の頬を撫でる。
「心配だった?」
「」
悩んだ結果の沈黙。
単純な答えを、言えなかった。
嘘にまみれた虚言も、言えなかった。
なおは呆れたように笑い「そっか」と呟いた。呟いた。呟いた。呟かせてしまった。
これは、私に課せられた義務なんだろうと、飲み込むしかなかった。
こちらを向くなお。暖かい目。包帯を巻いた頭。
「わたし、あなたの虚言、好きだよ」
なおの言葉が嘘かどうかも、分からない。
私が首を傾げると、なおも同じように首を傾げる。
私は私のままで生きることにした。
「あんた誰?」
鱗 正様 @htrbn
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