第2話 初陣(灰色の鬼)
4つの炎の中に現れた異形の鬼達は、今にも動き出しそうなほど全身が鮮明に浮かび上がっていた。
異様に長い腕に細い身体と脚に、腹部だけはボッコリと不格好に突き出ている。
落ち窪んだ眼窩と大きく切れ込んだ口の中には肉食獣のような犬歯が並んでいた。
そしてそれぞれの鬼には、さらにその醜悪な姿を際立たせる特徴があった。
黄色の鬼は目の周りがめった刺しされたかのように潰れている。
赤色の鬼は左腕がない。
灰色の鬼は口の部分が太い糸で縫いつけられ、鍵爪が他の鬼より長い。
最後の鬼は他の鬼とは明らかに形が違い、4足で立ち、膝が前に曲がった姿は大型の犬のようだった。
「何アレ? キモっ」
「私もあのタイプは今回初めて見たわ。なるべく初手は避けよう」
武道場の入口で中を窺う摩耶とアタシの横には、いつの間にか迷彩服の
「なんで付いてくるんだよ」
「君達は経験者のようだ。こういう場合はそれに倣うのが得策だろう」
髪を短く刈り上げた迷彩服の一人が表情を変えずに答える。
その時、黄色の鬼を包む炎が消えた。
黄色の鬼がのそりと動き出す。
「よしっ、田中、やるぞ。この
「わかった丸井、俺は後ろから殺る」
SWATもどきのうち、田中と呼ばれた男が鬼の背後へと向かう。
目の潰れた黄色の鬼は挑発的な言葉を上げる丸井に向かって音を探るように近づいて行く。
丸井は手に持っていた銃を構えると黄色の鬼に向かって引き金を引いた。
でも、何も起こらない。
「な⁉ 何故だ? おい田中、早く撃て!」
「やってる! でも、作動しないんだ!」
田中が何度も銃のレバーを動かしながら叫んでいる。
その時、黄色の鬼の腕が高く振り上げられ、凄まじい勢いで丸井に振り下ろされた。
「おぶっ」
丸井の頭部は赤い水風船が弾けるように霧散した。
「ヒッ⁉」
思わず口から声が漏れる。
「どうしたの?」
「い、今の、死んだ?」
「そうよ、だってこれが鬼道本式だもの」
摩耶は事も無げに言い放った。
声を上げ田中が半狂乱になって銃を黄色の鬼に投げつける。
黄色の鬼がゆっくりと田中に向き直った。
「……収穫だわ。美南、行こう。他の鬼ももう動き出す」
「どういう事よ」
「この結界内ではやはり電気的な仕組みの機器は使えないみたい。彼らのおかげで未確認だった仮説が一つ実証されたわ」
摩耶の言葉通り、残りの3体の鬼の炎が次々と消えて動き始めた。
それまで田中達を煽っていたチャラ男組も慌てて武道場の出口に向かって走り出す。
背後に田中の断末魔を聞きながら、アタシ達は武道場から駆け出した。
「で、どうするの⁉」
「私に付いてきて。体育館に行くわ」
摩耶は武道場のある2号校舎から体育館のある1号校舎へと方向を変えた。
他の組はそれぞれ別の方向へと走っていく。
「こっちに来てるのは?」
摩耶に訊かれて振り返ると、手足の揃った2足歩行の鬼の姿が見えた。
「たぶん灰色の口が縫われたヤツ」
「わかった」
体育館の中へ入ると、摩耶が辺りを見渡して用具室の扉を指さした。
「あそこに誘い込むわ。美南、少しの間鬼をひきつけてくれる?」
「いいけど早めに頼むよ!」
用具室に向かう摩耶を横目に、アタシは入口に現れた灰色の鬼を体育館の中央で手を叩いて挑発した。
思惑通り、灰色の鬼はアタシに向かって突き進んでくる。
陸上部を辞めた後も可能な限りは練習してきた。
中距離走者だったアタシは速さもスタミナにも自負がある。
アタシは体育館のステージまで使いながら鬼の前を走った。
追いつかれる気はしなかったけど、走るにはバランスの悪い身体をした鬼が息を乱す様子もなく付いてくる姿には、決して侮ってはいけない不気味さを感じた。
その時、ようやく用具室の扉の隙間から摩耶の「美南、いいよっ」の声がする。
アタシは向きを変えて用具室の扉に向かって速度を上げた。
「そのまま駆け込んで!」
用具室の扉は50センチほど開いていた。
アタシはギリギリのところですり抜けて中に駆け込む。
直後、背後の扉から轟音が響いた。
振り返ると頑丈な鉄の扉に身体を阻まれた灰色の鬼の頭が、扉の隙間から中へ侵入していた。
扉の横に潜んでいた摩耶が全身を使って扉を横から閉めるように押し出す。
首を挟まれた状態の鬼が轟々と吠えた。
「美南、今のうち! 教えた通り、後頭部の弱点を」
「え? ああ」
「早く! あんまり保たないよっ」
アタシは摩耶に借り受けた腰のハンティングナイフを抜くと鬼の前に立った。
醜悪な姿ではあるけど、さすがに直接ナイフを突き刺すの事に逡巡する。
「美南!」
摩耶の裂くような叫びに反射的に身体が動いた。
鬼の後頭部のわずかに窪んだ部分めがけてアタシはナイフを振り下ろす。
ゾブリとした柔らかいものを抉る感触がした。
摩耶に教えられたところでは、鬼の後頭部には直径約10センチくらいの骨がない場所があってそこが唯一の弱点だという。
赤黒い血が流れる傷口にアタシは無我夢中で二度、三度とナイフを押し込んだ。
やがて、咆哮を放っていた鬼の頭がガクっと下がり動かなくなる。
摩耶が扉から足を離すと鬼はそのまま床に崩れ落ちた。
「や……やったの?」
摩耶は黙って鬼に近づくと頭部に突き立ったままのナイフに足を乗せてさらに深く押し込んだ。
それに反応したように鬼の身体が一度痙攣する。
「初めてにしては良かったわ。でももう少し深く、捻りも加えた方が確実よ」
摩耶はナイフを引き抜きアタシに柄を向けて差出すと満足そうに口角を上げた。
【続く】
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