鬼道本式PREQUEL(きどうほんしきプリクエル)

椰子草 奈那史

第1話 鬼火

 陽の傾きかけた大晦日の武道場は、シンとした冷たい空気が漂っていた。

 今、この場所には8人の人間が立っている。

 

 映画に出てくるSWATみたいな格好をしたオタっぽい二人組。

 迷彩服を身に着けた中年男性オジサン二人組。

 渋谷に居そうなチャラい男の二人組。

 そして制服を来た女子高生アタシたち二人。

 

 アタシ達以外の組は「解る人間だけに伝わる」言葉を散りばめてネットで募った初対面の人間達だ。

 

 チャラ男の一人がアタシの肩に手を回すようにして薄ら笑いを浮かべる。

 

「ねぇキミ達ここの生徒? これ終わったら俺らと遊びに行かね?」

 

 アタシは即座に男の手を払った。

 

「ハァ? ウザっ、アタシ達は遊びでここに来てんじゃねーよ」

 

 男は舌打ちしながら仲間の元へ戻っていった。

 

「時間だわ。始めるわよ」

 

 アタシのパートナーである嵯峨野摩耶さがのまやが事務的な口調で宣言する。

 麻耶は筆で何かが書かれた紙を取り出すと静かに詠唱を始めた。

 

「我求む。黄泉に巣食う鬼道の輩、現し世に出でその姿を現さんことを――」

 

 アタシたち8人の対面に、ボウッと4つの淡い炎が浮かび上がった。

 麻耶とアタシ以外の参加者達の口からどよめきが漏れる。

 アタシはその光景に目を見張りながら、腰のホルスターに収められたハンティングナイフの感触を確かめていた。

 

 ※※※

 

「あなたが因幡美南いなばみなさん?」

 

 その日の放課後、新しい掛け持ちのバイト先をスマホで探していたアタシに、その女子生徒は突然声をかけてきた。

 肩まで伸びた滑らかな黒髪と、微かに陰を帯びた黒く大きな瞳。

 話したことは一度もないけどアタシはソイツを知っていた。

 嵯峨野摩耶、このあたりでは名家で知られる家の娘だ。

 

「……なんか用?」

 

 警戒心丸出しのアタシに嵯峨野の娘は涼しげに口角を上げる。

 

「因幡さんって、中学の時は全国大会に行くほどの陸上の実力者で、高校になっても陸上部で活躍していたのに2年生の時に突然辞めてしまったんだよね。どうして?」

 

 その言葉にアタシは反射的に毒づいた。

 

「なんだよっ! アンタに関係ないでしょ!」

 

 だけど嵯峨野の娘は全く意に介さずアタシの隣の席に座る。

 

「妹さんが重い病気なのよね? だから因幡さんは少しでも両親への負担を減らすために部活を辞めてアルバイトに頑張っている」

「なっ、なんだよっ。そこまで知っててワザワザからかいにでも来たのかよ⁉」

 

 嵯峨野の娘は静かに首を横に振った。

 

「いいえ、今日はね、そんな因幡さんにとってもいい稼ぎ口の話を持ってきたの。ちょっと危なくて身体を目一杯使うけど、見返りは大きいわよ」

「え? それって、まさか……」

 

 嵯峨野の娘は意味ありげに口角を上げた。

 

 ※※※

 

 鬼道本式きどうほんしき

 

 嵯峨野の娘はアタシにそう説明した。

 鬼道本式は異界から鬼を呼び出し、ある閉じられた空間の中で『鬼ごっこ』をする儀式で、遥か昔から密かに行われてきたものらしい。

 ただし、『鬼ごっこ』と言っても子供の頃にやったあの遊びではない。

 鬼に捕まれば容赦なく殺される命を賭けた逃走劇だ。

 ただし人間もただ逃げるだけではない。

 鬼の裏をかいて逆に殺す事も出来る。

 そうして時間内に鬼を全て殲滅出来れば人間の勝ち。

 逆に鬼を殺しきれなかったり、人間側が全滅すれば鬼の勝ち。

 そして鬼道本式を3回達成すると、どんな望みでも叶うのだという。

 

「だから一生使いきれないような財を望む事も可能よ」

 

 嵯峨野の娘はそう言ったけど、アタシもそんな夢みたいな話をすぐに信じるほどオメデタくはない。

 懐疑的な態度のアタシに、嵯峨野の娘は1通の封筒を差し出した。

 

「その封筒の中を確認して。10万円入ってるわ。因幡さんが私の指定する日、指定する場所に来てくれたらそれはそのまま全部因幡さんのものよ。例え鬼道本式がウソでもね。これなら信じてもらえるかな?」

 

 封筒を手にして、アタシは息を飲んだ。

 

「いいよ、信じる。でもなんでアタシなの?」

「新しいパートナーには因幡さんみたいな優れた身体能力のある人が必要だからよ」

 

 鬼道本式も嵯峨野摩耶も得体が知れないが、アタシは頷いていた。

 

「わかった、鬼道本式はやるよ。でもそんな命を賭けた闘いに挑むんだったら、アタシ達はもう相棒でいいよな。アタシはアンタを摩耶って呼ぶけどいい? アンタもアタシを名前で呼んでいいから」

 

 が再び口角を上げる。

 

「もちろんよ、美南」

 

 ※※※

 

 目の前の4つの青い炎は更に膨れ上がり、炎の中にはそれぞれ異なる異形の鬼達の姿が浮かび上がった。

 摩耶が素早くアタシに耳打ちする。

 

「あの炎が消えた時が開始の合図よ。武道場の入口まで先に移動しておこう」

 

 アタシ達は目の前の光景に目を奪われている他の参加者をよそに、静かに入口へと移動していた。

 

 【続く】

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