第9話 苦悩

 三か月後、ロイは頭を悩ませていた。どんなキメラなら食用に最適か。AIが示した結果は危険性が伴い、下手したら飼育中にこちらが襲われかねない。結局は実用性の無い見た目だけの個体ばかりだ。


 巨大なカエル、六本脚の牛、二足歩行するウサギ。ロイはホログラムに投影させたこの動物たちを見てため息をつく。そんな時だ。扉の向こうから声が聞こえる。


 ノック音。


 どうぞという返事を待つことなく雫は部屋に入ってくる。


「おはようございます」


 彼女はいつも通り広報用のタブレットを携えており、ロイの前に立つ。


「ここ二週間、全く休みを取ってませんね!vuにもログインしてませんし...マスターが心配してましたよ。最近はラボに籠りっきりで、サプリしか飲んでないじゃないですか。そんなんじゃ気が狂ってしまいますよ」


 彼女の顔には心配の色が浮かぶ。確かにロイは休みを返上してまで実験を繰り返し、ろくに睡眠をとっていない。


 彼の目は血走り、眼の下には濃い隈が出来ている。


「わかりました。少し寝ます」


 ソファーをベッド替わりにして寝る。横になり数分意識が飛ぶ。


 ***

 目を覚ます。ロイは視界の下の方にある時計を見る。六時間ほど寝てしまったようだ。体を起こすと雫さんが自分の席でデータを見ている


「おはようございます」

「起きたんですね。おはようございます。」


 本日二回目の挨拶をする。


「早速ですが、今日はロイさんには茨ヶ丘名物、茨の湯に入って英気を養ってもらいます」


 茨の湯。茨ヶ丘の町なかにある温泉施設。天然由来の成分が入っており、美容効果も高いと評判の施設だ。700年以上続いている老舗で、年配者の憩いの場になっている。


 そんなこんなで、車で10分ほど雫に連れられて茨の湯にやってきた。


「いらっしゃいませ」


 入ってすぐにいたのは女将さん(アンドロイド)だった。


 雫さんは受付を済ませると、俺と別れ女湯に行ってしまった。


 広い湯船に源泉かけ流しの温泉が湧いている。露天風呂もあるらしくそちらは景色が良いらしい。


 脱衣所で服を脱ぎ、体を洗い露天風呂に入る。湯気が立ち込め、湿度が高くなっている。風呂なんて数えるほどしか入ったことがない


「おお兄ちゃん。お久しぶりだな」

「あ、シゲさん」

「お前さん、風呂は初めてか」

「まあ初心者ですね」


 2300年、日本人の心のオアシスである風呂は大衆文化から消滅した。効率化と水資源の保存の為に、今ではシャワーが主流となっている。そのため入浴という行為は廃れていった。しかしロイの住んでいる場所は都市から離れた田舎町であり未だに銭湯が残っていた


 シゲさんの体は大部分が機械に置き換わっていた。義手や義足は人工皮膚の劣化が見られ、歴戦の傷が幾つもあり、彼が戦ってきた歴史を感じさせる。


 彼はゆっくりと湯に浸かり、大きく伸びをする。


 俺はそれに続き体を温めてから、大きな岩に背中を預けた。心地よい温かさが体に染み渡る。空を見上げると、青空が広がっている


「昼だが、今日は気分が良い。ちょいと酒盛りに付き合ってくれ」


 しばらくして歴戦の戦士は風呂から上がる。彼に習いロイも上がった。


 そのまま二人は男湯を出て、休憩室に向かう。


 食堂で培養肉のジャーキーを貰い、長机を挟み胡坐をかく。


 地ビールの『日陰』を飲む。やはり美味い。二人は頷く


 彩と雫が仲良くやってくる。


「あら、ロイちゃん。もうお酒飲んでるのね」

「今日は私もお酒飲んじゃいましょうか」


宴会が進む。


「これだ!!!皆さん、ちょっと作業するんで身体を頼みます!」


ロイは突然思い立ったように言葉を発し、意識を失う。


残された三人は顔を見合わせた。 



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