始まりのプローロ

M01. ロディーナ・サピエンティア

 この宇宙にはいくつもの世界が重なり合っている。それぞれの世界にはそれぞれの文化が形成され、あらゆる可能性の世界が枝葉のように広がっている。


 ここはその内の世界の一つ、惑星クラルステラ。


 都から遠く離れた辺境の地、プローロ村。ここから物語は始まる。






 ロディーナ・サピエンティアは18歳。ボーダーチューナー〈境界符術士〉である。

 セミロングほどの青い髪が窓から太陽の光を浴び、艶々と輝いている。今日はプローロ村の村長から呼び出しを受け、朝早くに村長宅を訪れていた。


「ロディーナくん、早くからすまない。折り入って相談があってね。」


 年は30代後半といったところだろうか。村長というにはいささか若い男性がロディーナに向かい、神妙な顔で話をしている。


「はい、ローグ村長。今日はどうされたのですか?」


「うーむ、実はね。恐らく君も気付いていることかと思うのだが、最近この村周辺の音素濃度が高くなっているようなのだ」


 音素とは自然界に存在する要素である。生物、無生物に限らず、この世界に生まれ出た時点で身に備えているものだ。空間にも漂っており、符術という超常的な現象を起こすための燃料としての役割を果たす。

 健全な状態であれば問題になるものではないが、極端に濃淡が出てしまうと《音災》と言われる大きな災害に繋がることがある。


「…そうですね。私も何度も調律を試みたのですが、今のところ正常化には至っておりません」


「君に苦労を掛けていることは重々承知しているのだが、このままの状態が続けば、《音災》による自然災害・・・いや、最悪の場合ホロウノートが発現するのも時間の問題だと考えている」


 ホロウノートは音素濃度が高い場所に発現する魔物である。《音災》で起こる現象の一つに数えられ、ひとたび発現すれば周辺で破壊の限りを尽くし、人里にも大きな被害を与えてしまう。

 通常、音素濃度はボーダーチューナーにより調律されるが、同時多発的に発生するような場合、調律が追い付かずホロウノートを発現させてしまうことがある。


「せめて《ルーディオ》が居てくれたら状況は違うのだが…」


「ルーディオ…。冒険を生業とする流浪者ですね」


「あぁ、そうだ。しかし、今から都へ救援を求めたところでホロウノートの発現にはとても間に合わないだろう…」


「ローグ村長…」


「いけないいけない。村長を任されている者がこんな弱気では…。すまないね、ロディーナくん」


「いえ、私の方こそ。私にもっと大きな力があればこんな心配をすることは無いのに…。」


「いやいや、君はよくやってくれているよ。

…そうだ、呼び出したついでで申し訳ないのだが、一つ頼みを聞いちゃくれないかな?」


「はい、なんなりと」


「ありがとう。実はついさっき村の見張りから報告があってね。裏山にある崖の一部が崩落したようなのだ。どうやら、その場所の音素濃度が高いようでね…。

現時点では《音災》が起こるほどの濃さではないと考えているのだが、念のために君に調査をしてきて欲しいのだよ」


「かしこまりました。私で良ければお引き受け致します」


「すまない、助かるよ。人手不足な村で申し訳ない限りだ」


「何を仰るんですか。これくらい大したことではありません!」


「ははは、心強いよ。ホロウノートについては私の方でも引き続き対策を練ってみるとしよう。君は裏山の方を頼んだ」


「はい、お任せください!」


 プローロ村は森を切り開いた小高い丘にあり、正面は平原、それ以外の周囲を森に囲まれている。裏手の森を抜けた先には山があるが、山肌は険しく切り立った崖のため、人が昇り降りするのは難しい。

 その、天然の要塞とも言える立地のおかげで普段は騒動という騒動もない平和そのものといった村だ。しかし、今回ばかりはそうも言っていられないという状況である。


 ロディーナは急ぎ身支度を整え、村の裏手の門へとやってきた。


「よし、早速行ってみようかな」


「お、ロディちゃん。裏山の調査に行くのかい?」


 年を取った人の良さそうな門番が話し掛けてきた。


「ジュゼィさん!はい、そうなんです。村長さんからお願いをされまして」


 ジュゼィはこの村の門番だ。しかし、門番の仕事に限らず、村の様々な雑用をこなす縁の下の力持ち的な存在として住民から頼りにされている。年寄りという区分に片足を突っ込みかけているとはいえ、まだまだ現役でやれるバイタリティを持った人物だ。


「そうかそうか、悪いねぇ。本当なら私や村の者がやるべきことなのに」


「いえ、この村の方にはお世話になっていますから。これくらいの恩返しはさせてください」


 ロディーナはプローロ村の出身ではない。ここへは調律の旅の途中に立ち寄り、しばらく世話になっている。


「ホントに助かってるよ。ありがとうね」


「それじゃあ…」


「あ、ちょっと待った。こいつをあげよう」


「なんですか?お花?」


「ラジアータの花だよ。珍しく白いのが咲いててね。お守り代わりに持っていくと良い」


「ありがとうございます!ジュゼィさん!…では、行ってきます!」


 ジュゼィに手を振り、ロディーナは裏山へと出発した。

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