M10. 伝承

「この《帝都伝承覚書》(ていとでんしょうおぼえがき)には帝都の成り立ちや歴史が書かれているんだが…この地方の、いわゆる伝説というものについても記されているんだ。

 今見て貰った部分は、世界救済の伝説についてのこと…。異世界のムジカが世界を救ったと書いてある…」


「今でこそ、ここクラルステラの世界はある程度の均衡が保たれているが、今より何年も前、それこそ、数百年以上も前には大きな戦争が各地で起こり、飢饉、疫病、そして、無法者が跋扈する恐ろしい混乱の時代が続いていたんだ。」


「そんな時代、クラルステラの歴史上に突如として現れたのが、異世界のムジカと呼ばれる者…。彼なのか彼女なのかは今となってはわからないが、とにかく彼の者は争いを平定し、飢饉や疫病まで無くしたという。

 その影響でそれまで無秩序だった世界は段々と時間を掛けて平和への道を歩んで行った。」


「…そして、ここが一番重要な点なんだが、彼の者がクラルステラを去る時、符術を授けたという記述がある。つまり、クラルステラの符術は異世界のムジカがもたらしたモノなんだよ。」


一同は黙って話に聞き入っている。ローグは最後にこう付け足した。


「裏山の洞窟の祭壇。そこに掘られた文と、この《帝都伝承覚書》との奇妙な一致。そして、ソーシくんが不思議な力でホロウノートだけでなく、リトルホロウをも退治した。それらのことを考えると―」


「俺がその異世界のムジカ…ってやつかもしれない、と…言うんですか?」


ローグは真剣な顔で頷きながら

「私はそう感じている」


 と、応じた。


「確かにさっきのホロウノートってのは無我夢中で切り抜けられました。でも、リトルホロウはロディーナさんの力が無ければとても退治なんて出来ませんでした。そんな俺に世界を救う力あるなんてとても思えないですよ」


 爽志は自分にそんな力があるとは思えない、いや、思いたくはなかった。そう思ったが最後、ここが自分が知る地球上のどこかではないか、という淡い希望が打ち砕かれてしまうような気がしたからだ。


「こんなことを急に言われて、君が混乱する気持ちはよくわかるよ。

だけど、ホロウノートやリトルホロウ、奴らを退けられる人間というのは限られている。ボーダーチューナーやルーディオという存在がそうだが、彼らの中でも単独で討伐が出来る人間となると僅かしかいない。

 ロディーナくんの報告では戦うすべを持たなかった彼女に代わり、君がホロウノートを消滅させたのだろう?更にリトルホロウ相手に君は見様見真似でフラマを発動させ、巨大な火柱を発生させたと。そんな芸当は普通の人間に出来るものではない…」


「…そんなこと言われても俺は自分がどういう状況にいるかもわかってないんです…」


 重苦しい空気が立ち込める。ここにいる全員が誰かが話し始めるのを待っている、そんな雰囲気だ。重い扉を開くように再びローグが口を開いた。


「…正直なところ、この村には君の状況を説明出来るような材料が無いんだ」


 爽志は気落ちした。その様子を見ながらローグは話を続ける。


「だけど、人が集まる都市に行けば何か手掛かりになるような物があるかもしれない」


「都市…?」


「そうだ。当然のことだが、都市は人口が多い。つまり、そこには多くの情報が集まるということだ。その中には君の状況を説明出来る人がいるかもしれない」


「…なるほど」


「ソーシくん、ちょっとすまない」


 ローグはジュゼィとロディーナの方へ向き直る。


「お二人とも、少し良いですか?」


「はい、なんでしょう?」


 ジュゼィも頷いて問題無いという顔を向ける。


「今回のホロウノートの件なんだが、この村だけで処理出来るような案件ではないと考えている」


「まぁ、そうだろうね。近年、類を見ない例だ」


 ジュゼィが同意する。彼も今回のような経験をしたことは少ないのだろう。


「そこで、このことを《響楽団(ギルド)》に報告すべきだと思うのだが、二人はどう思うだろうか?」


「ほぅ、良い考えじゃないかね?調査をしようにもこの村は常に人手不足だ。ギルドの手が借りられるのならそれに越したことはないと思うが」


「はい、私もそう思います」


「わかった…。ならば、ロディーナくん。君はソーシくんを連れて、このことをギルドに報告しに行って貰いたい…!」


「え、私が?ギルドにですか…?」


 突然の指名にロディーナは驚いた。しかも、爽志まで一緒に。


「今、ジュゼィさんが言ったようにこの村は常に人手不足でね。今回のことがあったとはいえ、よそに報告に行かせる人員もなかなか出せない現状なんだ…

ロディーナくんはボーダーチューナーとして調律の旅をしなければならない使命もある。ここだけに掛かりきりになるわけにはいかないだろう。

 ソーシくんとしても、都市に行く絶好の機会になる。…どうだろう?二人にとっても悪い話ではないと思うのだが…」


「…私は大丈夫です。音災についての情報収集をしたいと考えていましたから。でも、ソーシさんまで…」


「…いえ、俺も連れて行ってください!このままじゃわからないことが増えてくばかりで、居ても立っても居られないんです!」


「ロディーナくん、私からもお願いする。彼はこの村の恩人だ。…どうか力になってやって欲しい」


 ロディーナは二人の言葉を遮るように―

「もう…!ソーシさんは私にとっても恩人なんですよ!力になりたいに決まってるじゃないですか!ただ、私といることで危険な目に遭って欲しくないってだけです…」


「ロディーナさん…。ありがとうございます!でも、俺は大丈夫!ロディーナさんがいますから!」


 ロディーナはどうしてだか、顔が真っ赤になった。


「し、仕方ありませんね!」


「ロディーナくん、ありがとう。ここから近いギルドと言えば、アルファベースにあるソルサウンディアが良いだろう」


(いかつい名前出てきた…!)

 爽志は大変な状況にも関わらず、何故かワクワクしてきた。


「アルファベースですね。わかりました」


「悪いね、二人とも。村長がわがままなもんだから」


 ジュゼィはローグをからかうように言った。


「ジュゼィさん…!もうかなわないな…」


 重苦しい空気は立ち消え、4人の顔にようやく笑顔が戻った。


「最後にもう一つ良いかい?今回の依頼についてだ」


 ローグはロディーナの方に向き直った。ロディーナはなんだろうという顔をしている。


「ロディーナくん、音素濃度のことは把握していたものの、こんなにも音災が頻発することになるとは思ってもみなかった。私の依頼によって、君の命を危険にさらしてしまったこと、深く謝罪する。本当に申し訳なかった」


「!?…村長さん。…いえ、良いんです。村長さんは村のためを思って私に依頼されたのですから。それに、こうして無事に帰って来られたんです。お気になさらないでください」


「ロディーナくん、君には頭が下がるばかりだよ…。

…そして、ソーシくん。ロディーナくんを救ってくれたこと感謝の念が尽きない。本当にありがとう」


「いやいや!当たり前のことをしただけですから!」


 お辞儀合戦の様相を呈してきたところにジュゼィが切り出した。


「それじゃあ、今日のところはこれでお開きってことで良いかね?」


「はい、そうですね。皆さんありがとう。助かりました」


 3人は村長の家を後にした。

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