幽体離脱 at 12 o'clock
二郎マコト
第1話 午前の零時に事は起こる
「自分を見下ろすって、なんか変な気分になるな」
今は、午前零時。草木が皆寝静まる頃……にはまだ早いか。 草木も眠る丑三つ時、なんて言うし、言い伝えをそのまま信じるなら、時間的には早いのかもしれない。
でも、自分の家の外はシンとしていて、正にそんな言葉がよく似合う。
そんな中、俺は俺を見下ろしている。
映るのは、目をつぶって安らかな顔をしている自分。
なんか、妙に嫌な気分だ。こうしていると、自分自身が他人のように思えてくる。
もしかして、俺、死んだ? 今こうして見下ろしている俺は幽霊的なモノ?
そう思うけど、その俺自身はちゃんと息をしているみたいだ。微かに体の部分が上下に、ゆっくりと動いている。
じゃあ、つまるところ、考えられることがあるとするならば。
アレだ。俺の身に起こったこと、それは、
幽体離脱。
突拍子もないことだけど、それが一番しっくりくる。
じゃあ、なんでこんなことになったのかな?
幽体離脱をすることになった理由は?
しようと試みたわけでもない。特に直近心霊スポットに行ったとか、そんなこともない。
幾らか思いつく限りの仮説を立てて、しばらくうんうんと唸って5分。
「……わからないな」
自問した末、そんな結論に至った。
取り敢えず、あっちこっち歩いてみるか。
そう思い立って家の中をぷらぷらと歩く。何の意味もないようだけれど、いくつか自分の今のこの状態について、わかったことがあった。
一つ、コップなどの物が触れない。
一つ、ドアなどの壁をすり抜けることができる。
一つ、階段の上り下りなどはできる。
一つ、体がいくばくか軽く、高く跳んで柔らかく着地することができる(月にいる時ってこんな感じなのかと思わされる)。
こんなところ。
さて、解ることは多かったけれど、言ってしまえば現状家の中にいて知れることといえばこれくらいだ。
……そういえば外、出れんのかな。これ。
ふと、唐突に、そんな考えが頭をよぎる。
自慢じゃないが俺は、好奇心が強めだ。気になった事は割とすぐにでも試してみないと気が済まない性分で。
まぁ、だからというわけではないが。
思い立ってすぐに、俺は玄関の前に立つ。
ドアに向かってぶつかっていくと、あっけないほどすんなりと、音もなくすり抜けた。
目の前にあるのは、いつも家の外の光景、夜バージョン。
「出れちゃったよ」
ぽつり、と。
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
まさか、出れるなんてな。できるかどうか少し不安だっただけに、ここまですんなりいくと拍子抜け。
でも、ここまで来るとどこか面白い。そう思えてきた。
そうだ、街を練り歩いてみようか。こんな経験滅多にない。そう思って足を一歩前に踏み出した。
その時、
「やめときな」
と、
そんな声が上から聞こえてくる。
「んぁ?」
変な方角から声が聞こえてきたのもあって、返答の声がどこか間の抜けたものになる。
そんな声と一緒に、顔を声のした方向へと向ける。
すると、
「その様子だと君、生者でしょ。じゃあそれ以上外に出ない方がいい。
和服を着た女の子が、道路を隔ててある電柱の上に座っていた。
目線だけこちらに向け、薄く笑っている。
「……誰さ、君」
別に、驚く事じゃない。
既に自分に起こってることを考えれば、女の子が電柱の上に乗って座ってることくらいどこか普通に感じる。
だから、自然と声色も平坦なものになる。驚きも困惑もない、ただ至って普通の声。
「さぁねぇ。こんな時間に、こんなところで、君みたいな状態になってるやつに話しかけてんだ。間違いなくまともなやつじゃないだろうよ」
「そうだろうね。今、幽霊的な何かだって予想したんだけど……、違う?」
どうやら、俺が幽体離脱しているということを知ってるご様子で。
と、いうか今の俺の姿を目視できてる時点で、この人は間違いなく普通の人じゃない、なんて予想する。
だから、きっと超常的な何かだろう。じゃなきゃこんな美少女が、俺の目の前にこんな形で現れるわけない。
そう思っていたって普遍的な憶測をぶつけてみる。
「幽霊とはちょっと違うね。ま、あんまり知らない方がいいよ。知りすぎると、こっちの世界に引き寄せられやすくなるからさ」
「言ってる意味は分からんでもないけどさ。でも、こう、幽体離脱してる時点でもう……、そっち側の世界には片足突っ込んでると思うけど?」
「まだ引き返せるって意味で言ってんの。ま、知りたきゃここまで来なよ。そしたら色々話してやるから」
つい、と彼女は自分の隣にある――――、自分の座る電柱より少し高めの木を指差す。
さて、彼女の言葉を色々整理すると、だ。
彼女には何か色々あるらしい。深く関わるとなんかヤバいらしい。取り敢えずそんなことだけはわかった。
その上、俺の心が警鐘を鳴らしている。
なんでだろう? よく分からない。でも、「この人にだけは関わるな」と心の中の
ただ、ね。
先にも言った通り、俺は好奇心の強い性格だ。彼女の意味深な言葉が、余計に気になってしまうこともある。
それにだ。
どこか不思議な雰囲気を感じるこの少女に、どこか魅入られたのも、まあ事実なわけで。
そんな俺の好奇心が。
心の中でひどく鳴る警鐘を、隅に押し退けた。
だから、その木の下まで歩み寄り、
ちょっと力をこめて、ポンっと飛び上がる。
すると、すんなりと彼女の高さまで跳び上がだけど。
ちょっと高く飛びすぎた。なので、彼女と会話できるくらいのところまで降りて、ちょうどいい木の枝に腰掛ける。
ほんで、彼女は何がおかしいのか。
鼻をふふっ、とならして可笑そうに笑う。
「何がおかしいのさ」
「いや、まさかここまで来るとは思わなくて、さ。本能でわかるっしょ。私がなんかヤバい奴ってくらいさぁ」
「まぁ、ねぇ。でも、好奇心の方が優ったもので」
そう、冗談めかして言ってみる。
すると彼女は殊更可笑そうに大きく笑う。
「あっははは!! 自分の欲求に随分と正直だねぇ。もしかして私に惚れでもした?」
「まぁ多少は。君に興味を持った時点でそうとも言えるね」
「ふふっ、面白いなぁ。君さ」
彼女の笑みは、何かを見透かすような笑み。
まるで、俺の心の内をある程度わかっているような、そんな雰囲気で。
そんな顔を引き込まれそうになったものだから、つい、と顔をあさっての方向へ向ける。
「で、君の名前は?」
「ん?」
「だから君の名前。今この世を生きてる時点で授かってる現世の名前があるでしょうよ。それを教えて欲しいのさ」
名前を問われた。
別に渋るものではないし、軽く返す。
「
その代わりと言ってはなんだけど。
彼女にも名乗るように求める。自分だけ名乗って相手に名乗られないのは、なんか癪なので。
「あ、私か。ん、そうだね。私の名前は――――」
彼女は、次の言葉に少し間を置く。
その間はなんなんでしょうね。なんて思うけど黙っておく。
「
月が、雲から出てきて。
そう言う彼女を、後ろから明るく照らした。
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