第6話 牧場

 目を覚まし、カーテンを開けると空は青く澄み渡っており太陽がさんさんと輝いている。視界の端にある時計を見ると10時を回っている。昨日飲みすぎたせいかまだ二日酔い気味だ。用意されていたアセトアルデヒド分解薬を飲んで一息つく。


 体内で高速で毒が分解されていく感覚、心なしか頭スッキリしてきた気がする。窓の外を見てみると大きな山が見える。あれがシゲさんが言っていた『茨ヶ丘神社』だろう。その麓に広がる町、『茨ヶ丘市』は人口3万人ほどの小さな田舎町だが自然豊かでとても住みやすそうだ。


 完全サプリを中央から出る前に飲んだので食事の必要性はない、普段の癖で必要はないが水筒を呷る。この水筒は空気中の水分を貯め、除菌まで行う機能がある。見た目はゴツくてその割に軽いという機能性とロマンを詰め込んだ優れものだ。洗面台で顔を洗い服を着替える。そして着替え終わり、鏡で自分の姿を確認する。

「よし、完璧だ」


 全身を隈なくチェックした後、部屋を出て階段を下っていく。

 ***

「おはようございます」

「あ、やっと起きたね。遅いわよ」

「すみません」

 

 そう謝るとクロエさんはクスッと笑いながら


「冗談よ。今コーヒー入れているからそこに座って待っててちょうだい」

「はい」


 テーブルの椅子に座り待っていると彩さんがカップを持ってきて、僕の前に置く。


 香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。一口飲むと濃厚で芳しい香りが口に広がりとても美味しかった。コーヒーを飲みしばらく、雑談をしてると


「おはようございま~~す」


 ドアベルがカランコロンと鳴り、外から元気の良い声が聞こえてきた。そちらに視線を向けると雫さんが居た。今日は白いブラウスと青いデニムのパンツに白のスニーカーを履いている。シンプルな服装だからこそ彼女の魅力が引き立っている。彼女は俺の隣に座った。ふわりと甘い香りが漂ってくる。

「それじゃあ職場に行きましょう」


 雫の言葉に対してロイは頷く。


 ***

 車で30分ほど、町外れの牧場に付く。ドーム状の巨大な建物が存在感を示している。巨大なドアから中に入ったが何の生物もいない。地面は汎用栄養種だと思われる短草である。天井からは自然光と同等の光が差し込んでいるが恐ろしいほどに静まり返っている。


「不思議ですよね。こんな大規模な牧場なのに一つの生物もいないなんて。前任者が亡くなって以来、ここは5年ほど使われてません」

 

雫は説明しながらある扉の前に立ち止まり、扉を開けた。人間大のカプセルが大量に並んでいる。中には二足のサメや豚の顔を持つ巨大なタコなど異形の生物が仮死状態で漂っている。


「このカプセルは不気味な生物ばかりで市の職員は何も動かしていないんです。この生き物たちは何だかわかりますか」


「妙ですね。こんなにも遺伝子が離れている物同士を繋げるなんてこれは凄い!!!」


 研究報告のログを見てロイは興奮した。まさか生でこんな物が見られるとは思わなかったからだ。


 キメラ計画は2250年代から始まった戦時中の計画である。科学の発展により伝統的な遺伝子組み換えでしか実現できなかったが、生命を人工培養で作ることが出来るようになったのだ。これを利用しキメラを作り食料問題を解決させる試みだ。


 当初は人工で作り出した生命体は不完全であり、ただひたすらに細胞分裂を繰り返し、体が大きくなるだけの生物を作るのが精一杯だった。その後も研究は難航したが、ある特定の遺伝子(体のパーツの大きさなど)を強化するような簡単な変更は可能になった。


 2257年、革命がおこる。RD因子という遺伝子をアメリカのルイスウェルという人物が発見する。他種族間での遺伝子の合成を可能にするのだ。それを用いられて作られたのが”キメラ”である。これにより豚の肉を鯨サイズで作りだすことが論理上可能になった。


 しかし、ここで大きな問題が生じる。全く異なった遺伝子間では因子を繋げることが難しいのだ。そのためキメラを食料として使おうとする試みは細々としたものになった。


 ロイがこの施設で見つけた研究結果は大幅に離れた遺伝子間での因子の結合を可能にするものだ。


「まさかこんなものが見れるとは思いませんでした」


「前任者はこの研究が終わる前になくなってしまいました。彼の願いはキメラ技術をより多くの人に知ってもらうことでした。お願いします。この研究を完成させてキメラを世界に広げましょう」


「はい!!」


 彼がどんな人間だったかは知らないが、キメラを普及させるのはロイの夢と合致している。ロイは喜んで頷いた。


「少し熱くなりましたね。では、次はロイ君のラボに行きましょうか」

 

そう言って、二人は施設めぐりを再開する。

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