M08. プローロ村

 先ほどの戦闘から少し時間が経った。ロディーナは周囲の音素濃度を調べている。見落としがあってはいけない、入念に観察する。

 爽志はというと、泉を見ていた。いや、泉だったモノと言った方が正しいだろうか。先ほどの爽志の炎音により、泉の水が蒸発してしまい、今は小さな水たまりを残すだけになってしまった。


「参っちゃったな…。こんなことになるなんて」


 ロディーナが調査を終えて爽志の方へやってくる。特に問題は無かったようだ。


「大丈夫ですよ!ここの水源は湧き水ですから、またそのうちにいっぱいになるはずです。それに、ソーシさんは村を救った英雄なんですよ!皆さんきっと許してくれます!」


「そうだと良いんですけど…」


「絶対そうですよ!少なくとも私は感謝しています…。今日だけで二度も救って貰ってるんですから!」


 ロディーナは力説した。


「あはは、ありがとうございます」


「あの、ソーシさん。さっきのことなんですけど…」


「はい、なんでしょう?」


「ソーシさんは符術については何もご存じないんですよね?」


「はい、知りません」


「普通、符術を習得するには、音素の練り上げ、属性イメージ、発動イメージからの放出、といった多くのことを理解する必要があるんです。詠唱だけで発動することはまずありえません。

 でも、ソーシさんは炎音を発動させた。しかも、私が放った一色と同じレベルとは思えないほどの凄まじい威力で。…とても信じられません」


「…俺にも信じられないですよ。ただ、さっきは何となく出来そうな気がしたんです」


「何となくって―」


 ロディーナの声を遮るようにガチャガチャという金属の擦れるような音が聴こえる。二人はその音に身構えたが、すぐに警戒を解いた。その音に混じって人の声がするのだ。


「おーい!ロディちゃーん!!」


 二人が声のした方に顔を向けると、鎧をまとい、老練としたたたずまいの男がこちらに早足で近付いてきた。


「ジュゼィさん!どうして?!」


「どうしたも何もあの声だよ!ホロウノートが発現したんじゃないのか?!それに、来る途中で見えた大きな火柱!大変なことが起きてるんだろ?!

 本当はもっと人を集めて来たかったんだが、いかんせん人手不足の折、何人かは近隣の町や村に救援依頼に行かせて、こちらにはひとまず私だけで来たんだよ」


「そうでしたか…。助けに来ていただいてありがとうございます。でも、なんとか無事に消滅させることが出来ました」


「本当か?!どうやって?!」


「実はこの方に助けていただいたんです」


 ロディーナは爽志の方を手で示す。それを見て爽志はドギマギした。


「おぉ、君が!」


「えぇ、はい、一応…」


「ありがとう!!もしロディちゃんに何かあったらと不安で不安で仕方なかったんだ…本当にありがとう…!」


 ジュゼィは人の良さそうな顔をクシャクシャにして喜んでいる。その目には涙が光っていた。ロディーナもそれを見てもらい泣きしている。

 助けられて良かった。爽志は心の底からそう思った。


「しかし、二人ともボロボロじゃないか…一体何があったんだい?」


「実は―――」


 ロディーナがこれまでのことを説明する。


「ホロウノートだけじゃなく、リトルホロウまで?!

名うてのルーディオだって苦労する魔物を君ら二人だけで退治したなんて…」


 ジュゼィはとても信じられないという顔をしている。だが、傷ついた二人の状態を見れば、納得せざるを得なかった。


「退治したのは、ほとんどソーシさんですけどね」


「そんなこと!ロディーナさんがいてくれなければ俺だって無事じゃ済まなかったですよ」


「とにかく、君らが無事で良かった。村を救ってくれたこと本当に感謝する!」


 ジュゼィは深々と頭を下げた。


「いやいや!お礼なんて良いです!」


「そういうわけにはいかん!…君、名前は?」


「あ、はい。爽志。音方 爽志って言います」


「よし、ソーシくんだな!じゃあ、村へ行こうか!何もない村だが、歓迎するよ!」


「えっ」


 爽志はロディーナの方に大丈夫なのかと、目配せをする。ロディーナは大きく頷き、ニッコリと微笑んだ。


「わ、わかりました…。えっと…」


「ジュゼィだ。宜しくな、ソーシくん!」


「は、はい!ジュゼィさん、宜しくお願いします!」


 ロディーナはそんな二人の様子を見て優しげな笑みを浮かべていた。






「おぉ、見えてきたぞ」


 ジュゼィが指し示す方角に石壁に囲まれた建物群が見える。どうやら、あれがプローロ村のようだ。それを見たロディーナは安堵の声を漏らした。


「無事に帰ってこられて良かった…。一時はどうなることかと思いました」


「うんうん、本当に良かった。…さて、入ろうか」


 3人はロディーナが出発した裏門から中に入る。中の建物は主に石造りでヨーロッパの片田舎というような雰囲気だ。それを見た爽志は「うわ~」とか「おぉ~」とか「ヤバい」などと、決壊したダムのように口から感嘆詞を垂れ流していた。


 しかし、同時に


(こんなところに携帯ショップがあるのか…?)


 などど、心の声をザワザワとさせていた。


 すると、ここまで案内してくれていたジュゼィが立ち止まり、二人に向き直った。


「そいじゃ、お二人さん。私はローグくんのところに行って今日のことを報告してくるよ」


「あ、私も行きます。調査の依頼を受けたのは私ですから。

…ソーシさんごめんなさい。道具店への案内はその後でも良いですか?」


「良いですよ。あ、でも、それなら俺もついて行って良いですか?村長さんって人がいるなら挨拶しておいた方が良いと思いますし、何より自分が今どんな状況なのかを知りたいんです」


「…私は良いと思います。

ジュゼィさん、構わないでしょうか…?」


「うん、良いんじゃないかな?当事者がいた方が報告もしやすいだろうからね」


「二人とも、ありがとうございます」

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