ヤンデレにどうにかされちゃう話

ACSO

 吸血鬼にどうにかされちゃう


昼の暑さの残滓が残る深夜、俺はコンビニでアイスとジュースを購入して、家に帰ろうとしていた。


「あつすぎだろぉ……」


風呂に入った後にも関わらず、汗でシャツがじっとりとしており、キンキンに冷えたアイスで涼むつもりが汗と暑さで不快マックスである。


「こんなんだったらクーラーで我慢しときゃよかった……ん?」


帰ったらシャワー浴びなおしだ。と呟き、アイスでおでこを冷やそうと思い……思い直し、ジュースで冷やしていると、微かに女性の悲鳴が聞こえた気がした。

もし女性が暴漢に襲われていたりした場合、間に割って入る勇気はないが、警察に通報くらいはしようと思うし、なにより好奇心もあり、悲鳴が聞こえた路地裏をこっそり覗くことにする。


「ああぁ……やめ……」


俺の視界に入った光景は、闇に紛れるような黒髪の女性が、いかにもな巨漢の男の首筋に噛み付いているものだった。

そして、筋肉で覆われた男の体は、みるみるうちにツヤが消え、そして痩せ細っていく。


「ひっ……」


やばいものを見た!? とりあえず逃げないと……!

理解不能な状況に俺は壁に脚をぶつけつつも慌てて逃げ出したのだった。





それから1ヶ月。

特に何も起こらず、大学生活を俺は続けていた。

あれを見てから一週間ほどは怯えて一人で外出はしていなかったが、何も変わったことがなさすぎて二週間経つ頃にはそのことすら忘れていた。

そして、今日はデザートを食べたくてコンビニに足を運んでいた。


「シュークリーム半額はデカいぞ〜」


偶然安くなっていたシュークリームを手に入れてご機嫌な俺は、鼻歌を歌いながら帰路についていた。


「ご馳走ね」


「ほんとにな〜……え?」


誰だ?急に知らない女性の声がした。

誰も周りにいないことは鼻歌を歌う前に確認済みである。

だからこそ、至近距離に人がいることに恐怖を覚え、俺は慌てて振り返る。

そこに立っていたのは、あの時の女だった。


「私もやっとご馳走にありつけるわ♪」


そこから俺の記憶はない。







「ふぁ〜あ」


めちゃくちゃ硬い床で寝た時みたいな不快感のなか、俺は目を覚ました。


「シュークリーム食べたっけ、俺」


昨日買ったシュークリームは冷蔵庫に入れたっけ?

確認しようと起きあがろうとして、ジャラジャラと金属音が鳴った。


「え?……えぇぇ!? なんじゃこりゃ!?」


よく自分の体を見ると、ある程度自由があるものの、両手両足に鎖が繋がれ拘束されていた。


「……そういえば、俺昨日コンビニから帰った記憶がない」


一体何が起こって俺は拘束されているのか、もしかしたら犯罪でもして勾留されているんだろうか。

そうだったら俺は前科者に!?


「起きたのね、おはよう」


思考の海に沈んでいる俺を引き戻したのは、聞き覚えのある声だった。


「あ? ……あ」


視線の先には、ひと月前の事件の人物であり、そして昨日俺の背後に立っていた女であった。

解放しろ、と思わず怒鳴りそうになったが、一瞬遅れて殺される恐怖もやってきた。そして逡巡の後、俺は口を開く。


「……俺は食べても美味しくないですよ? ほら、人肉って筋っぽいっていいますし、ブリオン、でしたっけ? 人肉食べたらかかる病気。あのリスクもありますし。あ、もしかして人質? 俺の家金ないっすよ」


もう自分でも何言ってるかわかんない。わかんないが、どうにかして説得しなければ殺られる……!

俺は必死にいかに人の肉がまずいのか、俺に価値がないのかを説いていると、女が笑みをこぼす。


「うふふ、だいじょうぶよ? 目当てはあなたの肉でもないし、もちろんお金でもないわ」


女の長い髪が笑いにつられて揺れる。


「……じゃあ、何が目的なんだ……!」


にわかには信じがたい。あの日の光景を俺は未だに信じられなかったが、まさかーー



「あなたの血液、よ」


女はニヤリと口を歪める。そこには異常に尖った八重歯が生えていた。


「私ね、吸血鬼なの。あなたも見てたでしょ?」


あの日、この女は首に噛み付いていたのは、食べていたのではなく、血を吸っていたのか。

正直、現実味がなさすぎて夢だとすら最近思っていたんだけど……。


「いや、夢だと思ってたんだけど」


「人間の世界じゃ、物語の話だものね」


微笑む女の紅い目が妖しく輝く。

その目や歯、そして現実離れした容姿が彼女がヒトでないことを証明しているように思えた。


「……あんたが吸血鬼だってことは分かった。現場を見られたから、血を吸って殺すのか?」


今のシチュエーションから考えられるのは、血を吸うのと証拠隠滅だろう。


「黙ってるから帰してくれない? ほら、言ってくれたら死なない程度なら血、あげるからさ」


必死に生き残る道を模索する俺。

しかし、彼女は首を横に振る。


「うふふ、この状況でそんな提案飲むわけないでしょう?」


「くっ……」


そうである。完全に拘束されている状況で、俺をわざわざ外に出すメリットは彼女にはない。

歯噛みする俺を見て、女は嗜虐的な笑みを浮かべる。


「あなたは私のモノ。これからはこの家で、私に血を与え続けるペット。あの日、あなたが足をぶつけた壁に微かに付いた血液を舐めた瞬間からこうしようとずっと思ってたの。こんな美味しい血は初めて♪ 絶対他の奴に見つかるまえに捕まえてやるって思ってたの」


女が舌舐めずりをする。


「吸血ってすっごい気持ちいいんだって。だから、我慢せずに私に堕ちてね?」


俺の肩を押さえつけ、至近距離でそう囁かれると、ぞくり、と背筋に悪寒が走る。


「い、いやだ! 俺はペットになんかなりたくないっ!」


吸血されるともう戻ってこれない気がして、俺は必死に体をよじるが女の力は凄まじく、びくともしない。


「うふふ、全力で逃げようとして、可愛い♡ それじゃ、いただきまーす」


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