M19. 黄昏のペルティカ
「ボ、ボーダーチューナーですって…?!それは本当ですか?!」
ラギリスは取り乱したようにロディーナに問い掛けた。
「はい、本当です。ご主人は私のチューニング・フォークもご覧になりましたよね?」
「あ、あぁ、あのでっかいフォークみたいなやつか」
モークスはロディーナの堂々とした態度に面食らっている。そして、実は爽志もちょっとビビっていた。ボーダーチューナーとしての片鱗を垣間見たような気がする。
「あのチューニング・フォークは私がトリアディックオースから賜った物です。お望みでしたらお持ち致しますが…」
「い、いや、結構だ。君の言葉だけで十分信じるに値する。突然押し掛けてしまったこと、申し訳ない」
「お気になさらないで結構です。それより、お話を伺いましょう」
「そ、そうですな…」
「…では、改めてご挨拶申し上げる。私はこの村の村長をしている、ラギリスと申します。こやつはモークス」
「先ほどは失礼をした。俺はここの主人をしているモークスだ」
「はじめまして。私はロディーナと申します」
「どうも。俺は爽志って言います」
「ロディーナさんに、ソーシさんですな」
お互いの自己紹介が済んだところで、ラギリスはこれまでのことを絞り出すような口調で話し始めた。
「………実はこのペルティカの村は呪われておるんです」
「…っ?!」
爽志は呪いという言葉に反応した。呪いのネックレスの持ち主かもしれない爽志にとっては穏やかではない話だ。クレアの依頼を引き受けたは良いものの、これから自分の身に何が起こるのかわかったものではない。
「どういうことでしょう?」
ロディーナが話を促すように言葉を返す。
「…えぇ、3か月ほど前だったでしょうか。この村に奴らがやってきたのです」
「奴ら…?」
「…リトルホロウ共です。ここに現れてからというもの我が物顔で村を跋扈し、住民を襲うようになりました」
「村の人を?!皆さん、大丈夫なのですか?!」
「はい、今のところは。奴らは何故か夜にしか現れず、不思議なことに家の中にまでは入ってこないのです」
「もしかして…村の入口が修復中なのは…」
「…お察しの通り、奴らの仕業です。ここに現れてすぐに破壊されたものですが、奴らが現れる度に門を破壊するため、とても修繕が出来るような状況に無いのです。
奴らが発する不気味な叫び声や、破壊音、今のところは家の中にまで入って来ないとはいえ、いつ襲われるかわからない恐怖で皆参ってしまって…」
「…それで皆さん生気が無いような顔をされていたのですね」
「村の様子をご覧になられたのですね…。皆、満足に眠れていないのです」
「そうでしょうね…。そのような状態では不安で眠れないでしょう」
(…俺の予想当たっちゃった)
とても口には出せないが、爽志はそう思った。
「不安なのは確かです。ですが、直接の原因はやつらが来る時間です」
「時間?」
「…はい、奴らは必ず深夜にやってくるのです」
「深夜に…?!何故…」
「理由はわかりません…。ですが、奴らが現れてからと言うものの、この村の者にとっての夜は安らぎの時間では無くなったのです」
「…お話はわかりました。それで、私たちにリトルホロウを退治して欲しい、と?」
「はい、そうでございます。初めてこの村に訪れた方に不躾なお願いしているとは重々承知しておりますが、…もうこの村は限界なのです」
「失礼ながら外に助けは求められなかったのですか…?通りすがりの私たちにお願いするより、ギルドなりなんなりに救援に来て貰えばどうとでもなる気が致しますが…」
「勿論依頼しましたとも!3か月前、奴らが現れてすぐアルファベースのギルドの方に来ていただきました」
「では、何故…」
「その時は撃退していただいたのです。…しかし、数週間もすると再び現れるようになった。
その後も現れる度にお願いをしていましたが、依頼もタダでは無い。その内に村の資金が底をつき、それもままならなくなってしまったのです…」
「そんな…」
「当然のことですが、住民はリトルホロウに怯えてしまい、最近ではこの村を離れようとする者まで出る始末。このままの状態が続けば、やがてこの村からは人がいなくなり、廃村と化してしまうやもしれません。
…我々にはもう他に頼るすべが無いのです。あなた方がボーダーチューナーだと言うなら尚更有難い。勿論、心ばかりですが、お礼はさせていただきます。
…どうか、お力を貸していただけないでしょうか?」
ラギリスとモークスにはもう後が無いという悲壮感が漂っている。恐らく藁にも縋る思いでここへ来たのだろう。ロディーナはそんな二人の様子を見て何かを考えているようだった。
「ソーシさん、どうしますか?」
ロディーナは爽志に話を振った。まさか自分に意見を求められるとは思ってもおらず、爽志は油断していた。
「えっ、俺ですか?!」
「はい、二人でアルファベースを目指している以上、ソーシさんの意思も尊重すべきだと思いますので」
突然の問い掛けに少し驚きはしたものの、爽志は迷うことなく答えた。
「やりましょう。俺に何が出来るかわからないですけど、こんなの放って置けないですよ」
ロディーナは笑顔で頷いた。そして、ラギリスとモークスの方に向き直って
「ということです。お引き受け致します」
と、言った。ラギリスとモークスは驚きとともに、よほど気に病んでいたのだろう、安堵の表情を浮かべた。
「お二人とも。まだ安心するには早いですよ」
ラギリスはハッとした表情をして、申し訳ないという雰囲気でロディーナの言葉を待った。
「では、ここからは村でのリトルホロウのことをお聞きしたいと思っています。
奴らが具体的にどう活動をするのか、詳細な情報が欲しいです」
「…わかりました」
ラギリスはリトルホロウについての話を始めた。具体的にはこうだ。
・奴らは夜中、それも深夜帯にしか現れない。そして、東の方角から現れる。
・外出している者がいれば襲われる危険があるが、何故か建物の中にまでは入って来ないため、中に居さえすればやり過ごすことは出来る。
・明け方近くまでひとしきり騒いだら、夜明けとともにどこかへと消えてしまう。
・現れる周期はバラバラで、毎日のように来ることもあれば、1週間来ないこともある。
・集団で現れることもあれば、単体で現れることもある
「なるほど…。目的は不明ですが、行動についてはわかりました。…恐らく今夜も現れるのでしょうね」
「はい、恐らく…」
一瞬、重苦しいムードが立ち込める。すると、ロディーナが場の空気を変えるような話をし始めた。
「では、リトルホロウが現れるまでは、まだ時間がありますよね?それまでに、英気を養いたいところです。…ね?ソーシさん」
「え…。あ、あぁ!はい、そうですね!あの、ここの村に食堂ってありますか?」
「おぉ、そう言えばそんな時間ですな」
窓の外を見ると、いつの間にかすっかりと日が暮れ、辺りは暗くなっていた。
「よし、モークス。案内して差し上げなさい。確か、トーラの店が開いてるはずだ」
「よっしゃ、お客人!この村で一番の店に連れてってやりますよ!」
「ありがとうございます!今日は歩きっぱなしだったから、すっかりお腹が空いちゃって」
「おぉ、そうだ。間違ってもお金など取ってはならんぞ!」
「へへ、わかってますよ村長!じゃあ、お二人さん行きましょうか」
「お願いします!」
(…何か最近奢って貰ってばっかりだな)
爽志はそんなことを思ったが、ロディーナはそんなことは気にしていない様子だ。今から食事が楽しみなようで小さくスキップまでしているのがわかる。爽志も結局、いただける物はいただいておこうと黙ってモークスに付いていったのだった。
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