第2話 さあ逃げようか

「月夜、さんね。よろしく。ところで月夜さんは、こんな夜更けにこんなところで何してるの?」


 ここはど田舎。ポツポツと住宅はあるけど、田んぼと畑が大きな面積を占めている。

 そんな景色を木の上から眺めながら、率直な疑問を彼女にぶつけてみた。


 何故、こんなところにいるんだろうか。

 非常に気になるところではある。


「さぁ、どうしてだろうね。答えてあげてもいいんだけど、それじゃ面白みに欠けるからさ。3択問題にするから当ててみなよ」

「随分と……まわりくどいことするね」

「そっちの方が面白そうなんだから仕方ないだろ?」


 そう言って、彼女は目を細めてにかっと笑う。

 八重歯がすごく印象的で、快活そうな印象を受ける、けど。


 その姿はどこか妖しげでもあった。


「一つ、ここがお気に入りの場所だから。二つ、夜風に当たりたかったから。そして――――」


 三つ目。

 そう言って彼女は3本の指を立てた手を、俺の前に突き出す。


「私は今、追われの身で姿を隠している妖怪だから。ここにいるのは、追手が来ないか見るため。さぁ、どーれだ?」

「最後だけどこか具体的なのが来たな」


 ……もう選ばせに来てるだろう、なんて、そんなツッコミをしたくなるくらいだ。


 ちょっと意地悪して3番目以外を選択したくなる、けど、流石に野暮だろうか。


「……3番目?」

「お、よーくわかったね。正解」

「そりゃもう分かりやすすぎ。して、その根拠は?」

「お? 根拠、と言いますと?」

「君が追われてるってことを証明する根拠が欲しいなってことだよ」


 彼女の言うことを、まぁ、信じるとしよう。

 妖怪という言葉が聞こえてきたけど、そこはまぁ、置いておこう。


 で、だ。

 その言葉をそのまま信じるとしても、その根拠を見せていただかないことには、信じようがない訳で。

 

 故に、俺のこの疑問は当然のものだと思う。


「成程。根拠、ねぇ。ま、すぐわかるよ。そろそろ、来る頃だと思うし……」


 そう言って彼女は、どこか遠くを見るような仕草をとる。

 しばらく彼女は目を細めてじっと遠くを見つめていたけれど、しばらくして何かを見つけたらしい。

 おっ、と声をあげて、続ける。


「いたいたぁ。あそこだよ。見える? ちょっと黒いモヤみたいな奴ら」

「ん……。あ、あれか。わかるよ」


 彼女の指差す方向を見ると、だいぶ遠くに僅かに見える。

 人影、のような黒いものが数体いる。

 

 なんかこっちを伺うようにして、見ている。

 なんとなく良くないもの……って言うのは感じる。雰囲気的に。


「奴ら、悪霊みたいなもんでね。妖怪や生きた魂をたまに食らってんのさ。奴らにとっちゃ私達の魂って、随分と美味いみたいでねぇ」

「なるほど。で、君はあの黒尽くめ集団から逃げてると。なんとなく理解できたよ」

「まー、そうだね。しつっこいんだよ奴ら。でも、今回は私を狙ってってよりもっ……!」


 突然、彼女に思い切り突き飛ばされる。

 いや、覆いかぶさられると言った方が正しいか。


 そこそこの落下速度で地面に叩きつけられる。まぁ、全然痛くなかったけれど。


 で、して。

 地面に寝っ転がった状態で見るは、彼女の姿。


「……何すんの。いきなり」

「意外と失礼だね君。私が庇わなかったら、今頃あの矢で串刺しだよ?」


 くい、と彼女は先ほどまで俺のいた場所を顎でさす。


 上を見れば、俺が先ほどいた場所に。

 真っ黒な矢が3本ほど刺さっていた。

 深々と。


「……あれ、もしかして俺、狙われてる?」

「言ったじゃんか。奴ら生きた魂も食うって。いやぁ私より真っ先に君を狙ったあたり、相当美味そうに見えたんじゃないかねぇ?」


 何が、面白いのか。

 どこが面白そうに彼女は笑う。


「何笑ってんのさ。こっちは笑い事じゃないんだけど?」

「知らないよ。それに私言ったよね、やめといた方がいいって。奴らに連れてかれるよーって。忠告無視した君が悪い」

「そういう意味だとは分からなかったんだよ」


 まぁ、あの時点でそこまで想像しろと言われても無理に近い。だから軽く抗議の声を上げる。

 

 けど、さ。

 こんな状況にしては、俺、随分と落ち着いてるな。

 いや、寧ろ、楽しんでる?


「それをわかるようにするってのが人ってもんじゃないのかねー? でも、楽しんでるね? 君。この状況をさ」


 そして、彼女にもそれを見抜かれてたみたいで。

 少し不敵な笑いと共に指摘される。


「まぁね。どーいうわけか」

「あっはは! クレイジーだね。いいよ好きだそういうの! さて。あんまり長話もできないよ。奴ら、もう追ってきてるからね」


 そう言われて遠くを見ると、確かに、さっきの黒いモヤ集団はこっちに向かって来ている。

 悠長にしている暇は、ないな。


「そうだね。で、どうするの?」

「は? 決まってんじゃん。私、足止めくらいならできるけど、あの人数にタメ張れるほど力ないし」


 そこまで言うと、彼女は俺の胴をがしっと掴む。

 そして、すぅ、と息を吸い、


「逃げるよっ!!」


 勢いよく、俺を横に引っ張っていった。

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