M37. 鬱蒼としたお見合い
「と、というか、あなた誰ですか?」
「私のことは良いの」
「よ、良くないですよ!そんな格好して無茶苦茶怪しいじゃないですか!」
初対面の人間に対して(人間であるかはわからないが)なかなか失礼な物言いだが、ここは異世界で何が起きるのかわからないのだ。多少は強く出るべきだろう。何せ相手は真っ黒なローブで如何にもな女性だ。
「そんなこと無いでしょ?ほら」
そう言うと女性はその場でくるりと回って見せた。だが、回られたところでローブがヒラヒラと宙に舞うだけで何の証明にもなっていない。
「そんなことしたって駄目ですよ!誰だかわからない人とは、こっちもこれ以上話は出来ません!」
爽志はそれっぽいことを言ってみる。しかし、もっともな話ではある。小さい頃は家族から知らない人とは話しちゃいけませんと言われたものだった。それは異世界でも当てはまることだろう。きっと。
「も~仕方ないなぁ~。わがままなんだから」
どの口が言うんだ!とツッコミたくなったが、とりあえず納得をしてくれたようなので口に出すのはグッと我慢した。爽志はやれやれという気持ちである。暑くもないのに背中に冷や汗までかいてきた。
「わがままとかじゃないんです!…で、誰なんですか?」
「…私はクラネ。この近くの村に住んでるの」
「へぇ、この辺にも村があるんですか?」
馬車ではそんな話にはならなかったため、爽志は不思議に思った。とはいえ、ロディーナにこの辺りの土地勘があるわけでも無いようなので、そもそも言い忘れただけかもしれない。
「えぇ、そうよ。あなたは?」
「俺は爽志って言います」
「ソーシくんね。宜しく」
「は、はい、宜しくお願いします」
「それで、ソーシくんは何をしてるの?」
「え、何って?顔を洗ってたんですけど…」
「そうじゃなくって。ご職業は?」
「は?職業?」
(お見合いかよ!)
「そ。だってこんなところに一人でいるような人って何をしてるのかなって」
「は、はぁ」
(それを言ったらあんたもだろ!)
爽志は答えて良いのかどうか考えあぐねてしまう。初対面のどう見ても怪しい女性が職業を尋ねてきている。お見合いなら別だが、
「クラネさんは何を?」
話を逸らすために逆に質問を返し、反応を伺ってみる。どういう人物なのか、手がかりでも掴めれば良いと考えたのだ。
「私はただの村娘。ソーシくんは?」
「っ?!」
(それは職業じゃない!ズルい!)
「え、えっと…。ルーディオを
グイグイと来る圧を感じ、まるで尋問を受けているような気分になってくる。果たしてルーディオとは嗜むものなのかはわからないが、苦し紛れにテキトーな回答をしてお茶を濁すほかない。しかし、このままでは防戦一方である。
「ふ~ん、ルーディオなんだ~?どこから来たの?」
「どこって…」
隠すようなことでは無いのだが、素直に話して良いのか判断出来ない状況である。しかし、このまま問答を続けても意味は無いだろうということは爽志にもわかっていた。とりあえず、正直に話すことにした。勿論、地球から召喚されちゃいましたなどとは言わずに。
「…プローロ村からです」
「プローロ村?あの辺境の?」
「えぇ、辺境かどうかはわからないですけど…」
「ふぅん、そうなんだ」
女性は顎に手を当てて何やら考え込みはじめた。その目は上を向きながらキョロキョロと左右を行ったり来たりとしている。恐らくこの女性の考えるときの癖なのであろうが、今の爽志には蛇が獲物を品定めする姿に見えた。おかしなことを話したつもりは無いのだが、そんな女性のリアクションを見て少し不安になってくる。悪いことをしているわけでもないのに、再び冷や汗が吹き出してくる始末だ。
「なんでそんなこと―」
「ソーシさ~ん!」
「あ、ロディーナさん。こっちです!」
助かった!爽志は心の底からそう思った。ロディーナが爽志の声に気づき、駆け寄ってくる。慌てていたのか少しだけフゥフゥと呼吸が乱れているのがわかった。
「良かった。なかなか戻って来ないから心配になって探しに来たんですよ」
「そうだったんですか。すみません」
顔を洗ってサッパリするだけのことだったのに無駄に時間を掛けてしまった。余計な心配を掛けて申し訳ないことをしてしまった気持ちだ。それもこれもあの怪しいクラネのせいである。
「何をしてたんですか?」
「あぁ、えっと、湖で顔を洗ってたらこの人が話し掛けてきて…」
「この人?」
「クラネさん話の途中ですみません。この人は今一緒に旅をしているロディーナさん…あれ?」
振り向くと今の今まで話をしていたクラネがいなくなっている。辺りを見回しても影も形もない。まるで最初から誰もいなかったかのように消えてしまっていた。
「誰かと一緒だったんですか?」
「は、はい、クラネさんって女性で、この辺の村に住んでるって言ってたんですけど」
「村ですか?この辺りに村は無いはずですけど…」
「え?!で、でも確かに…」
爽志は狐に化かされたような気分になった。さっきまで確かに会話を交わしていたはずなのに、こうなると自分の経験が夢でも見ていたのだろうかと疑わしく思えてくる。
ロディーナは爽志が振り向いた方に視線を向けて何かを考えていたようだったが、やがて気を取り直すように怪訝な表情をしている爽志を促すように声を掛けた。
「…とりあえず、馬車に戻りましょうか」
「あ、はい、そうですね…」
二人は改めて辺りを見回してから馬車へと戻って行った。
それからしばらく休憩をすると、今日の行程の目的地である途中の宿場に向けて再び馬車は走り出した。爽志の頭の中に疑問符だけを残して。
―――――
走り出した馬車を森の奥から見送る人影があった。それは、先ほどクラネと名乗った女性だ。息苦しそうな顔をしてローブの襟元を手で掴んでいる。
「ふぅ~行ったか」
そう言いながら掴んだローブの襟を思いっきり引っ張った。
―――バサッ!―――
真っ黒いローブが宙を舞う。すると、剥いだローブの下から黒装束に身を包んだ別人が姿を現した。
「名前はソーシ。職業は…ルーディオ?そんで、プローロ村から来た、と」
クラネは爽志から聞き出した情報を反芻する。腕を組んだまま少し考えるとポツリと呟いた。
「大した収穫は無し。あのボーダーチューナーの女に邪魔されちまったな。
…しゃーねぇ。面倒だけど、引き続き監視を続けるとしますか」
クラネはポリポリと頭を掻く。そして、さっきはぎ取ったローブを拾い上げ、まじまじと見つめると、持っていた鞄へグイっと押し込んだ。やがて、天を仰ぐと
「チッ…あたしの
そう呟き、クラネは再び森の奥へと消えて行った。それを追い掛けるようにフワリとした風が吹く。彼女がいた場所には最初から何もなかったかのように静けさだけが鎮座していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます