シナリオ

Take_Mikuru

シナリオ

陽太がパソコンを閉じて俺を睨みつけた。

「また同じような展開だね」

頭に血が昇るのを感じながら俺はわざとらしく後頭部に手をやりながら答えた。

「いやぁ〜、またかぁ〜、困っちゃうなもぉ〜」

陽太はふと笑って目の前のコーヒーに口をつけた。

俺らはいつもの喫茶店でお互いのシナリオを読み合っている。2ヶ月前から俺の提案ではじまったことだ。お互い昔からシナリオを書いていたが、一人でシナリオを書き続けることに寂しさと嫌気が差していたのだ。なんてったって頑張って書いたものが誰にも読まれないことが一番キツかった。シナリオコンクールには出来る限り応募しているものの、大賞でも取らない限り感想はもらえず、結局自分以外の者がどのようにシナリオを感じるのか、分からずじまいになっていた。そこで、同じような状況にいる陽太に毎週喫茶店で一緒にシナリオ書き、お互いのシナリオを読み合わないかと誘ってみたのだ。

最初はやはり楽しかった。なんていっても毎朝外に出て、外の空気を吸いながら、仲間と一緒にシナリオを書けるのがこの上なく嬉しかった。そしてとても心が満たされる時間だった。陽太もそのように感じていたらしく、最初の1ヶ月は明るい雰囲気で執筆と感想の言い合いを行なっていた。しかし、2ヶ月目に入るとちと状況が変わってしまった。陽太が冷たくなってしまったのだ。なんでかは分からないが、急に俺のシナリオにやたらと辛く当たるようになってしまったのだ。初めのうちは、「面白いね」、「光輝らしくていいじゃん!」と褒めてから、「ここの展開、もう少し後に持ってくるのもありかもね?」、と優しく建設的な批判をしてくれていた。でも最近では露骨に嫌そうな表情で、「またこの展開?」、「つまらないね」、「他に展開思いつかないの?」、とズケズケ批判してくるのだ。正直、俺の心はもう限界に来ている。

「で、何かないの?」

陽太が相変わらず冷たい目で僕を睨みつけている。

「、、、え?」

「だからぁ〜」

陽太が激しく貧乏ゆすりしていることがテーブル越しに伝わってくる。

「他に展開がないのかって聞いてんだよ」

痛いところを突かれ続け、俺はもう返す言葉を失うどころか、もう陽太を直視する気力すら失いかけていた。

ドン!

驚いて陽太を見ると、陽太が両腕で目の前のデーブルを激しく叩いていた。その反動で目の前にあるコーヒーがコップから溢れている。喫茶店全体も様子を窺うように静寂に包まれている。他の客と一緒に唖然と陽太を見つめていると、陽太がゆっくりと顔を上げて俺を見てきた。目は完全に爬虫類のそれになっており、生気を感じられない。あまりの恐ろしさに固唾を呑んでいると、

「、、、もういい、、、」

「え?」

俺が疑問符を出したのには全く反応せず、陽太はそのまま立ち上がって喫茶店を出てしまった。陽太が出て少しすると、喫茶店内が再び騒めき始めた。俺のテーブルにも店員さんがタオルを持って来てくれた。店員さんがテーブルを去ると、俺は今何が起こったのか整理しようと試みた。でも何も出てこない。何で陽太がいきなりキレ、俺の前から消えたのか、全くもって分からない。展開が浮かばないことがそんなに罪なのか。同じ展開を使い続けることがシナリオライターとしてそんなに恥じるべきことなのか?てかそもそも陽太は俺のシナリオに何を求めているのか。どの問に関しても、全くもって答えが分からない。そもそも2ヶ月目に入ってからの陽太の態度の変容ぶりからして陽太の中で何かが変わったことは確かだが、それは一体何なのか。俺はとりあえず、抹茶クリームパフェを食べることにした。


喫茶店を出て、陽太の家に向かった。

陽太の家は電車を乗り継いで20分くらいのところにある。

その間、陽太について色々と思考を巡らせてみることにした。

陽太のシナリオはどんな感じだったっけ?

陽太のシナリオは実に意味のわからない稚拙なものだった。それも今に始まったことじゃない。お互いにシナリオを書き始めた中学生の頃からそうなのだ。どこかセンスの良さを感じさせるものの、結局何が言いたいのかが分からない。もちろん、シナリオを通して必ずしも何かを伝える必要はないのだが、それにしても何がしたいのかが全くもって分からないのだ。メインは常にダメ男。その愛おしさを描くことが彼の中のテーマになっているらしい。でもそれに関しても俺は全くもって理解できない。ダメ男はダメな屑野郎以外の何者でもない。その愛おしさをを描くことに一体何の意味があるのか。てかそもそも、その程度の事柄をシナリオにするのは言語道断だと思っている。面白くないし、陽太に関しては、単なる自分への慰めでしかないからだ。陽太が描くダメ男は全て陽太自身でしかない。陽太は自分の愛らしさを描くことで、自らの屑っぷりに蓋をし、自分が本当はいかに可愛らしい、愛すべき人間かをアピールしているのに過ぎないと思う。確かにこう考えると、シナリオが完全に訳のわからないものだという訳ではないのかもしれない。それよりも寧ろ、陽太のその魂胆が心底腹立たしいのだろう。俺は陽太のシナリオを読む度に、このような腹の煮えくりを感じてきた。と考えるとこの2ヶ月間はよく頑張ったと思う。正直、喫茶店で一緒にシナリオを書こうと誘う前、自分に陽太のシナリオを読み続けることが出来るのかという不安はあった。でも、やはり自分が感じていた孤独感、嫌気に負け、また、さすがに25にもなれば陽太も変わっているだろうと思って誘ったのだった。彼が変わっていないということに気づいた時にはもう目の前のコーヒーをぶっかけて絶交してやろうかと思った。ほんっとにこれっぽっちも変わっていなかった。読んでて反吐が出そうだった。オメェほんとに何なんだよ!と叫びながら頭をカチ割ってやろうかと思った。でも出来なかった。小心者の俺には、そんなこと、出来っこなかった。だから無難に誉めた。「いいね!」、「面白いね!」と。それを2ヶ月間ずっと続けてきたのだった。そうしたら陽太が豹変したのだった。うん?俺にも原因があるのか?


あれこれ考えていると陽太の住んでいるマンション前に到着した。

生意気にも25にして陽太は新築のマンションの住んでいる。

ハッキリ言って、こういうところも実に腹立たしい。

俺なんて家賃3万5千円のボロアパートで頑張ってるっていうのに。

怒りのまま合同エントランスのインターフォンを押すとしばらく沈黙があった。

頭に血を昇らせながら待っていると、

「帰れ」

ガチャン!

とぶっきらぼうな声に続き勢い良く受話器が置かれる音が響き渡った。

「うあああああ!!!!!!!!」

俺は怒りに身を任せ、インターフォンを鬼のように押すと、目の前の自動ドアを全力で蹴り始めた。

ドン!

ドン!

ドン!

流石に動揺したようで、インターフォンから陽太の落ち着いてるように見せかけて明らかに焦っている声が聞こえてきた。

「おい、何をやっている、おい、おい!」

俺はほくそ笑みながらドアを蹴り続けた。おまけにインターフォンに唾を吐きつけてやった。

「分かった、分かった、今開けるから、勘弁してくれよ」

その声と共に自動ドアがゆっくりと開き、俺は監視カメラに中指を立てながらマンションへと入っていった。

陽太の部屋は2階にある。

部屋前まで行くと、いきなり奇声を上げながらドアを蹴り始めた。

ドン!

ドン!

ドン!

ドン!

中から物凄い足音が近づいてくるのが聞こえ、俺は瞬時に蹴るのをやめ、陽太に思いっきり拳をねじ込む体勢を整えた。

バタン。

激しく息を荒げながらドアを開けた陽太に俺は渾身の右ストレートを放った。

「あ!」

陽太は勢いよく床に倒れ、俺はそのままドアを閉めて部屋内に侵入した。


ドアに鍵をかけてから陽太を見ると、半泣きの陽太が俺を見上げていた。

「なんなんだよ一体、、、俺が一体何したって言うんだよ、、、」

状況を分かっていないようなので、しっかりと目を見て言ってやった。

「一体一体うるせぇな、他に言葉浮かばないのかよ」

呆気にとられた様子で俺を見る陽太を見て思った。

俺も分かっていない。

俺が何がしたいのか。

俺が何をしに陽太の家に来たのか。

「し、シナリオのことか、、、」

シナリオ、確かに俺は陽太のシナリオがこの上なく気に食わない。

「しょうがねぇじゃねぇかよ、お前のシナリオ、毎回展開が同じなんだから、それゃ言うしかねぇだろ!」

陽太は一人で激しく動揺した様子で泣き叫んでいる。そんな陽太を、俺はビックリするくらい冷静に眺めていた。さっきまでの燃えるような怒りは一体どこにいってしまったのか。玄関ドアを蹴り、陽太を殴ってスッキリしてしまったのかもしれない。今はもう怒る気がおきない。

「黙ってねぇでなんとか言えよ!」

陽太が必死な形相で泣き叫んでくる。

まずい、何て返すべきか全くもって分からない。こういう時、人は何て返すべきなのだろう。

すると陽太がいきなり立ち上がり、俺に顔を近づけてきた。

「何も言わねぇならとっとと帰ってくれ、クソ迷惑なんだよ」

気づくと俺は陽太の両肩を掴み、思いっきり陽太のキンタマを膝蹴りしていた。床に崩れ落ち、真っ赤な顔をして泣き喚く陽太を見下ろしながら、俺は思い出した。

「お前はやたらと俺のシナリオを批判するよな」

陽太は今更かよっていわんばかりの表情で俺を見上げている。

「ああ、今更だよ、悪かったな、玉なし君」

陽太が若干悔しそうな表情を見せ、俺はほくそ笑んで続けた。

「自分の屑っぷりを可愛く見せるシナリオしか書く脳がないクセに、なに一丁前に人のシナリオ批判してんだテメ、生意気なんだよ!」

叫んだ勢いで俺は陽太の顔面を蹴り上げた。

陽太は目を真っ赤にしながら激しく息を吸ったり吐いたりしていて、見ていてとてつもなく笑える。

すると、

「、、、貴様こそ、、、」

「ああ?」

この後に及んで何だと思いながら見ていると、

「オマエだって、毎回美少女に振られる可哀想な男ばかり描くじゃねーかよ!オマエこそ判官贔屓狙ってんだろ!可哀想に見せて、可愛い女に同情されてぇ魂胆なんだろ!オメェこそその程度で生意気なんだよ!」


 

図星だ、、、


 

負けじと、

「生意気じゃねーよ!俺はずっとテメェのクソ誉めてやってただろ!」

「それが生意気だって言ってんだよ!」



 気づいていたのか、、、



何も浮かばず、勢いに任せることにした。

 

「、、、もう何も言えねーよ!」

「なら帰れ!」

 

もう引くに引けない。


「帰らない!」

「帰れ!」

「帰らない!」

「うるさぁーい!」


 

ダレ?


 

陽太と一緒にドアの方を見ると、

「近所迷惑だって分かんないのかい!?ここ壁以外と薄いのよ!喧嘩なら他所でやって!」


 

ババァ?



「すみませーん」

陽太が野太い声で答えると、ババァと思われるその声の主が歩き去っていく音が聞こえてきた。

流石にもう引き下がるかと思って陽太を見ると、奴はいつの間にか立ち上がって俺を見ていた。あまりにも見つめてくるので居心地が悪くなり、

「な、どうしたんだよ、、、」

と質問を投げかけてみた。

「それはこっちのセリフだよ」

お互いに次のセリフが浮かばない中で、1つ考えが浮かんだ。

「、、、セリフ?、、、」

「ああ、、、」

陽太が怪訝そうな表情で俺を見てくる。

「ああ、セリフだよ、お前が書くセリフ、なかなかイケてるぜ」

陽太は心底うんざりしている様子で大きく深呼吸をしながら、

「だからもういいって、そういうの、俺らもうお互いのシナリオ読み合わない方がいいよ、な?」

「いやいやいや、俺は本気だよ、お前のシナリオ、全体としてはどう考えてもふざけてる、でもお前のセリフはリアルで読み応えがあるよ」

陽太はまだ俺を疑っている様子で頭を横に傾けて俺を見ている。全く、こういうところが本当に面倒臭い。

「今日見せてくれたシナリオの2シーン目、倦怠期のカップルがファミレスで話すシーンとかめっちゃリアルだったよ、特に夫の言う、お前は毎晩、3回寝返りをうつ、というセリフ、秀逸だったよ」

ようやく陽太の表情が変わってきた。

「それに対して妻が言う、あなたはサツマイモを食べると8回屁をこく、これも圧巻だったよ」

陽太は顎に手を置き、小刻みに頷きながら宙を見つめ始めた。陽太が楽しく思考している時に必ずとる行動だ。すると、陽太が俺の方に指をさしてきた。

「、、、君のシナリオのキャラ、ぶっ飛んでて毎回面白い、、、」

お、何かが起こってるぞ。

もっと具体的な褒めをもらえるかと思って陽太を見つめていると、陽太が俺を指している指を上下に小刻みに動かしながら、

「、、、あの、今日の脚本の、美少女に脅迫するm男、最高だった、、、」


 

なんだ、可愛い奴じゃないか。


 

気づいたら、俺は陽太を熱く抱きしめていた。

「っおい、なんだよっ、あっつい」

と陽太もまんざらじゃなさそうな様子で笑っている。

「、、、それが聞きたかった」

思い切って陽太に言ってみた。

陽太は照れた様子で笑いながら、

「、、、うん、俺もだよ」

俺は一旦体を離し、陽太を見た。

陽太は何を言うべきか分からない様子で顔を下に向けている。

「おっまえ〜!!!」

俺は再び陽太を強く抱きしめた。

陽太も笑いながらそれを受け入れてくれた。


 

結局、お互いに褒められたかっただけみたいだ。


 

くだらないって?


 

ふん、


 

人間なんて、

そんなもんだろ?

 

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